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13/22

13.?お花畑で待ってる?

 


 熱が出た。ベッドから起き上がれない日々が長く続いた。

 コール様の屋敷は外の世界とは隔絶されたように静かで穏やかで、メイドと執事の『生ける死体』だけが動き回っていた。あと時々コール様が様子を見に来てお菓子を置いていくという日々が続いた。

 こうしていると本当に今までの生活がなくても、私は生きていけるんだな、と思い知って心が折られそうになる。

 頑張れ、頑張れ。


「長引いたが、元気になってよかったな」


 窓際に座った私の頬を、コール様がぶっきらぼうに撫でた。

 私はその手を取って頬を擦り寄せた。相変わらずの冷たい手に、少し怯んだけど。

 コール様が変な顔をした。


「お前……」

「あ、すみません」

「可愛いな……懐いた動物みたいで……」

「ふ」


 最近、私が笑うとコール様は少し遅れてから1人で笑う。私はそれを見てまた笑う。


 いつの間にか、式が3日後に迫っていた。

 式は城下町を見下ろせる高台にある、貴族がよく利用する教会で行われるらしい。準備も何もかもコール様がやってくれたので、私は何も知らない。コール様自体は結婚式なんかに興味はないと言っていたけど、貴族は結婚式をあげなきゃいけない暗黙の了解があるんだって。


「まあ気は乗らないだろうが我慢しろ。終わったらどこか連れて行ってやる」

「ありがとうございます。コール様」


 私はしかめっ面のコール様に笑いかけて、癖になっているレースの編み物を再開した。








「久しぶりですね、エリオ。少し痩せましたが……ザルグ=コールに愛されているようですね。綺麗になりました」

「ありがとうございます。修道長」


 私の準備は、修道長がやってくれるらしい。小さな控室に用意された真っ白いドレスと広がったレースを見て、彼女はほうと息を吐いた。


「珍しいですね。白はメンジュの色です。最近は白を着る花嫁も少なくなりました。古臭いなどと言って。ですが古来より、白より花嫁に似合う色などないというのが私の持論です。……おめでとう、エリオ。綺麗にしましょうね」


 教会の片隅で、花嫁の私が出来上がっていく。


 真っ白なドレスを着た、鏡に映った自分を見て、私は背筋が粟立つのが自分で分かった。あの絵のドレスは石灰で塗られていたから何色か分からなかったけど、今なら分かる。

 きっと、白だ。


「それにしても、ザルグ=コールはほんとうに貴女に甘い。この花、数日しか咲かない上に植生地の高度がとても高いらしいですよ。栽培も難しいということでまず市場には出回りません」

「……」

「一面に咲いているとびっくりするほど綺麗ですけどね。いったい、用意するのにいくらかかったのでしょう」


 そう言って、鏡に映った修道長が持っていたのは大きな花弁の、白いブランアスターだった。


 この国で、結婚の誓いを見届けるのは人だ。だから呼ぶ人が多ければ多いほど良いとされるし、力のある人が挙げる式ほどたくさんの人がこぞって参加する。

 緋色の絨毯の敷かれた教会には、たくさんの貴族がザルグ=コールの結婚式を祝うために訪れていた。扉が開き、眩しくて目を細めた私に、人々がヒソヒソと言葉を交わしている。


