14.!しがみついて脅してくる!
私は目の前の男を睨みつけて、銃口を離さない。
「あなたのお兄さんを、あなたは斬ってくっつけて『生ける死体』にしたでしょ。他の『生ける死体』と同じように使い古して捨てたでしょ」
「……」
「聞いたの。ランプ屋のおばあさんに。髪の色は違ったけど、ヘイガ・レーナ・ザルグに似た『生ける死体』が、戦争へ行く部隊の中に紛れてたって。おばあさんは、いくら年老いても人の顔だけは忘れないのが特技だって、ずっと言ってた」
ヘイガ・レーナ・ザルグはサイン=マキナに眉間を撃たれて死んだ。私はそれを見ている。だからきっと、考えたくもないおぞましいことだけど。ザルグ=コールは兄の身体に他人の身体を移植して、『生ける死体』にしたんだ。
そんなことが出来るなら。
肉親の遺体を犯すことを異常だと分かっていながら、それが出来る男が、何故そんな嘘をついたのか。私はずっと、考えていた。
「へえ」
ザルグ=コールはややあってから、にんまりと笑みを浮かべた。
「知ってたのか。よく隠し通したもんだ。見直したよ」
「……!」
乱暴に銃身を掴まれた。
で?と呟く彼を、私は瞬きもしないで睨みつけた。
「俺が怖くて夜も眠れなかったか? 嘘をついて寄ってきた俺の真意が分からずに、いつ殺されるかとヒヤヒヤしてたか?」
ザルグ=コールの冷たい手が、銃を構えた私の腕を掴んで、そっと撫でた。
「怖いか? いつでも、俺の意思一つでお前は死ぬ。少しでも指を動かしてみろ。お前がそいつをぶっ放す前に、俺がお前を殺してやるよ」
「……っ」
唐突に、サイン=マキナの声を思い出した。彼は驚くほど私のことを理解していたけど、1つだけ勘違いをしていた。ザルグの何かに怯えている、と。
違うんだ。
私はザルグ=コールに、『棺桶引きの一族』に、怯えてなんかいないんだ。
私はサインの真似をして、銃の指を掛ける場所に力を込めた。
引き金が押し込まれて、ガキン、と銃が音を立てた。
「!」
ザルグ=コールが私の腕を掴んで、銃を逸らした。苛立たしげに顔を歪めながら。
私は笑い出しそうになった。初めて目の前の男を理解出来た気がしたからだ。
「あなたは私を殺さない」
「お前……」
「でも私は、あなたを殺せるの」
私はメレの頭を撫でた。浮かんでいた彼女の魂が、また、彼女の身体に繋がれて吸い込まれていく。
「あなたのお兄さんが『棺桶引きの一族』だって知ったのは、あなたのお兄さんが亡くなってしばらく経ってからだった。ずっと生き返らせることが出来なかったことを後悔してたけど、それを知った時、ああ、生き返らなくて良かった、と思ったの」
「……!」
「『棺桶引きの一族』は、皆等しく死ぬべきなの」
ザルグ=コールが目を見開いた。
「『生ける死体』なんてものがこの世に存在するなんて、反吐が出そう。人間の身体に、その人のものでない魂を入れるなんて、そんなこと許されるわけがない」
『生ける死体』が再び死ぬ時、彼らの身体からどろどろに溶けた汚泥のような塊がこぼれ落ちる。色んな色をぐちゃぐちゃに混ぜた色の。
それは入っていた身体に何の未練もないように、慌てて地面に落ちて、一瞬で溶けて消えてしまう。まるで……解放されてこれでやっと死ねる、とでも言うかのように。
これを、人への冒涜と言わず何というのだろう。
「死体を斬ってくっつけるよりマシ、みたいな戯言、言ってましたね。それ、何の違いもないから」
私は震える身体を放っておいて、お腹に力を込めた。目の前の動きを止めたザルグ=コールを睨みつけた。
「あなたが、死体を使って私の歓心を買うようなことをした真似を、ぜったいに許さない。死んだ女の子に両親の身体を縫い合わせるのも、その女の子に笑顔を浮かべさせるのも、私にとってはおんなじこと」
