召喚士されし者 28・白い毛玉
「今日は調査には行きません!」
質素な食卓に俺の声が響く。
「何言ってんだおちび。働け。」
ロイドは呆れた顔でズズーっとスープをすする。
「ユーキ様、何かこの顎髭がやらかしましたか?」
「何でそうなるのぅ。」
「緑のトゲトゲがさ。」
シェイリアがスープの器を放り投げ、ロイドの胸ぐらを掴みあげる。
「顎髭ぇぇぇっ!ユーキ様に何をしたんですか!!トゲトゲって何ですか!何をどうして、緑のトゲトゲをどうしたって言うんですかぁーー!!」
「落ち着けぇーーー嬢ちゃん!トゲトゲはあれだ、バランドールの事であって、なんかその卑猥的な事ではなくてだなっ。」
「卑猥な事っ!?貴様ぁ剃りあげますよ!その汚い顎髭剃りあげてやりますよ!!」
「まぁ、落ち着けよ2人共。」
「嬢ちゃんだけだ!落ち着いてねぇのは!」
俺は昨日の調査で深刻な精神的ダメージを負った事を告げた。心が体が、緑のトゲトゲを思い出すたび震えるのだと。だから休憩が必要なのだと。何もしない平穏が、平凡が、安らぎが欲しいと。伝えた、誠心誠意に、二人に。
「だから、今日は1日お休みして砦の通路調べたい。」
「それが全てじゃねーか。」
結局、俺のごり押しで調査を1日サボり、砦探索をする事になった。
元より危険なアトヌウス砂漠。俺が行かねば誰も行けないので、俺の決定は誰にも覆せないのだ。まぁ、シェイリアに怒られたら覆えるだろうけどね。弱いからね、シェイリアに。
3日前に発掘した場所に3人で向かう。
「ここか、固そうな扉だな。鋼か?」
「?これギルドカードみたいな感じがしますね。魔鋼じゃないですか?」
2人がペタペタと扉に触れる。
「魔鋼じゃ開かねーだろ。はい、探索終わりな。調査行くぞ、おちび。」
「ユーキ様、残念ですが━━」
ズゥゥン。アルディオによって壁ごと扉が撤去される。
「「・・・・・・・。」」
「アルディオは馬達の護衛な、しっかりな!」
俺は馬車の護衛にアルディオを送り出す。1人でも大丈夫でしょ、うちの子達は優秀だもの。
「行くぞー2人共。」
「あっはい、ユーキ様。ランタンお持ちしますね。」
「何でもありだな、おちびは。」
薄暗い通路を進んで行くと幾つも部屋があった。どの部屋も扉はついていなかったので中に入り放題だった。探索してみて分かったが、この区画は魔導研究に宛がわれていたようだ。随所にその名残がある。
砦の放棄と共に、研究資料は持ち出されたか、処分したようで、具体的に残っている物は無いのだが、漂う魔力の残滓が俺に告げる。
まぁ、ろくなもんじゃないな。うん。
「なぁ、おちびよ。ここ来たら駄目な所だろ。」
「国家機密的な、だな。」
「ユーキ様は世界級ですから大丈夫ですよ。」
「いや、大丈夫じゃねーだろ。」
ロイドが「消されるぅ」とかほざいているのをそのままに、俺とシェイリアは探索を続ける。
金銀財宝は見受けられない、どうやらハズレ砦なようだ。
通路に隣接する全ての部屋を見回るも、目ぼしい物は何も無し。いい加減飽々していた頃、通路の最奥部である物を見つけた。
魔鋼の扉だ。
その強固な扉で守られた最奥部の部屋だ。
「宝だな。」
「間違いありませんね。」
「絶対宝じゃねぇ。」
ロイドが俺とシェイリアの肩を掴む。小癪なり。
「放せよ、俺は宝が欲しいんだ、見たいんだ。」
「そうですよ、ユーキ様を放しなさい。髭剃りますよ。」
「うるせぇぇ!!!絶対止めろ!これは宝の部屋じゃねぇ。よしんば入ってたとしても、国を存亡を左右するやべぇ宝だけだ!」
国の存亡を!ほうほう。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ見るだけだから、な?」
「ほら、ユーキ様もこう言っていますし、大丈夫ですよ。見るだけですから。」
「見たら駄目な宝もあるんだよ、世の中にはっ!」
おおよそ一時間、扉の前で言い争った俺達は、一旦休憩する事にした。
「甘いものが食べたい。」
「ユーキ様、申し訳ありません。甘味はちょっと・・・。干し肉ならありますけど。」
「こんな陰気臭い所で、よく寛げるなお前ら。」
そう言うお前も寛いでいるだろうが、なんだそのお洒落なボトルは。酒か?酒が入ってるのか?
