召喚士されし者 47・東へ、そして殴る
「「「「いってらっしゃいませ師範代代理様殿!」」」」
大勢の門下生に見送られ、俺達一行を乗せた馬車はナダの街を後にした。同行メンバーは俺、シェイリア、ロイド、ギルデ、それと拳竜の2人だ。
因みに、邪魔にしかならない毛玉を連れてきたのは、ヴァニラが預りを拒否した為だ。なんでも、「長期間を竜と2人きりで過ごせる訳がない、食われる。」だそうだ。
食えるもんなら食ってみろ、と言いたい所だが。基本的にあの毛玉は俺の近くには寄って来ないので言う機会はなさそうだ。
「おちび、あいつらに何したんだよ。なんか一部目がヤバかったんだが。」
「何って、・・・・普通に?」
「流石ユーキ様です。」
「キュピィ。」
「俺、おちびに付いて行かなくて良かった。」
あのあと、フューズベルトの爺さんを拳で説得したシェイリアは、条件付きで武祭への参加を認められた。そしてその条件は、俺から出場の許可を得る事だ。
今の所、許可を出す気は無いのでシェイリアが武祭に出場する可能性は限り無くゼロであるのだが、シェイリア自身は出る気マンマンみたいで張り切りまくっている。
え、爺さんは?また治療院に入れられたよ。
「では皆さん。エルキスタに向け出発させて頂いておりますが、忘れ物は御座いませんか?」
御者台に座るラーゴがそう尋ねてきた。
「何かありましたら、何なりと言って・・・お、お申し付け下さい。このユミス・クリューが承りますのでユーキ師範代!」
同じく御者台に座るユミスが拙い敬語で言った。
この拳竜家の2人は、俺の力を見せつけた後からこんな感じである。威勢のよさは成りを潜め、すっかりへりくだるようになった。
「問題無いな。2人も大丈夫だよな?」
「はい。忘れ物はありません。」
「ああ。大丈夫だ。・・・まぁ、あえて問題を言うなら、行きたくないなぁって思ってるって事かな。」
「「問題無いな(ですね)。」」
「キュピ。」
「っおーい。」
エルキスタはナダから馬車で20日程行った所にあるらしい。武祭の開催は30日後、丁度一ヶ月後だ。10日の猶予は有るものの、旅は何が起こるか分からない為、余裕のある旅にはならなさそうだ。
エルキスタに向かう途中、幾つか観光地があるらしい。中でも温泉の街バグウッド、湖の街アカルティアは見る価値がある有名な街なのだとか。観光地では無いものの、沼の檻と呼ばれる古代遺跡もあるんだとか。
全部スルーなのは頂けない。
「そう言えば、ロイド。東の方ってどんな魔物がいるんだ?」
「随分唐突だな。まぁそうだな、飛ぶ奴が多いな。鳥種に飛竜種、後は蛇種も結構いるっぽいぞ?」
「飛竜がいるのか!」
「あんまし見ねぇらしいけどな。なぁ拳竜のお2人。どうなんだ?飛竜よく見るか?」
「いえ、エルキスタ周辺ではあまり。ただエルキスタより北、山を2つ越えていった所に飛竜の谷が在ります。そこにはワイバーン種が多数いるらしいですよ。」
「まぁ、ラーゴも私も行った事は無いし・・・・ので本当かどうか知りません。なにせ飛竜の谷に行く事は、掟できつく禁じられていますから。」
曖昧な情報だな。
それにしても飛竜かぁ。ちょっと見てきたいな。
竜擬きの大トカゲとか、竜だか怪しい毛玉の子竜とか、顔だけでチラ見してくる竜だとか、うんざりだ。そろそろリアルな竜を見てみたい。堂々と立ちはだかる威厳のある竜を見てみたいのだ。
「ユーキ様、飛竜の谷も行きませんよ。」
「キュピィ。キュ。」
「・・・・ちょっとだけ。」
「駄目ですよ。」