そう。だから、私はあの時、この男と闘うことを決めたのだ。
「本当のことを言って、コール・スール・ザルグ。あなたは私をいつだって殺せたけど、嘘をついてまで私に近寄った。怪我をしてまでサイン=マキナから私を守った。酷いことならいくらだって出来たけど、あなたがしたのは私を一人にして、あなたしかいないと思わせて、その上で裏切ること」
「……」
「人間全部に絶望して欲しかったんでしょ」
ザルグ=コールの目の縁が、鮮やかに紅潮した。
「私が堕ちるのを待ってたんでしょ」
でも残念、と私は再び、ザルグ=コールに向かって銃を構えた。
「嫌いな人に何されたって何にも響かないから。最初からあなたの一人芝居だし、私、ずっとあなたに怒ってたの」
そう、私は、ずっとこの男が憎かった。反吐が出るほど大嫌いで、言葉を交わすたびに自分自身を嫌悪した。
「私、何一つあなたの思い通りになんかならない。人に、絶望したりなんかしない。ずっと、大好きだもの」
「……ハア?」
ザルグ=コールが似つかわしくない素っ頓狂な声を出した。今までで一番、そら恐ろしい顔をしていた。
負けるな、頑張れ、頑張れ!
「何にもしてくれなくても良い。人が私を嫌いでも、私は人が好きなの!」
そう、私は、人が好き。
私を怒ってくれるメレが好き。誰も買わないパンを、私のために用意してくれるカンナさんが好き。笑い合う女の子達が可愛くて好き。真上で、気持ち良さそうに呻く男の人達が好き。
だから世界で一番、私は人に絶望しない。
「……うえ」
ザルグ=コールは顔を歪めて私を眺めていた。汚物か何かを見るような目で。
「偽善ここに極まれり、だな。気色悪い。お前もハナから異常者だったわけだ」
「……!」
「お前の頭がここまでイッてるのは想定外だ。……ならやり方を変えようか。この大好きな親友がお前を殺そうとしても、そんな馬鹿なことが言えるか?」
やめて、という言葉が出なかった。
ザルグ=コールの手が、目を覚さないメレの額に伸びた瞬間。
「!」
とんでもない衝撃が教会を揺らした。
上にあったシャンデリアが落ちたんだ、と理解した頃には、『生ける死体』が何人もそれに下敷きにされている。
貴族達が逃げ惑い、シャンデリアの火が絨毯に燃え移った。
床の揺れに、ザルグ=コールが飛びのいた。私は思わずメレに覆いかぶさった。そして片腕を伸ばして、離れた男に再び銃口の狙いを定めた。
「エリィ……」
私の構えた銃に、革手袋をはめた大きな手がするりと沿ったのは、その時だった。
「エリィ……あの……これ、弾入ってない……」
「……」
「エリィ……あの、聞こえてる? ……もしかして知ってた?」
私を背後から覆うように、サイン=マキナが手を伸ばしていた。耳元で呟かれたけど無視をした。今はそれどころじゃない。
「エリ……エリィ!!!」
「静かにして!」
「!!!」
ザルグ=コールから目を離すわけにはいかない。メレを連れてどこかに逃げなきゃいけない。でも私1人で、彼女を抱えたまま逃げるなんて不可能だ。どうしよう。
困窮する私の下腹部に、ぬっと出てきたサインの腕が巻きついた。
「エリィ、ごめん!!! 怒らないで!!!」
「ぐえ」
「違うんだよ!!! この結婚式!!! エリィがこんな結婚式、本当にしたいなんて思ってないこと、……わ、わがっでだがら、エリィにぢがづくだめにわざどしゃべっだだけなんだよ!!!」
「離して……死ぬ……」
「いやだ!!!」
コルセットより何倍も強い力でお腹が締め付けられる。これ以上混乱させないで、と心から思った。泣き喚くサインをまずどうにかしなければ。
