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薬師の行方  作者: きしの
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薬師BCE 07

 王都の人口密度は想像以上だった。これならば適性者はすぐに見つかりそうだ。心にようやく落ち着きを取り戻す。彼女はあの町での出来事で今までにないほど焦っていたし、首都までの道程を急ぎすぎていたので食事も睡眠もおろそかになっていた。

 食堂に入って硬貨数枚と引き換えにスープの椀とパン、ベーコンを受け取る。忙しいようで食器が綺麗とは言い難いが、空腹の身では気にならなかった。目立たない隅の席に座り、周囲を窺う。


「パレードが楽しみだな。今度こそは新しい国王陛下をこの目で確かめるんだ」

「革命に協力した魔導士様も一目拝みたいものだな」


 魔導士。術士とはまた違うのか。ゆっくりと食事を摂りながら聞き耳を立てていると、魔導士の女についての情報はすぐに集まった。周りの人間を観察すれば大体のことは分かると言ったイーフィネイアは、やはり正しい。その魔導士の力があればイーフィネイアに魔力を注ぐための術式を発動できる。問題があるとすれば、どのようにして言いくるめるかということだ。


「それにしても俺たちと同じ市民だったのに女王陛下になるんだな」

「お貴族様は俺たちのこと見下してるけど、陛下に輿入れする分には何も言わないのか」

「外国に愛想つかされるんじゃない。きっと今にウェリデナが攻めてくるよ」


 魔導士の評判はまずまず。匙と器を返却口に積んで店を出る。

 パレードの日取りや時間も、街路を歩いていれば自然と耳に入ってくる。即位してすぐに行うのは国民に周知する意味合いが大きい。それでも念入りな準備が必要なため、すぐというほどすぐでもない。やんごとなき人々の考えは民草には理解しがたい。おかげでクレメンシェトラは魔導士を見る機会が得られたため、幸運ではあった。


 まだ二十日ほどあるということで、しばらくは首都のあちこちを歩いて術士を探した。術式を発動させるのは、噂の魔導士以外にも可能だからだ。しかし理想的な力を持つ術士はいなかった。いたとしても、イーフィネイアの遺体を安置してあるあの丘まで行くには数十日かかる。クレメンシェトラが自分でできたならば良かったが、彼女はイーフィネイアの遺体を守ることにリソースを割いていたため、どうしても代わりの人員が必要だった。


 パレード当日、クレメンシェトラは見晴らしの良い場所にいた。商人の家である。人々がパレードのことを聞きつけて続々と集まってきている、手が足りないからと声を掛けられてなぜだか住み込みで働いている。邪な視線に息を詰めながら過ごしてきたが、待ちに待った今日この日はさすがの彼も店を閉めて出て行った。

 二階の部屋は大通りに面しているため、窓から行列がよく見えるはずだ。

 始めに大通りを闊歩してきたのは軍馬だった。もうすぐで新たな国王の姿を見られるという合図だ。次第に人々の歓声が大きくなり、ついに北から大きなフロートがやってくる。

 大通りではフロートに近いところにいても、上に立つ要人を見るのは困難だろう。彼らはどちらかといえば雰囲気を楽しんでいる節があった。歓声に包まれた新たな王と次期王妃はにこやかに手を振る。


 二人の姿はしっかりと見えた。珍しい濡羽色の髪をした次期王妃は緑のドレスをまとっていた。細やかなレースで上品に仕立てられている。衣装はまさしく彼女のために作られたもので、彼女をうまく引き立てていた。とても庶民の出には見えない。

 誰もが息を呑んでいる様子も見て取れた。国王も威厳ある姿を見せているのだろうが、あまりに王妃人気がすさまじい。


 せっかくならばイーフィネイアと一緒に見たかったとクレメンシェトラは考える。彼女も他の人々と同じように喜ぶだろうか。パレードは王が即位したときしかしないのならば、次に見られるのはこの王が死んだ時だな、なんて考えた時。


 かちり。


 視線が絡んで解けた。通り過ぎて見えなくなるまで、黒曜の瞳から目が逸らせなかった。あの人は、あの魔導士と呼ばれていた女は、次期王妃は……!


