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10/22

10.?増やしている?

 


 謹慎は長かった。

 結局スチームエンデの事件の真相は有耶無耶のまま終わってしまって、関わったと思われる何人かの貴族が罰として土地を取り上げられるに留まった。ソルベント商会も貴族としての地位は一応残されたものの、多くが剥奪され、彼らの土地と製鉄所のほとんどが別の貴族へと譲渡された。スチームエンデの爆発の鎮静だけが、目下、ソルベント商会に与えられた命令だった。


 王城の緊張もいつの間にか解けていた。『祈り・聞き屋』のお務めも特に問題なく続けられている。歩き回っていた兵士達はいなくなった。ただ、ザルグ=コールの『生ける死体』だけが不思議に穏やかに溶け込んだ。それは公園の端にいたり、あるいは廊下の隅にいたり。

 首をぐらぐらしながらも何もしない彼らに、人々はついに音を上げて、気に留めないようになった。コール様いわく、コール様の設定した『異常事態』だけに反応するようになっているらしい。だからそれ以外のときは、本当にただの死体なんだって。怖がっていた『祈り・聞き屋』の女の子たちも、今はもう誰もいない。







 お務めを再開した私を、一番に指名してくれた人がいた。東のランプ屋さんを継いだ彼だった。


「実は、以前君に相談に来たすぐ後にね。ザルグ=コール様が、母さんの遺体を引き取りたいって訪ねてきたんだ」


 王城の中、いつもの公園。時刻は夕方。


 やっと謹慎が明けた私を、いつもみたいに指名してくれるランプ屋の息子さん。前会ったよりか心持ち痩せたような気がして、私は心配になった。聞けばお客さんが減ってしまって、仕事も減ってしまったと。そして引き継ぎの合間に忙しくしていたせいで恋人とも疎遠になってしまったということで、あれからかなり状況が悪転してしまったらしい。何か私にできることはないかな、と思う。


 彼は穏やかだけど抑揚のない声で、淡々と続けていた。


「最初は帰ってくれって突っぱねようとしたんだけど、意外と話しやすい人でさ。顔は怖いけど」

「……」

「『生ける死体』にすれば戦争で1人兵士が死ぬ代わりになれるって。兵士さんと、僕たちと、僕たちの子供を……未来を守るために、母さんの身体はまだ活躍出来るんだって言われた」

「そうですか……」


 夜になるとランプが浮かぶ池は、今では夕陽を照り返して橙色に光っている。手前で遊ぶ子供達を、彼は眩しそうに見つめていた。


「了承したよ。多分母さんは今頃『生ける死体』になってこれから起こるかもしれない、隣国との戦争に参加する。足が悪かったからたいした戦力にはならないだろうけど。まあでも、それで1人の兵士さんの命が助かるなら、それがいいさ」

「……」

「何より、その話をして頭を下げてきたコール様に、何か報いたくて。だって普通、身内を亡くした遺族の人にそんなこと言えないよ。今までどれだけ大変な思いをして僕たちを守ってきてくれたんだろうと思うと、ね。断れなかった」


 彼は目のあたりを押さえて俯いた。ひどく疲れているようだった。


「……後悔はしてないよ。母さんはいつも僕やお客さんのために身を粉にして働いてきたから、今だってそうできて嬉しいはずだと思う。でも頼り切ってきた僕は、やっぱりたいした人間じゃなかったんだなって……」