「・・・・ロイド。」
「やだ。絶対やだ。」
くぅ。駄目か。
「・・・・・・・。」
休憩を挟みながら進み、日が暮れる頃には予定通りの位置まで辿り着く事が出来た。魔物などの遭遇も無く、20日間の旅路の初日にして、実に幸先の良い一日だった。
太陽が沈む中、見通しの良い平原にて、皆が野営の準備を始める。そしてまたしても俺は放置されっぱなしである。
やる事もなく、手持ち無沙汰な俺はムゥを召喚した。最近いつもの日課になりつつある、ムゥの製糸活動を始める為だ。
膝に乗せたムゥに糸を出させ、それを手に巻き取って行く。
ある程度の束になったら一旦糸を切り、袋に詰める。
そして新たに束を巻いていく。
これの繰り返しである。
「・・・・暇になるとこうして糸を紡いでいる気がするなぁ。まぁ金になるから別に良いんだけど。・・・・なんか召喚士として間違っている気がしてならない。」
そんな言葉を洩らすと、ムゥが膝をムニムニと踏んできた。よく分からないが、慰めている気がする。
「ユーキ師範代。そろそろご飯の仕度が・・・わぁっ!!??魔物!?」
俺を呼びにきたユミスが悲鳴を上げる。
「俺の召喚獣ムゥだ。」
「そ、そうなんですか・・・?あの狐耳の人だけじゃないんですね・・・・。」
「まぁな。可愛いだろ?」
「えっ?!あ、そ、そうですね。」
そう言ながらユミスの体は遠ざかる。
懐かしい光景よ、シェイリアみたいだ。
「何してたの・・・ですか?」
「お金儲け。」
「・・・・糸?へぇー。召喚獣ってそんな事も出来るんだ。」
おお?早くも敬語が消えてるぞ、ユミス御嬢さん。
まぁ別に良いんだが。
「見てもいい?」
そう言って、俺の許可が出るまでもなく糸を触りだしたユミス。
今紡いでいるのは売り物になるので、あんまり触られたくないんだが・・・。
ユミスは遠慮無しにベタベタ触る。あまつさえ、頬擦りまでしだした。
こいつ・・・。
「一束銀貨7枚。」
「えっ。」
「あんまりベタベタされると糸が駄目になる。光沢がくすむと価値が落ちる。だから弁償。銀貨7枚でお買い上げ。」
沈黙が訪れる。
ユミスの額は汗が滲んでいる。
お前の懐事情は知ってるぞ、ユミス。帰り賃がカツカツらしいから、銀貨7枚なんぞ払えまい。
「あ、あの、ごめんなさい。」
「以後注意しろよ。あ、それは銀貨5枚でお買い上げな。何、気にするなサービスだ。」
「うぐぅ・・・。後で払います。」
渋々と言った感じで糸を受けとるユミス。
「そう言えば、ユミスの着てる服も動物性だよな?なんの毛?もしくは糸?」
「?あ、ああ。これ?糸よ。ウェバー製。一応高いやつなんだけど、これと比べちゃうとねぇ・・・。」
「ウェバー?」
「知らない?蜘蛛よでっかい蜘蛛。私のはウェバー種の中でもそこそこの品質を誇っているシルクウェバー製なの。白が綺麗な糸でね、耐久性もあって女性人気の高い種類なのよ。貴女のローブも綺麗だけどそれは?」
こいつ・・・。へりくだる事を、どこか銀河の彼方に飛ばしてしまったらしい。まだ1日目なんだが。まぁ、いいんだが。
「俺のはその糸だよ。持ってるだろ。」
「えっ!?これ?!ま、待なさよいよ!あんた!それ全部この糸!?100%!?」
「そうだよ。と言うか、それより強力な糸で編んでる。そこらの刃物なら掠り傷1つ付かないと思うけど。」
ついでに火も通さない。撥水性も高いし、断熱性も高いし、変色しないし、虫食いもないし、軽い。・・・吸水性はちと悪いが。
「ガキの癖に贅沢な・・・・。」
よし、お前は殴る。




