アレは、触らずに放置しとく方がいいんだよ。
彼女と別れて部屋に入ると、少ししてからセディーがやって来た。
「少し話さない? ネイトが疲れてなければ、だけど」
「いいよ」
と、セディーを手招き。二人並んでベッドに座る。
「楽しかったね。セディーは?」
「うん。僕も楽しかったよ。みんなで遊ぶのなんて、随分と久し振りじゃないかな」
「そうだねぇ。お祖父様が……なんだか、前よりも大人げないような気がしたけど」
「お祖父様って、案外負けず嫌いなとこがあるからね。今日は、かなり本気だったんじゃない?」
もう手加減は必要ないと思ったのか、それとも・・・セディーに勝てなくなって来ているから、わたしには負けたくなかった、だとか?
まぁ、どっちにしろ、これからお祖父様は本気でわたしと遊んでくれるということだろう。それはそれでお祖父様に認められたような気がして、少し嬉しいかもしれない。
「学園はどう? なにか困ってることはない?」
ぽつんと、セディーが聞いた。
困っていること、か・・・
「どう言えばいいのか……なんというかこう、形容し難い女子生徒がいる、かな?」
「あぁ、あの二年の……いや、学年が上がってる筈だから、もう三年生か……の、女子生徒のことだったりする? 男子生徒に無闇やたらと粉掛け捲ってる彼女」
なんというか、『形容し難い女子生徒』であっさり通じちゃうってことは、やっぱりセディーがいた頃から有名だったんだ、彼女。それも、かなり悪い意味で・・・
「まぁ、多分その女子生徒、かな? 今朝、馬車に乗る前に彼女に捕まっちゃってさ」
「ぁ~……それはなんというか、運が悪かったね」
ぽんぽんと優しく頭が撫でられた。セディーはお祖父様と違って、わたしの髪をぐしゃぐしゃにはしない。まぁ、髪を直すのは面倒だけど、わしゃわしゃと撫でられるのも、あれはあれで嫌いじゃないけどね。
「彼女って、裕福な平民のお嬢さんだって聞いたけど、なんであんなにやりたい放題なの?」
「う~ん……やりたい放題、というよりは、誰も相手にしていないから。というのが近いかな? アレは、触らずに放置しとく方がいいんだよ」
「そうなの? もしかして、どこぞの家となにかあったりするの?」
触ると厄介になるようなことが……?
「いや……どこぞの家というか、触ると面倒な国に母体のある商人のお嬢さんだから、放置されてるって感じかな? 向こうの国の交易品とかを卸してる商家。一応、国籍はこの国にあるらしいけど……明らかにお粗末なハニートラップだし。引っ掛かる馬鹿はそうそういないからね。彼女が卒業までは、放置扱いが暗黙の了解なんだって。絡まれる人には、非っ常~に迷惑な話なんだけどね」
ふぅと深い溜め息を吐くセディー。これは、もしかしなくても・・・
「セディーも絡まれた口?」
「そういうネイトこそ。一応はね、アレはアレで、厄介な女性を躱す為の練習になるんだけどね」
練習、ねぇ?
「まぁ、今朝ので二回目かな」
一回目は、初対面のクセに名乗りもせずに馴れ馴れしい態度でセディーのことを聞いて来た。普通にムカついたな。
二回目の今朝は、ほぼ見ず知らずのわたしに家の近くまで馬車で送ってほしいと言って来た。淑女はそんな非常識なことは言わないと思う。
更には、誰が見ても判る塩対応をしたというのに別れ際、まだわたしになにか話し掛けようとしていた……気がする。生憎、聞こえませんでしたけど。めげない図太いメンタルをしていると思った。
まぁ、アレだ。常識を知らないお嬢さんだから仕方ないのかもしれない。
下手に裕福な平民だと、妙に怖いもの知らずな人がいたりするんだよねぇ。
『生徒は平等に扱うこと』と謳っている校則を、真実信用する平民だとか。
いやもうホント、騎士学校にもいたよ。
ある意味では、あのお嬢さんよりもヤバい奴が――――かろうじて王位継承権を有しているとは言え、仮にも他国の傍系王族を、模擬試合だからとボッコボコにしやがったあり得ねぇ平民がいましたよ。
周りにいた貴族子息や教官達が、どれだけ肝を冷やしたことか―――
下手したら、外交問題に発展しますからね。
まぁ、ボッコボコにされた本人の懐が深くて、その平民にもお咎め無しで事無きを得たけどさ? 表向きは、なんだけど。もの知らずで純真な平民とか、マジ怖い。命知らずにも程があるよ。全く・・・
実は、更にアレだったのは……ボッコボコにされている! と見せ掛けて、やられている振りをして、周囲が慌てるのを楽しんでいた……性格の悪い、仮にも傍系王族当人だったワケだけど。「大丈夫大丈夫、俺が死んでも誰も悲しまないし、この学校が責任を負うことはねぇよ」と、カラリと笑っていた彼。
物知らずな平民は、彼の質の悪い悪戯の協力者でした。頼まれたからやったんだって。実行する辺り、貴族からすれば頭おかしい奴だよね。脳筋で単細胞な頭だけど。授業終わってから、教官に締められてたけど。奴は意味を全くわかってなかったし。
確か、傍系王族のお茶目で無謀な彼は、自国には帰らないで世界各地を気儘に旅するって言っていた。元気でやっているといいなぁ。
それはそれとして。
「二回目、か・・・とりあえず、ネイト。彼女には寄らず触らず、丁重に塩対応をしていれば、彼女の方から寄って来なくなるから」
まぁ、塩対応は割と得意かもしれない。
「ちなみに、セディーの塩対応って?」
読んでくださり、ありがとうございました。