 日が暮れると静まり返るのは、祭りの日でも変わりない。星空の下、街路を駆ける。灯りを持って立っている人たちが何事かと驚いて見ているのが分かる。それでも休んでいる暇はないし、走るのを止めることもできない。少しでも早く行かなくては。石畳にはまだ慣れそうにない。すぐに足が痛くなる。

 響く足音をどこか遠くに感じながら小走りに進めば、すぐに最も大きく広い敷地を有する建物を見つけた。広大な庭園の中に佇む王の住まい。権力者というのは贅を尽くしたがるものなのだ。感覚的に理解している。


 豪華な正門を突破するのは困難だ。こんなに大きければ裏口があるだろう。単純な推理を元に見つけたのは、ぴったり閉ざされた小ぶりな出入口だった。不審者にすぐに気が付けるようにだろう、光が灯されている。

 するりと警備の眼をかいくぐり、クレメンシェトラは王宮に侵入した。彼女はこれほどの建造物を造る技術に対して、素直に感嘆した。しかし硬い床と人工的に増幅された明るさが疲労を呼び込む。彫刻の施されたな階段を登り、鏡と見間違うほどに磨かれた廊下を滑るようにして、目的の部屋へと突き進む。内部構造は分からないが、どこへ進めばいいかは分かるのだ。例え視界を奪われても突き進む方向を間違えることはないだろう。


 やがて人の近づいてくる気配を感じて、手近な部屋に飛び込んだ。しかし相手の用事がどこにあるのか分からない以上は長居することは賢明ではない。目的の場所はすぐそこなのだ。あと少しのところで摘まみ出されるのはごめんだ。

 窓から出て隣の部屋のバルコニーに身を乗り出す。バランスを崩せば落ちる。衛兵が上を見上げても終わる。どうにか全身のばねを使って素早く手すりを乗り越えた。部屋の主は背を向けて、こちらには気が付いていないようだ。


 白み始めた空を背に立った。彼女に気が付いてもらうには、やはり扉を叩くべきだろうか。そうして肩を上下させながら緩慢な動作で腕をあげたところで、少女はようやくクレメンシェトラのことに気が付いたようだった。


 日の出の時間が迫っている。薄明を、長い銀の髪が反射して全身が輝く。光を背負ったその姿はさながら朝焼けの女神。


 少女は一瞬目を見開いたが、警備を呼びに行くことなくガラス扉を開けて、バルコニーに出てくる。そのまま腰を落とそうとするのを、クレメンシェトラは片手で制した。初歩的な構成を組んで展開する。それから挨拶をすることにした。


「はじめまして」


 と言いつつも、にこりとも微笑まない。ただ暫し少女を静観する。

 艶のある髪は朝日に照らされ、白く輝く天使の輪が浮かんでいる。闇夜に溶け込む濡羽色の髪。染物で濃い色を綺麗に出すのは難しい。生まれ持った色なのだろう。

 改めて見れば白い肌も細い体も、とても平民の出には見えなかった。あらゆる場所で幾度となくすれ違った少女たちとは何もかもが違う。そして、その魔力も。


「いま展開したのは防音の構成。外のことは気にしなくていい」


 見れば分かることだろうが、説明しておく。イーフィネイアは、自分の常識が他人と常に合致するとは思わない方がいいと言っていた。だから伝える。

 イーフィネイアは何の役に立つのかまるで分からないことも、たくさん教えてくれた。この構成は森にいた時には使わなかった。それがまさかこうして役に立つ時が来るとは。知識というのは腐ることがないから持っていて損はない。その言葉はやはり正しかった。

 しかし本題はこれではない。過去を懐かしむ暇はない。誰かがこの部屋を訪れる前にクレメンシェトラはこの部屋を去る必要がある。


「国家情勢は把握している?」

「はい」


 唐突な問いかけだったが、少女は一切動揺せずに頷いた。


 ウェリデナは気に入らない国を片っ端から潰そうとしている。今回この国の革命軍に術士がいたと知ると、即座に潰しにかかるだろう。

 軍隊を総動員するまでもない小国だ。特筆すべき特産物も、高度な技術も、誰もが手を伸ばすような美姫も、本当に何もない。手を差し伸べてくれる国などないだろう。それだけこの国は、どこの所有になっても国家情勢に影響を与えない。だから放置されている。

 すべて国王の言葉だったが、少女は理解しているつもりだった。それならば自分を利用しなければよかったのにという言葉は呑み込んで。

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