「サイン、あの、大丈夫。あなたを疑ったりしてないから……」
「……ほんとう?」
「うん。だからメレをここから連れて逃げてあげて。あなたなら出来ると思うの。それだけしてくれれば、私、あなたの言うことなんでも聞くから」
ぜーぜー息をつぎながら言うと、血だらけのサインの顔面が視界の横からにゅっと飛び出してきた。
「だめ。俺はもうエリィを離さないよ」
そうして、サインはメレごと私を抱え上げた。どういう腕力なの、と私は目を白黒した。
「サイン=マキナ! 死に損ないが勝手な真似をーー」
「それにエリィ、あれ見て」
激昂したザルグ=コールを無視して、サインが身体の方向を変えた。教会の入り口の方向を見た私はギョッとした。
「叔母さん、めちゃくちゃキレてる……巻き込まれないようにエリィも逃げなきゃいけない」
燃え始めたシャンデリアの向こう、私が入ってきた入り口に立っているのは、自分の背丈ほどある銃を構えたソルベント当主だった。
サインがおどけるように、ぶるっと身体を震わせる。
「叔母さんはどこでも、どんな遠くでも外さない人だから。この前はほんとに怒ってるだけだったんだよ」
ソルベントの当主が目をつり上げてパイプを咥えながら、手元の銃のレバーを身体に向かって引き寄せた。
「ザルグのクソ坊主が」
地を這うような低い声なのに、不思議とよく聞こえた。
「何が『貴族改変』だ。よくもソルベント商会の人間を利用してくれたね。お前のせいで街がめちゃくちゃだ。効率化もクソもない」
「……!」
「あの女狐に、言質は取った。ーー女王陛下の仰せのままに。死ね。ザルグ=コール!」
ガシャン、と音が鳴った瞬間にサイン=マキナが駆け出した。教会から出た瞬間に、背後から恐ろしい爆発音と突風。一体何が起きたのか、よく分からない。
「……!」
ブランアスターの花畑に出た私達を待っていたのは、アクなしさんと、2台の奇怪な羽のついた機械だった。
「アーク、この人を!!!」
「出た、無茶振りですよ。……やあ、エリィさん。高いところ、好き?」
メレを受け取ったアクなしさんが笑い、私は嫌な予感にがたがた震え出した。
サインは有無を言わさずに、機械にくっついたベルトを引っ張り出して私ごと自分の身体に巻きつけた。
「来たよ〜も〜。ほんとヤダ〜」
アクなしさんも同じようにしながら、教会を振り向いて嫌そうな顔をした。
教会から湧き出るように『生ける死体』が現れて、こちらに向かって迫っていた。
「エリィ、行こう!!!」
「ひっ!」
う、嘘でしょ。
どっち向いてるの、この人。
「ーーひいいいいい!」
サイン=マキナは機械を背負って、硬直する私を抱えたまま、高台から城下町に向かって飛び降りた。
ザルグ=コールが私を殺さずに、人間に絶望させたかった理由。なんとなく、分かっていた。彼と初めて会った時から彼は私を守り続け、サイン=マキナは殺そうとし続けた。簡単なことだった。
ただ、認めたくない自分がいるだけ。
サインと私は蒸気の中を滑空しながら、街の中で一番高い、あの、鐘が鳴る時計塔のそばまで近寄っていた。私は半分気絶していたけど、サインに揺すられて覚醒した。
「エリィ、あの、大丈夫? 怪我はない?」
「……ない……」
「良かった。いったん降りるよ。メレさんは街の外れの方に向かったから、少なくとも俺たちより無事だと思う」
鐘を支える支柱の隣に降りた瞬間が一番怖かった。がたん!と揺れた視界に悲鳴をあげた瞬間、サインに抱きしめられている。
「エリィ!!! 頑張った!!!」
「!?」
「辛かったのによく頑張った!!!」
「……!」
風がびゅうびゅう吹いている。サインの身体は温かい。
私は自分の滲んだ視界に、自分が信じられなかった。
