嵐の前の3
キャンプファイヤーのごとく集落の広場を赤々と照らす篝火。
大人も子供も、みんな楽しそうに飲み食いし、歌い踊り新たな成人の門出を共に大いに祝う。
実際に楽しいのだろう。娯楽なんてものは少ない世界、ましてや彼らは狩りや農耕で原始的な生計を立ててる少数民族なのだから。
それに今日は族長の孫娘の成人式なのだ。気分は最高潮に達し、やんややんやのお祭りどんちゃん騒ぎだ。
集落に響く楽器の音色に合わせ歌い紡がれる唄。
〜遥か古の昔、獣の神々あり。
神々は大地を創り、空を創り、海を創り、世界の礎を築いていく。
ある時、異界より獣の耳、尾を持たぬ異形の者ども現れる。
その者ら、人間と呼ばわり。
人間は世界を我が物にすべく獣の神々に戦を挑んだ。
人間に対するべく獣の神々は自らの子、獣人を創り、戦わせた。
千里を駆ける俊敏なる猫人族を。
山をも砕く豪腕なる鬼人族を。
智謀巡らす賢者なる長耳族を。
万物織り成す技巧なる地人族を。
闘いを統べる勇将たり勇猛なる人狼族を。
果てない戦いの末、人間を遠く彼方の狭間に追いやり勝利を収めた。
されど人間再び舞い戻り神々と争う。
倒せども倒せども、現れる人間と争うこと幾星霜。
獣の神々、またひとりまたひとり討ち倒され、獣人は神々の加護を失う。
されど獣人は神々と共にあり。
その誇り高き無垢の魂に宿し歩むなり。
悪しき陋劣なる人間ことごとく屠るなり。
幻想的な調べに乗り、流れる古い歌。
そんな賑わいの中に年若い男女が2人微妙な距離を置いて隣同士で座っている。
「…………………」
「…………………」
なんだ、この沈黙。
ザイファのヤツ妙にソワソワしてやがるな。まあ、好きな女子と隣同士なんだから男子は緊張する気持ちは分からんでもない。
この流れは、アレだろう?好きな女子に告っちゃうパターンだろう?
赤い顔してモジモジしているザイファ。
おいおい、お前は中学生男子かよ。どんだけチェリーだよ。むう、なんかオレまでムズムズしてきたぞ。
チラチラとオレを見ては、深く息を吸ったり吐いたりしてタイミングを見計らってるみたいだ。
告るならさっさと告れ。でも残念ながらオレは肉体的には女だが精神は前世の男のまんまなんだよ。
だからホモ〜\(^o^)/はお断りしております。
さあ来い。きっちりかっちりバッサリぶった切ってやろう。
後腐れないように綺麗さっぱりにな。オレみたいな男女じゃコイツが可哀想だしな。いい男なんだからオレみたいな正体不明なんかより他の美少女、美女と付き合った方が断然いい。
「ヴェネっ!」
「お、おうっ!」
うおっ!ビックリした。ザイファがいきなりこっち振り向いたと思ったらオレの両肩をガシリッと掴みやがった。
赤い顔したザイファが真正面から真剣な眼差しでオレを覗き込む。
篝火に照らされた金の鬣に凛々しい彫りが深い顔立ちに映える金色の瞳にオレの白銀の髪と瞳と白い肌が映り込む。
あれ?コイツこんなに男前だったけ?村の男衆の中でも優男だとは前から思ってだけど、こんなに間近で見たことなんて子供の時以来だったかも。
あ……なんか……今、コイツのことカッコいいって思っちまった。
や、やべっ!な、なんかこっちまで凄いドキドキしてきたぞっ!
なんでやっ!こちとら中身は男だぞっ!ヤクザの頭張った極道だぞっ!
なのに……コイツの真剣な顔見てると胸の辺りが、心臓がバックバックしてくる。
ヤバイ……なんだ、この気持ち。生前色恋なんてガキの遊びの延長ぐらいしか感じなかったのに。
学生時代からいろんな女と寝て遊んで、大人になっても、とりわけ特別に何も変わることはなかった。
「……ヴェネ、いや、ヴェネライラ……大事な話が、ある……聞いてくれるか?」
「……お、お、お、おう……」
ザイファのオレの両肩を掴む腕に力が入る。
ヤバイヤバイヤバイ。
何がヤバイかは、よく分からないがとにかくヤバイ。
オレの心臓が破裂してしまいそうにドックンドックン脈打ちしているのだ。
や、やめろ。その先は言うな。
オレがオレで無くなりそうだ。
「……ヴェネライラ、俺は、お前が――――」
ザイファが意を決して、一世一代の言の葉を告げようとしたその時。
ああああああああああっ!!耐えられないっ!駄目だ駄目だ駄目だっ!!
「うぉおおおおおおおっ!!」
オレは婆ちゃんが飲んでいた柄杓に残っていた酒を一気に口にし、飲み込んだ。
「ヴェネ!?」
強烈な酒精が喉を通り一気に胃に広がる。
たちまち身体全体をアルコールが巡り、脳内にも回る。
「……ふぁへぇ……」
そのままオレはぶっ倒れ、意識が無くなった。