「貴女が綺麗だからびっくりしているのでしょう」


 隣にいる修道長に、ブランアスターの花束を抱えた私は、膝を折って挨拶をした。


「修道長。ここまで、本当にありがとうございました。ここからは私1人で」

「大丈夫ですか?」

「はい。あなたはもう、私の身請け人ではないので」


 修道長は「そうでしたね」と少し険のある雰囲気で腕を組んだ。


「ではここから見守ることにしましょう。決して手を挙げて祝ったりしないので安心なさい」

「いえ、修道長。あなたは……早くここから出て行ってください」

「?」

「では」


 足の震えを叱咤する。頑張れ、頑張れ。

 私は1人で、皆の開けた道を歩き出した。

 その先にいるコール様は、教会の出口の開いた扉の手前で、黒い礼服を着て私を待っている。差した光に、腰元の飾剣がキラキラと輝いていた。


「どうも、エリオ。調子はどうだ?」

「……コール様」

「真っ白だな」


 コール様は首を傾げてから、扉の方へ私を促した。

 教会の先にある高台からは、青空と、けぶった蒸気に覆われる城下町が見えた。そして際にまで広がる、一面真っ白なブランアスターの花畑。

 そして、その中に倒れている大きな人影。


 コール様が私の被ったベールを掬い上げて笑った。


「こういう結婚式が出来れば、あとはもう思い残すことは何もないんだろ? ……なあ、エリオ」


 花畑の中に倒れているのは、血まみれのサイン=マキナだった。








 やっぱり、やっぱり、やっぱり。


「な、何だアレ……!?」

「誰か死んでる!?」

「きゃああ!」


 気づいた貴族たちが騒ぎ出した。

 青ざめた私のベールにキスをしたザルグ=コールは、見たことがないほど冷たい笑顔を浮かべている。


「あいつは死んでないよなあ、エリオ。分かるだろ?」

「コール様、」

「お前は分かるんだ。人の魂が見えるんだろ?」


 喉が震えて上手く喋れない。後退りしようとした私のドレスの裾が、ザルグ=コールに踏まれている。


「なあ、エリオ」


 バランスを崩した私は、花束を抱えたまま尻餅をついた。

 私を見下ろしたザルグ=コールは、完全に、不遜で不器用な婚約者の仮面を剥がしていた。


「何故サイン=マキナを生き返らせた」

「!」

「何故、兄上を見殺しにした……?」


 ぐ、と息が詰まる。この人は、いったい、どこまで。

 どよめいていた会場に向かって、ザルグ=コールは指を打ち鳴らした。それを合図に教会の端に控えていた大量の『生ける死体』が這いつくばった。


「ぎゃああ!」


 貴族たちが突然のことに戸惑い、悲鳴をあげて逃げ始めた。けど、もう遅い。足を掴まれた貴族たちは転んで身体を打ちつけ、『生ける死体』に押さえ込まれた。阿鼻叫喚の教会で、ザルグ=コールだけが平静だった。


「今どんな気持ちだ? エリオ」

「……!」

「絶望したか? 俺はずっとお前のその顔が見たかった。だからこんな手が込んだことまでしたんだよ」

「コール様、や、やめてください」

「サイン=マキナを捕らえた。交渉を持ちかけて、この、ふざけた結婚式のことを吐かせた。お前を殺させてやると言ったら、喜んであいつは喋ったぞ」


 胸が悪くて吐きそうになった。

 ザルグ=コールは笑い出した。私のドレスを踏み潰したまま、片膝を立てて座り込んだ。


「俺の目の前で殺すのが条件だ! これでもう、奴は迷いなくお前を殺しにくるぞ。あの異常者のことだ、殺す前にお前の尊厳も何もかもぶち壊すぞ」

「……う」

「泣けよ、エリオ。クソみたいな人間を恨みながらサイン=マキナに犯されて死ぬがいい」


 私はザルグ=コールを睨みつけた。彼はしばらく私の顔を眺めていたけど、にっこりと微笑んでから立ち上がった。


「……心残りがまだあるみたいだな。おいで、メレ」


 ザルグ=コールが手を伸ばした方向を見て、私は目を剥いた。

 押さえつけられた貴族たちの間で、ただ1人、紺色のドレスを着たメレが、青ざめた顔で口を覆って立っていた。


「メレ……?」

「お互い嘘つき同士でよくもまあ親友だなんて言えたもんだ。メレ、聞こえなかったか?」


 メレは全身でがたがた震えながら立ち尽くしていたけど、ザルグ=コールと私を交互に見て、口を開いた。


「コール様……これは……」

「どうもこうも。ずっと黙ってたが、俺はもともとこいつを愛してなんかいなかったんだよ、メレ。利用して悪かった。おいで」


 私は首を振って「来ちゃだめ」と上擦った声で囁いたけど、ザルグ=コールが急に剣を引き抜いたので悲鳴をあげた。彼はそのまま踏んでいた私のドレスの裾に剣を突き立てて、靴音を鳴らしてメレに歩み寄った。


「メレ。あんなアバズレ、俺が相手にすると思ったのか? けしかけただけだったのに、あの『鼠』と本当に結婚までして。……傷ついたぞ」

「コール、様」

「メレ! だめ!」

「医者の勉強までしてくれたお前と、誰にでも股を開くような女と、比べるまでもない。俺は最初からずっと、お前を選んでたよ、……メレ」


 ザルグ=コールの伸ばした手に、メレの手が伸びた。ゾッとした。


「コール様、あたし、ずっと」


 だめだ、ザルグ=コールはーー『棺桶引きの一族』は、きっと!


