暴風、災い運びて2
灰色の鬣がゆらりと波風立ち、逆巻く。
憤怒と殺意が身体中から闘気となり溢れて、眼に見える形で現れている。
褐色肌のあちこちに古傷が残る逞しくも艶やかな肉体は隆盛期はとうに過ぎた人狼族ながら晩年の老齢期とは無縁とも思える。
「……人間風情が……また儂等から大切な仲間を奪いおって……許さぬ……許さぬぞ……」
辺りには変わり果てた集落の戦士の骸が転がる。
ミシミシと手に持つ両刃戦斧の長柄が軋み、筋肉に幾重にも血管が浮かぶ。
紅い瞳は煌々と明滅し、ギリリッと口からは鋭い犬歯が歯鳴りを上げる。
「ウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッッッ!!!」
人狼族族長カルエラは闇夜を照らす満月が映る天に向けて凄まじい咆哮を解き放つ。
怒りに満ち満ちた雄叫びは聴く者の腹の内側から脳天まで突き抜けるような響きを持って大気を震わせた。
「ガッハッハッハッ!何だ、中々イキのいい獣人がいやがるじゃねえか。コイツは楽しめそうだ」
空気を焦がすような烈火の唸りを身に受け、身の丈はある大剣を握り直し兇悪に嗤う巨漢ジャフ。
「ふん。どうやらこの人狼どもの親玉の登場ってところね。見たところ力勝負じゃアンタとタメ張りそうね。アイツの相手は任せるよ。アタシは残りの人狼どもを捕まえてくるわ」
面倒そうに赤髪のポニーテールを翻し、この場を任せることにしたビビィ。
「おうよ。久々に本気でヤレる相手だ。手加減出来んで殺しちまうかも知れんが、構わんか?」
「別にいいわ。まだまだ獣人はいるから。私は他の獣人を探してくるから、その犬ころの足留めはあんたがしていなさいよ」
ビビィは手をヒラヒラ振り、その場から離れていく。
「待てっ!貴様らの好きにはさせんっ!!」
カルエラが場を離れるビビィを追おうとすると、巨躯が眼の前を遮って大剣を掲げ道を塞ぐ。
「おおっと。お前の相手は俺だ。許可は貰ったからな、じっくりと切り刻んで楽しませてもらうぜ。ガッハッハッハッ!!」
ジャフはニヤリと笑い、担いだ大剣を突き付ける。
「ちっ!先ずは貴様から仕留めるか」
カルエラは忌々しそうに大斧を構えて戦闘態勢に入る。
この巨漢の人間の男、体格に似つかわしくない俊敏な動きをすることはすでに解っている。
魔術の類を使っているのは間違いない。
油断はしない。
「邪魔だっ!消えろっ!木偶の坊がっ!!」
剛腕から繰り出される戦斧が唸りを上げ巨漢の男に斬りかかる。
「ガッハッハッハっ!威勢だけはいいなっ!」
大剣と戦斧が激しく何度も打ち噛み合い無数の火花を散らす。
******
「うう、頭痛え……オレ、飲んじまったのか酒……」
誰もいない住居に満ちるこの匂いは嗅ぎ慣れたザイファのもの。
此処はザイファの家か。
ザイファの家は集落から少し離れに位置する。肝心の本人はいないようだ。酔ったオレを自宅まで運んでくれたのか。
「……ふうぅぅ、やっぱ酒は駄目だなぁ。こればっかりは異世界転生しても治らんのか―」
それにしても身体を確認したが、別段異常は見当たらない。
服も乱れていないし、精臭、男の臭いはしない。
アソコも確認したが新品のまま。
「ザイファめ……せっかくお膳立てしてやったのに……あの童貞野郎が」
オレはワザワザ苦手な酒を煽ってザイファにチャンスをくれてやったのだが、どうやら手を出さなかったようだ。
いや、正直に言うとあの微妙な雰囲気に耐えきれなくて丸投げしたんだが……
ていうか、シラフで男に抱かれるとかマジ無理ぃ……
でもザイファは嫌いじゃない。うん。だから他の男にヤラレルくらいならと、ザイファに身を任せたわけだが。
あいつ紳士なのか、根性無しなのか。
オレだったらこんな美少女が無防備なら間違いなく襲ってるね。うんうん。
だからオレが悪いわけじゃない。
「……ん?なんだ?外が騒がしい?それに、焦げ臭い……このザワザワした感じ、相手組事務所にカチコミする前みたいな……まさかっ!!」
酩酊していた思考が徐々にクリアになっていく。
遠方からでも解る鼻につくは嗅ぎ慣れた血の匂い。
オレの中のヤクザの感性が騒ぎ出し、すぐさま住居を飛び出した。