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11.?嘘をついてる?

 


 久しぶりに出た城下町で、私は目いっぱい深呼吸する。界隈を行く人々を見て楽しくなった。昼下がりの街中はとても忙しそうだ。

 みんな元気そうで、嬉しい。


 コール様は機嫌良さそうににやにやしながら後ろをついてきていた。とにかくまあ目立つ。

 引きずられる棺桶を見て、私は眉尻を下げた。コール様はツンと顎を上げた。


「安心しろ。街中に出る時用の、車輪付き特別仕様だ。いつもより少しシュッとしてるだろ」

「……いろいろ仕様があるんですね」

「持つ者として当然の義務だな。ほら、着いた」


『カンナのパンや』店長のカンナさんは、案の定、拭いていた盆を取り落とした。


「こ、コール・スール・ザルグ様……! う、ウチの人間は誰も死体にはなってませんが」

「ちょ、カンナさん!」

「ハハ! 肝の据わった店主だな!」


 青ざめたカンナさんは、天を仰いで笑うコール様に、終始怯えながら対応した。コール様はなんでもない顔をしながら甘いパンの棚の端から端まで注文して、カンナさんを仰天させた。


「エリオ。お前はいつも何を頼む?」

「え?」

「夫として妻の好みぐらい知っておかんとな」


 腕を組んで睨んできたコール様に、私はかなり躊躇ったあと、恐る恐るいつも頼むものを用意してもらった。カンナさんは渡すときにボソボソと「迫力すごくない?」と呟いた。


「怖いけど良い男ね。……いや怖いわ」

「カンナさん、急にごめんね。また来るね」


 結局コール様は止める私に構わずに、店内でそれを口に放り込んで痙攣した。


「ヴッ」

「……」

「……お前、舌がイカれてるのか?」

「水飲みます?」


 水を汲んだりパンを詰めたり、大忙しのカンナさんを手伝おうとしたところで、ちょん、とスカートの裾が引っ張られた。振り向くと小さな女の子が首をぐらぐらさせながら立っている。

 私は目を丸くした。この子は。

 コール様が目元を拭いながら手を挙げた。


「外に良い露店がある。行ってこい」

「え、あの」


 ぴん、と彼の指先からコインが弾かれた。反射的に受け取った私は、女の子に引っ張られるがままに、店を出た。


 女の子が連れて行ったのは、お店から程近いところに開いていた、摘みたての花を売る露店だった。


「え、これが欲しいの?」


 女の子が指したのは黄色い花弁のタンジーだった。露店の女性が女の子を『生ける死体』だと気づかずに、にこやかに花を勧めてくる。


 私がタンジーの花束を買うと、女の子はまた裾を引っ張って、城下町にひっそりとある小さな公園に連れ出した。小さな噴水がキラキラ光る、隠れ家みたいな場所だった。


「え、私に?」


 女の子は私に腰を落とすように服を引っ張って、それから顔の横の髪の毛に花を編み込んだ。ハーブのような独特な香り。

 少ししてから、それが私の欠けた耳を隠すためだと気がついた。


「……」


 揺れながら、にこりと、『生ける死体』の女の子が笑った。


 ああ、この子は。

 ーー私は、やっぱり。


 私はその場から、微動だに出来ず固まった。


「顔に傷があるだろう。その子」

「……え?」


 すぐ後ろから、コール様の声がした。

 たしかに、と私は言われて初めて気がついた。顔の片側が別の肌の色をしている。精巧に縫われていて、一見しただけでは気が付かない。


「『生ける死体』は人の形をしていないと『生ける死体』たりえない。人間としての生命活動を行える下限より、それはさらに低く設定されているけどな」

「……」

「つまり人間の死体なら何でも『生ける死体』になれる訳ではない、ということだ。頭と身体が分かれた死体は『生ける死体』にはならないが、くっつければ『生ける死体』になる。俺が『ザルグ改変』を起こす前まで、『棺桶引きの一族』はそこに傾倒しすぎていた」


 振り返ると大量の紙袋を抱えて、蜜漬けベリーのタルトをモリモリと口に運ぶコール様がいた。


「その子はヘイガが作り出した末期の、改造済みの『生ける死体』だ。事故で家族ごと亡くなったが、両親の身体を縫合されて『生ける死体』となった」

「!」

「ヘイガたちザルグの一派は、とにかくなんでもいいからと死体を手に入れ、切り刻んではくっつけて大量の『生ける死体』を作り出した。国を守るためとはいえ、誠意もなく死体を犯す。そんな暴挙が許されるわけがない。ヘイガはもう、あの日死ぬ前に既に死んでたのかもしれん」