「……そんなこと、ないですよ。貴方のランプ、ひときわ綺麗じゃないですか」


 私は夕闇の中、光り始めたランプの1つを指さした。彼は滲んだ茶色い目を瞬いて、それから私の顔を眺めて笑った。


「君、あれが綺麗に見えるの? どう見たって一番不恰好だ」

「え、そうですか?」

「ふふ。あれを作ったとき、僕はまだランプ作りを習い始めたばっかりで、やっと継ぐ気になってくれたかって、母さんが大喜びしてたっけ」

「……お母様は、貴方のことばかり話してましたよ。貴方に会ったとき、初めてな気がしなかったくらい」


 彼は瞳に熱をたたえて、隣の私の膝の上にある手に、そっと自分の手を重ねた。どこまで甘えて良いか、計りかねている男の顔だった。


「エリオさん。君は……その、良い人だね。何でも話してしまいそうだ」

「貴方が良い人だからですよ」

「……そんなことないよ。僕は……」


 だから私は彼の手にもう片方の手を重ねた。どこまでも、と返事をするように。









「それ、やめなさいって言ったわよね。あたし」

「……メレ」


 私の部屋からこっそり2人で出た。王城から帰る兵士達の人混みに紛れて、彼は手を握ってきた。すぐ近くまで見送って、帰ってきたのはお夕飯過ぎの時間。

 厳しい顔をして部屋の扉に寄りかかっているメレから、私は目を逸らした。


「そもそも相談に来た男とこういうことをするのは禁止よ。暗黙のルールだけど。あんたも分かってるでしょ」

「……うん」

「で、あんたは貴族のコール様から求婚されてんのね。その状態で取っ替え引っ替え自分の部屋に男を連れ込んでんのが分かったらどうなるか、あんただって分かってるわよね」

「……」


 メレは怒っていた。いつも怒っている彼女だけど、今日は本気だ。夜の薄闇の中で金色の目だけがギラギラと輝いている。


「何で自分を安売りするの、エリオ。そのうちあんた、男共から体の良い憂さ晴らしが出来る女だって噂されちゃうわよ。もしかしたら今日のランプ屋の奴だって、それを知ってあんたを指名したのかもしれないわ。もともとたいした悩みなんかなかったのよ」

「それは、違うよ。ランプ屋さんは本当に悩んでて、辛くて……」

「バカじゃないの」

「!」


 肩を震わせた私に、靴を鳴らしてメレが近づいてきた。


「あんたがそうまでして慰める悩みじゃないっつってんのよ。それとも何? あいつと結婚したいの? ヤれば求婚してくれるって?」

「違う!」

「じゃあやめなさいよ。そんなことして何になるって言うの? 男共なんか、私達のこと、都合の良い捌け口にしか考えてないわ。そんな奴らに食い潰されていいの?」

「そんなことないよ! ……私は皆が、可哀想で」


 頭の中でメレの叱責がキンキン響いた。頭を押さえた私を見て、彼女は呆れたように溜め息をついた。指先から冷えるような深い落胆が伝わってくる。

 ああ。何で、私は。


「ずっと一緒にいたけど、あたし、本当、あんたのそういうところ、ほんとに嫌い。何気取り?」

「……」

「言ったわよ。あたし、言ったから。知らないわよ。そんな生き方、ぜったい良くないと思う。勝手にすれば良いけど、あたし、巻き添い食いたくないから」


 メレは私の隣を通り過ぎてから、小さく呟いた。


「……あんたが淫乱だろうがバカだろうが、あたしにはどうでもいい。でも、コール様を裏切ってるのは、本当に、頭がおかしいと思うわ」


 語尾が、震えていた。

 メレは本当にコール様が好きだったんだと思って、私は胸を抑えて俯いた。苦しくて仕方がなかった。









 メンジュ教でいう『人』は、私達を指す言葉じゃない。

 大昔、『人』はもっと色々なことが出来たから。例えば未来を夢見ることが出来たり、鳥や植物と話が出来たり。


 そして彼らには、「別れ」という概念がなかったという。「人」の力を欲したとある鳥を恐れ、力を失っていく過程で初めて人は人と別れることを経験したのだと。だからメンジュ教は殊更に「別れ」という概念を特別視する。

 それが何故かについては今でも色んな解釈がなされていて、そもそも会いたいときにいつでも会えるように背中に羽根が生えていたからという、なんじゃそりゃ、と思うトンデモな説もある。一般的には「別れ」は死であり、「人」は昔、不老不死だったというのが通説。

 だからまあ、私の一部の人を生き返らせることが出来る力は、この「別れ」を克服し得る力なんじゃないかと考えられる。つまり昔、「人」は皆、願えば人を生き返らせることが出来たんじゃないかな。


 だからサイン=マキナは、きっと私を「人」の先祖返りだと思っているに違いない。だからもっと色んなことが出来るはずだ、と。たくさんの人の命を奪うことだって造作もないと。


「メンジュ教は簡単に言えば、『人は本来、もっとすごい存在だったんです。だから人を尊び、愛しましょう』という教えです」


 私は教会で黒板の前に立って、ぞんざいな解説をしていた。修道長が聞いたら眉を顰めそうな言い方だけど、仕方ない。だって身内しかいないんだもの。


 昼下がりの眠たい時間、教会は布教のための講義を一般開放で行う。『祈り・聞き屋』の女の子達が代わる代わる壇上に立つんだけど、形骸化しているメンジュ教の教えなんて聞きに来る奇特な人はなかなかいない。

