プロローグ
あるところに、ラトリア王国という国があった。
ここは王都にある公爵家の屋敷の一つ。
私は、5歳になったばかりのヴェロニカお嬢様に仕える侍女、エミリア6歳。
そこに住むお嬢様は本来なら、これからマナーの授業の時間なのだが…
「嫌だったら!嫌って言ってるでしょ!いい加減追い回さないでよ!」
ドンッ、と。
次の瞬間、私の体は宙に浮いた。
え、突き飛ばされたの!?何もそこまでする?そう言えば、後ろは階段だったわ…
そうして、頭をぶつけた瞬間、私の意識は消えていった。
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「…あ〜あと少し!もうちょいで秘密ルートのスチルが手に入る!」
誰が独り言を言っている。
?私か。
そうだった、私は今、友達の間で流行っている『僕と君の紡ぐ紅』の全ルートを攻略して、秘密ルートをコンプリートしようとしてるんだった。
そんな時、チャンチャララン〜チャンチャララン〜とアラームが鳴った。
「あ、ヤバい!バイト行く時間なのに用意してない!」
急いで必要な物を詰めて、バス停に向かって走る。
時刻はちょうど出発時刻だが、ぎりぎりバスに間に合った。
さて、汗を拭いつつ秘密ルートのコンプリートを目指す事30分。
………!!見よ!(周りの人に見せたら恥ずかしいからしないけど)遂にコンプリートを成し遂げたのだ!
最後のスチルは、それはもう美しかったの一言に尽きる。
そんな時、ようやく周囲の音が気になり始めた。
「次は〜3丁目、〜3丁目。お降りの際は停車ボタンを押してください。」
……しまった!?バス停一つ乗り過ごしてる!
と、慌ててボタンを押し、次のバス停で降りる。
バイト先はここから約300m。
いつもなら100mほどバイト先と反対方向にある横断歩道を渡ろうと思うんだろうけど、今日は急いでる為、中央分離帯を跨ぐ形で反対側に行こうとした。
そんな焦った私がどれほど馬鹿だったか。
中央分離帯を飛び出して2車線目に突入する時、私は目の前にフロントライトを見た。
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「っ痛った…。」
重い頭を覚醒させて目を開けると、そこは見慣れた侍女の控え室だった。
この部屋には誰もいない、という事は私の仕事も肩代わりしてくれた上、まだ働いてくれているのだろう。
ちょうどいい機会だし、状況を整理してみよう。
私の名はエミリア、6歳。
公爵当主と使用人の間に出来た子で、キャラメル色の髪に藤色の目が特徴のおっとりとした雰囲気の少女である。
どうやら前世の記憶が蘇ったらしい。
仕える方はヴェロニカ=ローゼンベルク、5歳。
縦巻きカールの銀髪にエミリアと同じく藤色の目が特徴のお嬢様。
エミリアにとっては異母妹になる、良くも悪くもお嬢様と言った方である。
更にローゼンベルク公爵令嬢にして、この国の第2王子ウィリアム殿下の婚約者候補でもある。
…………………………え?
ヴェロニカ?ウィリアム王子?
『僕と君の紡ぐ紅』の悪役令嬢と攻略対象じゃない!
確か『僕と君の紡ぐ紅』では、ある伯爵家の血を引くものの市井で暮らす主人公が、魔力持ちであると分かり、伯爵家令嬢として学園の高等部に入学させられる所から始まる。
攻略対象は5人。
1人目はヴェロニカの弟で中等部の生徒会長。
2人目は高等部1年のウィリアム王子。
3人目は同じく高等部1年の国最大の商会の息子。
4人目は第1騎士団の息子。
5人目は高等部2年の宰相の息子。
方法によっては逆ハーレムルートも存在するというラインナップだ。
そして、どのルートでも悪役令嬢ヴェロニカは出て来るのだが、その中でも、最も出場率が高いのがウィリアム王子ルートになる。
その中で、エミリアはヴェロニカの侍女として一緒に学園生活を送り、彼女の手先としてヒロインに嫌がらせをするのだ。
そこまでは、まあ良い。
ここで大切なのが、ヴェロニカの罪が暴かれた時だ。
最も軽くて爵位剥奪、最も悪くて一家死刑
だ。
そんな事になればエミリアはリストラ、若しくは実行犯という形で処刑されてしまう。
それは回避しなくてはならない。
方法は2つ。
1、主人公であるヒロインを攻略対象に近づけさせない。
これは5人ともに警戒するか、若しくはウィリアム王子に絞りつつヴェロニカが他4人のルートでちょっかいを出さない様に、気をつけなければならない。
2、悪役令嬢ヴェロニカを教育し直してヒロインに悪戯をしないようにさせること。
上手くいくかは分からないが、ヴェロニカとヒロインの間を取り持つ事が出来れば、ヒロインが王子以外の人と婚約してくれるかもしれない。
エミリアの身体は一つ。
今の身分は悪役令嬢ヴェロニカお嬢様の侍女で、未来の学友。
そして、ヒロインが高等部に入学して来るまであと10年ある。
こうなれば、やるしかない。
そう悪役令嬢をみっちり教育し、改心させるのを。