 コール様は噴水の端に座り込んだ。女の子がそれに誘われるようについていって、コール様の膝にちょこんと掛けた。


「だから俺はヘイガが死に、俺が当主になった手始めに『ザルグ改変』を行ったわけだ。当時力を持っていたザルグの人間をさっぱり綺麗に粛清したら、ほとんどが野垂れ死んで『棺桶引きの一族』は誰もいなくなってしまった。今では『生ける死体』を作り出せるのはたぶん、俺だけだ」


 女の子のほつれた髪を直しながら、ザルグ=コールはどこかをぼうっと眺めている。


「国を守る大義のために、何でもやったヘイガを……兄上を、俺は間違っていると思う。だが、ある意味尊敬もしている。今俺が使役している『生ける死体』は、ほとんどが兄上が残したものだ。この国が大量の『生ける死体』に守られているのは、間違いようもない事実だからな」

「……」

「だからこそ俺はサイン=マキナを許せんのかもしれない。兄上には間違いに気づいて欲しかった。一発殴らせて欲しかったんだ」


 私は震えそうになる手をぎゅっと握りしめた。


「……なぜ、その話を、私に?」


 ザルグ=コールはいつものしかめっ面をした。

 綺麗に髪を直してもらった女の子が、彼の膝から降りて私をまた引っ張ってくる。


「俺がお前の馬鹿舌を知ったように、お前も俺を知るべきだと思ったからだ。結婚するからな」


 引っ張られるがまま、私はコール様の隣に座り込んだ。


「これが俺の闇だな。わりと深いが引いたか?」

「……いえ」

「だろうな。お前は何でも受け入れる」


 コール様は拗ねたようにそっぽを向いている。その手と私の手を、女の子が握らせた。


「俺だけで良いと思わないか」

「え?」

「俺だけ受け入れれば十分だろ。結婚も住む場所も、途中から、お前が俺で手一杯になれば良いと思って提案してる」


 冷たい手が、縋るようにぎゅっと握りしめてきた。耳が、真っ赤だった。


「サインを殺したいだけなら、結婚なんて必要ない。分かるだろ」

「……」

「……」


 私はキッと顔を引き締めた。

 盗み見てきたコール様はびくっと肩を揺らした。


「な、なんだその顔!」

「分かりました。結婚の話、お受けいたします」

「へ?」


 私は拳を握りしめたけど、ザルグ=コールは目を丸くしたまま、口だけをパクパクと動かした。


「ほんとか?」

「もともと貴族の貴方の求婚を、私は断ることが出来ません。それならば立ち向かうまでと、思いました」

「……俺は決闘を申し込んだつもりはないぞ……」


 コール様は相好を崩して息を吐いて、それから少年みたいに笑った。


「やっとか、エリオ」

「……はい、?」


 肩を掴まれた。目の前でさらさらの髪が揺れた。

 唇に、触れるだけのキスをされている。

 次の瞬間にコール様は立ち上がっていた。


「そうと決まれば準備だな。荷物をまとめろ。引越しは明日。式は1ヶ月後だ」

「え!? 明日!?」


 女の子がクスクス笑いながら、お祝いするかのように私の周りを跳ね回った。私は眉を顰めて、先を行くコール様に声を掛けた。


「この子は、貴方が動かしているんですよね?」

「……全ての『生ける死体』は俺の使役で動いてるけど、何だ? 文句あんのか。祝うくらい良いだろ。ちょっとは報わせろ」

「……」









 コール様と結婚する旨を伝えると、修道長はひどく機嫌良さそうに返事をした。でも私が『祈り・聞き屋』を辞めないことを告げると、険しく顔を歪めて立ち上がった。


「前例がありません。認めるわけにはいきません」

「ですが、既婚者が『祈り・聞き屋』をしてはいけないという規則はありません」

「……貴方の婚約者は……ザルグ=コールは何と?」

「認めてもらっています」

「……意外と甘い男ですこと」


 修道長は、事務机の目の前に立つ私から目を逸らした。後ろにある窓を眺めながらゆっくり言った。


「『祈り・聞き屋』のお務めは、世間で言われるよりも辛いものです。人の負の側面をどうしても多く見ることになりますから。多くの子は割り切りますが、中には一定数、心を病んでしまう子もいます。私は貴女を前者だと思っていた」