 いるのは『祈り・聞き屋』見習いの女の子達ばっかり。つまり指導の一環として。つまりみんな目が死んでいる。


 というわけで何とも気だるい雰囲気に、私もだらーんとしながら適当な質問をしてみた。何より喋り続けている自分が眠くなりそう。


「『別れ祈り』の際に編むレースの模様は、皆、もう決めたかな。何故私たち『祈り・聞き屋』が刺繍を編むのか、その理由は覚えてる? ……ロベリア」

「えー? 私ですか?」


 指名したロベリアは、ハシバミ色の目を歪めて露骨に嫌そうな顔をした。綺麗に巻いた髪を指でくるくる回しながら顎を上げている。


「理由かー。うーん。えー?」


 ロベリアが目を合わせた女の子達が、クスクス笑い始めた。ちょっと真面目に答えてあげなよ、と笑いを含んだ声が彼女を諌めても、ロベリアは脚を組んだだけだ。


「エリオさんはどう思いますー?」

「……うん? 私?」

「あ、忘れちゃったとかー?」


「もう辞めるし必要ないもんね」と誰かが言って誰かが笑った。いやな雰囲気だなあ。

 私は昼の光が挿し込む窓を眺めて溜め息をついた。私の方が全然年上なんだけど、このぐらいの歳の女の子のキラキラした無敵感には敵わないと、常々思う。


「教本に載ってる奴はもう知ってるんでー。何か他にあります? エリオさん」

「ほかに?」

「そうそう。エリオさん真面目だから、自分ルール? みたいな? 奴がありそう。教えて欲しいなー」


 考え込む私に、挑むようにロベリアは頬杖をついた。自分ルール、と囁いた女の子達の笑い声が教会に響く。

 何て答えれば良いのかな、と悩んだ。

 質問しているのは私だよ、と叱ったって良いし、オロオロしながら答えて途中で「は?」みたいな返事をされたって良い。どちらにしろ私が笑われるのは、たぶん決まっていること。


 嫌われたなあ。

 まあでもしょうがないとも思う。私のせいで、『祈り・聞き屋』の皆には色んな迷惑をかけた。そして当の私が貴族のコール様から求婚されていることも、そしてそれを断り続けていることも、きっと拍車を掛けている。

 ……メレも、怒らせちゃったし。

 ちょっと前までは、皆仲良しだったのに、少し、寂しい。


「……昔、『人』は人の身体と魂を繋いでいたんじゃないかな。糸を繋ぐように」

「……」


 ロベリアは胡乱な顔をして、身体を傾けた。

 私はぼーっとしながら喋り続けた。


「だからそれが出来なくなっても、……出来るようにって願いながらすることが派生して、……何かを繋いだり、縫ったり、編んだりするようになったんじゃないかと、……おも、思います!」

「?」


 ズリズリと棺桶を引きずる音。気づいた私が言い切って、ロベリアがそれに怪訝な顔をした時。

 教会の開け放しの扉から、ザルグ=コールがひょっと顔を出した。

 ロベリアや他の女の子達が振り返って、それからかちこちに背筋を伸ばして向き直った。コール様は何でもない顔をしながら教会に入ってきて、それから机に掛けて指を組んだ。どうやら講義を受ける気らしい。

 一気に皆の顔に緊張が走った。もちろん私も。


「えー、あー、じゃあ皆、教本を開いて……」


 それからコール様が机に置いた紙袋から何やら甘い匂いがしだして、皆の気がそぞろになった頃。

 コール様はそのまま首を揺らして居眠りし始めた。何をしにきたんだろう。


 というわけで、女の子たちのお腹の音やら、動揺した私の辿々しい読み方やらで、私の講義は散々な結果だった。


「ああ。上質な、得難い時間だったな!」

「……良い睡眠が取れたようで良かったです」


 講義の終わった教会で、コール様は私を外に連れ出した。女の子達のざわざわが大きくなった。コール様は最近騎士としての働きが評価されて、格を1つ上げてさらに偉くなったらしい。もともと頭の良い人だし、品行方正で騎士らしく、死体を貰い受けるために方々に出かけた先で気に入られて帰ってくるから、皆の人気も高いんだって。最後の方は、本人談だけど。


「食べるか?」


 そんなコール様は、持っていた紙袋から林檎の埋まったパイと取り出した。それをかじりながら私を眺めてくる。


「あ、いや、大丈夫です。何かご用ですか?」

「身辺調査だ。いよいよ結婚間近になってきたからお前の人となりをもっとちゃんと知ろうと思ってな」

「……」

「お前、俺をそういう目で見るな。俺がまるで結婚しか言わん偏執男みたいじゃないか」


 コール様は王城の外まで私を連れて行く気らしい。


「俺の相談の時間だ、エリオ。ついてこい」

「え、私、外出禁止……」

「他でもない俺がいるだろう。目指すは『カンナのパンや』だ。蜜漬けベリーのタルトが絶品と聞いた」

「えっ?」

「えっ? じゃない」


 デートだ、とコール様が怖い顔をした。怖い。




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