「……殺すくせに」
誤魔化したくて、大きな肩をばしばし叩いた。
「どうせ、殺すくせに、やめてよ」
「……」
「私、馬鹿みたい。どうせ死んじゃうのにこんなこと、して」
身体を離したサインは首を傾げている。長い腕で私を捕まえたまま、手際良く背負った機械を降ろした。
私は慌てて目元を拭う。
「嘘は言ったらダメだよ、エリィ。エリィが頑張ったからメレさんが生きてる。ザルグが何も思い通りにならなくて悔しがってる。それはエリィが全部頑張ったからだ」
「何、言ってるの……あなたが言える立場?」
「……言えない立場……」
しゅんとしたサインのこめかみから、血が一条垂れ落ちた。ザルグ=コールにやられたんだ。
思わず腕を伸ばして白い手袋でそれを拭い取った私は、サインの顔を見て、しまったと手を引いた。熱っぽい目をしたサインが、全身で覆うように私を抱きすくめた。
「んん!」
逃げようにも抱き締められてどこにも行けない。散々舌を捕まえたあと、最後に唇をなぞるように舐められて、私は息を詰めた。
「……好きだよ、エリィ」
サインのエメラルド色の目が、とろりと滲んだ。その目も、拘束する腕も、全部が大好き、と言っているみたいで、前と違うような気がする。
時計塔の上には私達以外、誰もいない。真下の街も遠くて、世界にはサインと私しかいないような気がした。
不意にサインが呟いた。
「俺はエリィを殺すけど、その前に考えなきゃいけないことがある」
「え?」
「メンジュ教にある『黒い鳥』はきっと、『棺桶引きの一族』のことだ」
「! ……んう」
私は目を丸くした。
サインは私の唇や首筋に口づけながら、合間に滔々と喋り続けている。息の当たる場所が段々と下がって、サインが膝をついた。
「人間は普通、死んだ人間を動かしたり出来ない。出来るのは『棺桶引きの一族』だけだ。だとしたら、メンジュの伝承が正しいと考えるなら、」
「サイン!」
「メンジュの力を『一部』与えられた『黒い鳥』、今日まで特別な力を残した『棺桶引きの一族』が、それだ。だとしたら、エリィが人間を生き返らせる力の、劣化版が、『生ける死体』だ。成り損ないの再生が、あの形をとってるんだ」
「ちょっ」
「なら、エリィは、絶対にザルグに負けない、ーーいったい!!!」
信じらんない!
剥き出しの背中をなぞられたところで、私は慌ててサインの耳を力一杯引っ張った。
涙目になったサインを、精一杯の嫌悪を込めるつもりで睨みつける。
「変態! なにするの!」
「……ご、ごめん、だって、エリィが、受け入れてくれた気が、して……。可愛くて殺しちゃいそうだから、別のこと考えてた……」
私は無視しようとして聞き流して、それから「は?」と口を開けた。
この人、今なんて?
サインは肩で息をしながら不気味に笑った。それから私の血がついた手袋をするすると抜き始める。
「好き、大好き、エリィ。俺はエリィを好きだと思うと、そのあとに、殺さなきゃって思う」
「……は?」
「イカれてると思うなら、俺を嫌いって、言って、指を入れて」
「は、はあ?」
サインは私の手を、今はない片耳の場所に触らせた。なんとも言いがたい感触にびくっと身を引いたけど、サインは手を離すことを許さない。
「ちょ、」
嘘、そうなんだけど、穴がある。そりゃ、そうなんだけど!
そこでようやく、男の目が、完全に飛んでいることに気がついた。理性なんか多分もう、どこにもない。もともとあったとも言えない。
「大好き、エリィ。入れたら多分、死ぬほど痛くて目が覚めて、もう少しだけ我慢出来る。だから、……入れて、エリィの指、奥まで」
跪いて許しを乞うような姿勢で、サイン=マキナは私を見上げて笑った。




