第二十話 観測する猫
『なんで…?』
俺の呟きが空虚に響く。
その少女は俺の知っている少女の面影を色濃く残した魔女だった。
あの少女があのまま自殺などせず、そのまま月日を経てたとしたら。
そこまで考えて思考に違和感があった。
月日を経たら。成長したら。
そこから思考を続けると、一つの仮定が思い浮かぶ。
もしかしたら、あの少女は俺の知っている少女と同一人物なのではないかと。
ただ、金髪という異なる部分が存在する。
しかし、俺みたいな元の姿と似ても似つかない例だって存在するのだ。
自分だけが特別とは思わず、あの少女もこの世界へとやってきている可能性も捨てきれない。
そう考えて、俺は少女に声を掛けようとする。
その時、先ほどの猫人の言葉が頭に思い浮かんだ。
俺が何を成そうと、何を起こそうと、未来は変わらない。
と言うよりも、何をしても過去は変わらない。既に起きた事を変えることなど不可能だから。
俺にとってここは『過去』であって、『今』ではないのだ。
あの猫人の言葉を借りるなら、俺が既に『今』を観測してしまった為に、この『過去』はその『今』へと続く為に変化することが出来ない。
なら、『今』から『過去』に来たところでなにも出来ないではないか。
「その考えは間違っていますよ。確かに『過去』を変えることはできないのですが、なにも出来ない事は無い。貴方は『過去』を観測することで『今』に繋がる経緯を知ることが出来る。過去を知ることは『今』を知ることに繋がるのですよ」
猫人の言葉が俺の思考を否定する。
俺のなにも出来ないということが間違いだと、指摘する。
その言葉に、俺は今すべきことを考える。
俺が今すべきことは『過去』を見て『今』起きている事を理解すること。
それがあの樹の魔物がどうして生まれたのか、俺の知る少女の面影の残した魔女が何をするのか。
過程を知る事で対策を思いつくかもしれない。
俺達がこれから何をすればいいのかもわかるかもしれない。
俺は観測する。この『過去』を。
「えっと…、貴方は誰?」
動物や魔獣に囲まれて、エルフのような魔女が問いかける。
その問いに、後から来た魔女は答える。
「私?私は魔女。悪い女。人でなし。私は私。貴方は何?」
エルフのような魔女の問いへの答えを返すと同時に問いかける。
「…私も魔女と呼ばれる者です」
おずおずとエルフのような魔女が答えた。
「ふぅん。それで貴方は本物?それとも器?」
その問いはどういう意味だろうか?
俺の疑問と同じようにエルフの少女も疑問に思ったのだろう。
「えっと?」
困惑の表情を浮かべている。
それを見て後から来た魔女は嘲笑を浮かべる。
「そう、何も知らないの。その様子からすれば器。それもしっかりと継がれなかった器」
説明するつもりのない一方通行の言葉。
それは本人が確認し納得する為だけの物。
エルフのような少女は困惑し続ける。
後から来た魔女はその様子を見て嗤う。
「貴方は魔女じゃない。ただの器。バラして留めるための忌々しい竜が残した楔」
竜の呪い?魔女の呪いじゃないのか?
だが、それを問いただすことを俺には出来ない。
ここは『過去』。俺は観測者に過ぎない。映画を見つめる観客と同じだ。
映画に問いかけても返事がないのと同じように、俺の疑問に返事が来ることは無いのだから。
「貴方、魔女と呼ばれるのは嫌?」
「…はい」
「なら、私が解放してあげようか?」
「出来るのですか?」
「出来るわよ。私は本物の魔女だもの」
その言葉にエルフのような魔女、いや、彼女は魔女ではないのだというのだから少女と言おう。
エルフのような少女は魔女の言葉に一瞬のためらいを見せたが。
「お願いします」
「わかったわ」
その言葉を受けて、魔女、本物と名乗った魔女は少女の胸に手を伸ばすと。
――そのまま腕で胸を貫いた。
「え…?」
何が起きたか分からないという顔をする少女。
胸に開いた穴は魔女の細い腕が貫通している。
貫通した手には少女の心臓が握られている。それは未だに拍動し続けている。確かに生きていた証。
それがだんだんと弱くなっていく。
「よかったわね?これであなたはもう魔女なんて呼ばれないわよ?」
「どうして…」
「解放してほしいんでしょう?ほら、解放してあげたわよ?この生き苦しい世界からね」
「なんで…」
「なんで?それは私が魔女だから。魅了し、惑わし、狂わせる魔女。言葉に惑わされた貴方は可哀想だけどさようなら」
「…」
「もううるさいから黙って」
そう言って無造作に手を引き抜く。
支えを失った身体が地面に倒れ伏す。流れ出る血が地面を赤く染めている。
動物や魔獣達は動きを見せない。
少女に懐いていた素振りを見せたのに、全く動じていない。眼中にない、まるで魅了されているかのように見える。
そうして魔女は無言で作業を開始する。死体には一瞥もせずに。
心臓に向けて何やら呪文のようなものを唱え始める。
最初は何も起こらなかったが時間が経つにつれて変化が現れる。
心臓から弾けるように何かが飛び出てくる。それは鎖のような蛇だった。
解放とはあれから解き放つことだろうか?一体何を解放すると言うのか?
器、というからには何かが納められているはずだ。そして解放。まるで封をされている…。
封印?
そこまで考えが至ると同時に何やら禍々しい気配が迸る。
それは目に見えるようなものではなかったが、心臓から腕を伝って魔女へと流れて行く。
あれが、封じられていたものだろうか?
魔女は目的を果たしたらしく、もう用は無いとばかりに心臓をその場に投げ捨てる。
だが、すぐに何かを思いついたように呪文を唱え始める。
心臓は朽ちた様に崩れ、大地へと溶け込んでいった。
大地に溶けたそれは根から樹へと吸い上げられ、呪いのように樹を変質させる。
苦悶を表すかのように樹から葉が落ちて、そしてそれは樹のような何かへと変貌したのだった。
「私の力の一部と、貴方達の愛した少女の血肉を分け与えてあげたのよ?貴方達はこれからどうして狂って行くのかしら?」
それだけ言うと、魔女はその場から立ち去った。
これが俺が観測した『過去』だった。




