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冷静に主任、迷走を極める



 なんだこれは。



 するりと手からくしが滑り落ち、床でカランカランと高い音を響かせた。拾いあげるという思考まで気が回らない。


 瞬きを繰り返し、寝ぼけているとか目にゴミが入ったとかの可能性にすがるが、どうやら体も視界もクリアでその可能性は微塵もない。



 これは――――どう見ても、動物の耳だ。



 くしを失った手をおそるおそる頭部へのばす。


 触れる瞬間、三角の片耳が逃げるようにパタッと倒れた。それに驚いた私は勢いよく手を引っ込めた。


「こいつ……動く……」


 さながら撫でようとした時の猫の耳のように。


 そして加えてもうひとつ、衝撃の感覚に内心は焦りで埋め尽くされていた。


 私は腕を組んで、鏡に映る自身を見つめた。たっぷり六秒数える。そうすればたいていの動揺は収まるはず――――違うこれは怒った時だった。


 どうやら相当動揺しているらしい、私らしくもない。 


 フッと目を閉じ自嘲気味に笑う。落ち着かなければ、最良の行動をとれない。目を片方だけあける。


 頭上の片耳が再びペタッと伏せた。次いで、もう片方の耳も伏せる。そしてまたピンと立ち上がる。


「…………フフ、やはりな……」


 その動きは私が意図して行ったものだ。連動して、感じたことのない部位を動かした感覚がある。



 人は耳を動かせないのに、何故、動物の耳は動かせるのか。


 違う。


 人の耳は依然として存在(ある)のに、何故、耳が四つになるのだろうか。


 違う、そこじゃない。



 思考が飛び飛びになる。もっと重要なポイントがあるはずなのに認めたくない気持ちからか結論にたどり着けない。


 私は組んでた腕をほどき、両手で頭部の耳をそれぞれ掴む。人の耳のような軟骨のやわらかさがある。黒い短い毛は私の髪の毛に近い。引っ張ると、引っ張られる感覚がした。



 私の頭部につながっている。いや、というより――――生えている。



 生えている。



 猫の耳が。




「ぅ…………ぅわああああぁぁぁぁぁぁ!?」



 理解し、年甲斐もなく情けない声で叫んでしまった。



 全く、私としたことが。




 ――――要するに、私の頭に猫の耳が生えたようだ。




「ぁぁあああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 朝からはた迷惑な男の悲鳴を撒き散らしながら、リビングに駆け戻る。勢い余って曲がりきれず、廊下の壁に激突。痛みは混乱で忘れ去った。


 テーブルに置いてあるスマートフォンを掴もうとするが、掴めず滑り落ち、カーペットに落下したそれを両手で握る。


 四つん這いの私が邪魔だと、ル○バがコツコツぶつかっては周りを綺麗にしていく。


 震える指で操作がままならず、検索アプリを起動し【猫の耳 生えた】とうつだけに五分も要した。


 ワケの分からない小説ばかりがヒットした。明らかに役に立たない。


 【対処法 病院】と付け加える。


 電子書籍が増える。近くの動物病院がマップつきで表示される。動物病院は人も行っていいのか?


 【猫耳 後天的 病気】と入力しなおす。


 猫の病気をまとめてあるサイトがトップにきた。私はソファーにスマートフォンを投げ捨てた。


 聞いたこともない状況に、膝を立てて座り込み、頭を抱える。両手の位置にはちょうど猫耳があるも無視してかきむしると、少し落ち着いた。というか少し気持ちいい。まるでかゆいところに手が届いたような。


 強く引っ張ると痛みが走る。夢でもない。


「落ち着け……落ち着け……」


 こんなに取り乱すなど、何年ぶりだ。

 あれは小学生の時、目的の見出だせない遠足で腰を下ろした先、手をついた地面にはまだあたたかい犬の排泄物があった。動揺した私はわめき散らし、近くの女子の服で思わず拭き、ビンタを食らって気絶した。あんな醜態(しゅうたい)は二度と(さら)したくない。


 逸れた。


 現状に悩んでいても何も進まない。大事なのは、これからどうすべきかだ。



 大事なのは――――そう。



「今日のプレゼンをどう乗り切るかだ」


 目的が決まれば、混乱はなりを潜めていく。プレゼンの準備は万端である。ならば、現時点でもっとも重要な目的に向かって、邪魔なものを排除していけばいい。


 立ち上がり、シワのよったスーツをパンとのばす。ずれたメガネの位置をなおし、キッチンへ入る。




 ところで、私はできる限り料理をするようにしている。


 働く者として体は資本だ。市販品では偏りがちな栄養バランスを、考えられた自炊メニューによって補うためだ。栄養士の資格も取得した。そして独り暮らしも長いとキッチン用品も充実の品である。


 引き出しから取り出したのは、カニの足を裁断できる切れ味の、料理バサミだ。



 私はハサミを握り、再び洗面台へと赴いた。



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