少し寝惚けていたのかもしれない。
「うん。なんか、大丈夫な気がして来た」
「そっか。でも、本当に困ったらちゃんと言ってね? ああいう女性、苦手でしょ。ネイトは」
確かに。やっぱり人の話を聞かないような、母を思わせるような女性は、変わらず苦手だけど・・・
そうも言ってられないよねぇ・・・
あれだし。おばあ様曰く、「いいですか? 人の話をちゃんと聞けるような、理知的な女性ばかりがいるとは思わないことですよ」なのだそうなので。
母がアレなので、その辺りはもう、本当によ~くわかっていますとも。身に染みて。
とはいえ、世にはああいった女性ばかりではないことも、わたしはちゃんと知っています。
わたしとセディーは、そういう方々のお陰で、こうして一緒に過ごせるようになったんですから。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。わたしはもう、小さくないんだから」
「小さくないから、心配でもあるんだよ?」
心配そうなブラウンが覗き込む。
「ふふっ、いざとなったら走って逃げるから大丈夫。わたし、そこそこ足速いんだよ? 数キロくらいなら余裕で走れるし」
「す、数キロっ!? そんなに走れるのっ? それってすっごく疲れたりしない? 翌日筋肉痛で身体ギシギシしたりだとかは?」
「大丈夫大丈夫。騎士学校では、十何キロって授業で普通に走らされてたから」
「ネイト・・・大変だったんだね。僕には無理だ」
「そんな悲壮な顔しなくても」
「本当はね、ずっと……ずっと謝りたかったんだ。僕のせいで、ネイトにつらい思いをたくさんさせてごめんね、って」
「それはセディーのせいなんかじゃないでしょ。気にしなくていいよ」
首を振ると、セディーの顔が悔しげに歪む。
「僕が、あんな貧弱じゃなくて、もっと丈夫だったら、もっと年上だったら、もっと賢かったら……って、何度も何度も思った」
「いや、セディーは十分賢いから。これ以上賢くなるつもりだったの?」
「幾ら勉強しても、ちっともネイトを守れなかった・・・それに・・・」
「それに? なぁに?」
「すっごく嫌だけど・・・ネイトが・・・もしも僕じゃない誰かの弟だったら、ネイトは、もっと幸せに暮らしていたかもしれないって。思って・・・」
それこそ、すご~く渋面で、心底面白くなさそうな顔で話すセディー。
「ふふっ、セディーは本当にわたしのことが好きだよねぇ?」
愛されてるなぁ。
「それは勿論、ネイトは僕の可愛い弟だからね。大好きに決まってるよ」
う~ん……十五の男に可愛いはやめて~っ!? って、思っていたんだけど……わたしよりも年上のセディーが可愛く見えるのは、一体どういうことなんだろうか?
「でも、ネイトは・・・」
「わたしも、セディーがわたしの兄上でよかったって思ってるよ? 小さい頃からず~っとわたしのこと可愛がってくれたし。セディーが気にしてくれなかったらと思うと、心底ぞっとする」
もしかしたら、わたしはここにこうして無事ではいられなかったかもしれない。わたしに無関心な両親のことだから、そういうことがあっても、全然おかしくはない。
いつも、いつだってセディーがわたしを心配して、気にしてくれたから……わたしを探して、優しく手を差し伸べてくれたから、だからわたしは今こうして、セディーと一緒にここで笑っていられるのだと思う。
「だから、セディーがわたしの兄上でいてくれて、すっごく感謝している。ありがとう、セディー。わたしも大好きだよ。兄上」
「っ!? 僕の弟が、ネイトが天使過ぎるっ!!」
「っ!?」
がばっと、感極まったようなセディーにぎゅ~っと抱き付かれた。
「いや、ちょっ、セディー? 天使は、ちょっと……アレなんじゃないかな?」
「誰がなんと言おうと、ネイトは可愛いっ!!」
「ぇ~、セディー?」
「……ネイトの可愛さは……誰にも、負けない……」
と、小さな呟きが聞こえて、ぐったりした重さが寄り掛かる。
「セディー?」
呼んでみたけど、返事が無い。
「もしかして、寝ちゃった?」
ぽんぽんと背中を叩くも、反応が無い。静かな寝息が聞こえて来る。
どうやらセディーは、寝落ちしてしまったらしい。もしかしたら、少し寝惚けていたのかもしれない。
時計を見ると、もう午前一時を過ぎていた。
わたしはお昼前から夕方まで寝ていたけど、朝から今までずっと起きていたらそりゃあ眠くもなるだろう。
セディーは、朝早くからわたしを待って楽しみにそわそわしていたとおばあ様が言っていたし。まぁ、着いて早々、わたしはごはん食べて寝ちゃったワケなんだけど。
ちょっと悪いことした気分だ。
それにしても、寝落ちしたセディーは、小さい頃振りに見たかも。懐かしい。
「よ、っと」
わたしに凭れ掛かるセディーをぽふんとベッドへと寝かせるが、やっぱり起きない。
小さい頃にも、まだ眠くないと言って遊んでいたのに、いきなり寝落ちしたことがあったっけ?
呼んでも揺すっても、ぺちぺち叩いてみてもセディーは全然起きてくれなかった。
仕方なくベッドの上でセディーをころころ転がして、下になっていた毛布を一生懸命引っ張り出してセディーに掛けてから、部屋を出た覚えがある。
三つも年上の、自分よりも身体の大きい、寝てるセディーを転がすのは、当時はなかなか大変だったなぁ。一仕事終えた気分で自分の部屋まで戻ったものだ。
今日はセディー、少しはしゃいでたみたいだから疲れたのかもしれない。
今はセディーとも体格が然程変わらない(セディーの方が少し背が高いけど、多分体重はわたしの方が重い)し、訓練で伸びた意識の無い野郎共を担ぐのは慣れてしまったからなぁ。それに比べれば、大した労力でもない。
セディーは汚れてないし、汗臭くもないし。
あ~、でも・・・
なんかわたしも、段々眠くなって来たな・・・
瞼が、重くなって来る。
セディー、どうしよう・・・?
とりあえず、毛布を被せれば・・・大、丈夫・・・?
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・・・・・・
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読んでくださり、ありがとうございました。
ちなみに、セディーよりもネイサンの方が重いのは、普通に筋肉量の違いですね。セディーはもやしっ子なので。(笑)