「……」

「ですが、後者だったのですね」


 振り返ってきた修道長は、私を哀れな子を見るような目で、見つめていた。


「貴女が相談に来た複数の男性と関係を持っていることを聞きました」

「!」

「ザルグ=コールに求婚されてなお、続けているとも。1人の相手に愛されるだけでは足りないということですか」


 私は立ち尽くしたまま、修道長をじっと見返した。口がカラカラに乾いている。いつかバレるとは思っていた、けど。


「エリオ、それは病気です。貴女は心を病んでいる」

「ーーは、」

「『祈り・聞き屋』を辞めなさい。貴女にこの仕事は向いていない。そして、続ける資格もありません」

「修道長、」

「3日後です。3日でお世話になった方にご挨拶し、引き継ぎ事項があれば後任を設定しますからその子に引き継ぎなさい。荷物をまとめる猶予はそれとは別に与えます」

「修道長!」


 修道長はピシャリと言った。


「黙りなさい。暗黙とはいえ規程は規程。それが出来上がった理由は分かるでしょう。今まさに貴女が陥っている状況が、過去にもあったからですよ」


 私は震えながら、両手を握り締めた。


「このままサイン=マキナのような男が増えるのは、阻止しなければなりません。貴女だけではなく、貴女以外にも被害が及ぶ可能性があります」

「……!」

「『祈り・聞き屋』の存続に支障が出ることだけは避けなければならない。私の務めはそれです。よって貴女は障害です、エリオ。去りなさい」


 それだけ言って、もう話すことはないと言うように、修道長は背を向けて何も言わなくなった。

 私はしばらくそこにいたけど、修道長の決意の固さを思い知るだけだと気づいて、頭を下げて退出することにした。下げた時に床に落ちたシミを見て、それを皮切りに涙がぼろぼろこぼれ落ちた。






 事務室を出て中庭に面した廊下を歩いていると、女の子たちが華やかに笑いながら集まっていた。いつもなら顔を出すんだけど、この状況で混ざろうとは思わなくて、端を通り過ぎることにした。


「メレ、結婚おめでとう!」


 そんな言葉を、聞くまでは。


「?」


 女の子たちの中心にいたのはメレだった。大きなサフランの花束を胸に抱えて、どこか照れ臭そうに笑っている。

 足が自然とそちらに向かっていた。


 女の子達は近づいている私に気づいたはずだけど、特に会話に入れてくれるような素振りを見せず、和気藹々と談笑している。


「お医者さんだって。良いな〜」

「お仕事の手伝いをするんでしょ? ずっと勉強してたの?」


 メレはちょっと眉をひそめて笑った。


「そう。……あたし、ほんとはずっとそういう仕事がしてみたくて」

「えらい」

「私何にもしてないよ〜。やばい〜」

「歳上だから色々理解があって、その、……幸運だったわ。あたし。彼と結婚できて」

「わあー、ふわあー。メレが女の顔になってる!」


 笑い合う女の子達が、不意にこっちを振り向いた。みんなのっぺりとした笑顔を貼り付けているように見えて、私は息が上手くできなくなった。メレが、結婚。

 私、そんなこと、聞いたことなかった。


「あんたも結婚するんでしょ」


 メレが言って、私は何故か頷くことが出来ない。


「……おめでとう。幸せにね」


 彼女の言葉が頭の中でガンガン響いて、私は掠れた声で「おめでとう」とだけ呟いて、逃げるように廊下を歩き去った。背中から声がした。


「メレ、式はするの? だったら呼んでね。お医者さんの知り合いって興味ある〜」

「その代わりすっごい面白い出し物するから」

「……踊ってくれるなら呼ぶわよ」

「えー!」

「あはは」


 メレが、結婚。いつから。誰と。どんな人。

 もう会えなくなっちゃう? あ、そもそも、私、クビになったからもう皆にも会えないんだっけ。

 頭の中がグルグル回って、浮上しない。メレがいつから私を見限っていたかなんて、そんなこと、考えたくもなかった。




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