「メレ!」


 メレはザルグ=コールの腕の中に飛び込んだ。黒い礼服の背中に、メレの細い腕が這って、際立つように白く見えた。

 ドレスを破いて立ち上がった私を、横目に見たザルグ=コールの口元が、不気味に弧を描く。

 頭の中で子供の声がした。サインを生き返らせたあの日のことが、濁流みたいに頭の中に流れ込んでくる。


『黒い騎士様が、白い騎士様を触ったんだ』


 ザルグ=コールの向こう側から、深い青色のふわふわした塊が浮かんでいる。まるで何かに無理矢理引っ張り出されるかのように。


「やめて!」


 私は花束の中に手を突っ込んだ。でも、中にある鉄の塊を取り上げた頃にはもう、何もかも手遅れだった。


 ブツン、と音がした気がした。メレの腕が力をなくして、だらりと落ちた。

 彼女の魂が、身体と切り離されていた。


「一番使える『生ける死体』を作る方法を知ってるか?」


 腰から上を、後ろにぐにゃりと曲げたメレの身体。それを抱きとめたまま、ザルグ=コールが笑っている。


「外傷も内臓の損傷もなく、生きた人間と同じように動ける死体を作る方法だ。『棺桶引きの一族』にはそれが出来る。触れれば殺せるんだよ、俺は」


 床に落ちたメレの身体を見て、私は頭のてっぺんから水を被せられた気持ちになった。


「秘匿の力だけどな。これがバレたら『棺桶引きの一族』は間違いなく滅ぼされる。だけどもう、関係ないだろ?」


 男は楽しそうに笑いながら喋り続けていた。

 私はブランアスターの花束を抱きしめたまま、よろよろと彼女の死体に近寄って、跪いた。


「メレ……」

「エリオ、お前はこいつを生き返らせるのか?」


 ザルグ=コールは倒れたメレを挟んだ向こう側で、腰を落として私に視線を合わせてきた。立てた膝に頬杖を突いて、微笑んだ。


「お前の可愛いペットを殺したのはこいつだぞ。エリオ」

「……」

「あのピーピー煩い馬鹿女どもを焚き付けたのもこいつだ。こいつはずっとお前のことが嫌いだったんだと。たいした努力もなく男どもに好かれるお前をずっと憎んでいた。常にお前と自分を比べ、女として劣ってしかいないと誰よりも知っていた。だから唯一、見返す為に貴族の俺に取り入ろうとした。哀れな女だよ」


 私は歯の根も合わないくらい震えていた。

 メレの身体の上で、彼女の魂が戸惑うように揺れている。


「メレ」


 その魂と身体を繋ぐように、もう二度と切れないように強く、繋がることを祈って、私はメレの温度をなくしていく手を握りしめた。

 やがて、メレの睫毛がふるりと震えた。だけど。


「へえ。見えないもんはよく分からんな」


 バツン、と音がした。

 愕然とした私の前で、ザルグ=コールがメレの反対側の手に触れている。


「もう一度やってみるか?」


 私は言葉を失った。そこで目の前の男が人ではないことに、ようやく気づいた。

 ふわふわ浮かぶメレの魂が、再び私達の間を彷徨うように姿を見せる。


「何度やっても同じだな、エリオ。お前は生き返らせる人間を選んで見下していたようだが……俺は触れた人間を殺せるんだ。思い上がりも甚だしいな」

「やめて、ください。お願いします」

「根比べしてみようか?どっちが、勝つか。こいつで」

「やめてください」


 ぼろぼろ涙がこぼれ落ちた。ここまでだとは思わなかった。ここまで私を追い詰めるために、この人は。


「可哀想に。クソだなあ、人間は。なあ、エリオ」


 私は花束を抱きしめたまま蹲った。


「誰もお前を好きじゃない。誰も何もしてくれない。このまま哀れに死ぬのがお前の運命だ」

「やめて……」

「でも、悪いのはお前だと思わないか? 兄上の何が気に入らなかった? 代わりに生き返らせたあの男はお前に何かしてくれたか?」


 私は身体を起こして、笑いながら頬杖を突くザルグ=コールを睨みつけた。


「嘘は、やめて。ザルグ=コール」

「ハハ! 何が嘘だ?」


 私は花束の中から取り出した鉄の塊を、ザルグ=コールの額に突きつけた。

 スチームエンデで死体の山の中から這い出したとき、サイン=マキナが放り投げた銃だった。


「嘘をつくのはやめて。本当はお兄さんのことなんて何とも思ってないくせに」

「……」


 初めてザルグ=コールの顔から、表情が抜け落ちた。



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