俺の視線に気づいたのか「水じゃボケ」とロイドが言ってきた。
「でもさ、ここまで来たら中見たくね?」
俺は素直な気持ちをぶつけてみた。
「まぁ、そりゃな。冒険って感じだもんな。こんなん。」
「私はユーキ様の味方です。ユーキ様が危なくないなら反対しませんよ?」
・・・・・・・・・・ん。
「開けちゃう?」
「まぁ、ちょっと・・・・覗く程度なら、まぁ。」
「危なそうなら直ぐ閉じて下さいね。」
「ガイゼルぅ!!」
「ドガァーン」と言う轟音と共に魔鋼の扉を撥ね飛ばす。
おお、やはり魔鋼は頑丈だな、壊れない。
部屋の中は意外に広くテニスコートくらいありそうだ。
「おちびよ、お前はやる奴だと思っていたよ。馬鹿ちんが。」
「そんな器用に開けられねーもん。」
「もん。じゃねーよ。どうすんだコレ直んのかコレ?」
「無理だろ。」
扉を直そうともがき、「くそぅくそぅ」と泣くロイドをそのままに、俺とシェイリアは部屋の中を探索する。
他の部屋では目にしなかった、多くの研究資料が散らばっていた。内容は暗号化されているのか、文字は読めても意味が分からない造りになっている。まぁどうせ、ろくなもんじゃないだろうが。
「きゃぁ」シェイリアの小さい悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたシェイリア?」
「あの、・・・・何かを見つけました。」
「?何を見つけたんだ━━━」
ん?俺はシェイリアの足元で丸くなる何かを見つけた。
白い毛玉?、・・・おぉ動いた。生き物か?
ん?コイツ・・・。
俺は出来るだけ静かに接近し一気に毛玉を掴み上げる。
「キュピィィィィ!!!」
毛玉が鳴き出し暴れだした。体をばたつかせ俺から逃げ出すと、シェイリアの胸に飛び込んでいった。
「ひゃ!?あ、あのユーキ様、コレ。」
「シェイリア!!・・ってあり?」
毛玉はシェイリアの胸で中で大人しくしている。
「・・・・痛くないか?」
「は、はい。特には・・・温かいです。」
ピョロン。毛玉から尻尾が垂れ下がり愉しげに揺れる。
俺はヴァニラから譲り受けた魔物図鑑のある一節を思い出す。
曰く、幼生体は毛玉に見える。
曰く、プライドが高く、扱いづらい。
曰く、母親の腹によくしがみつき甘える習性がある。
曰く、笛の音のような甲高い声を持っている。
曰く、なんやかんやそれっぽい。
「シェイリア、それ多分、子竜だ。」
「え、えぇ?!」
何故かシェイリアにベッタリな子竜。
離そうにも離れないので、仕方ないと子竜をテイクアウト。俺達は、他の面倒事はほったらかして地上に帰る事にした。
それにしても、竜卵ならまだしも子竜とは。
子竜の処遇についてはしっかり話し合わねば、売るにしても、飼うにしても、そして・・・
俺が丁度そんな事を考えていたその時だった。
突然大地が揺れた。震度2~3と言った所だ。この世界に来て初地震だったがそこまで驚きは無かった。地震の爆心地、日本に住んでいたのだ、並の揺れでは俺の平常心は崩せない。
振り向いて二人を見ると明らかに動揺していた。この地方だと珍しいのか・・・・・ん。待てよ。ここって。
俺は通路を飛び出し火山に目をやる。
どうやら当たって欲しくない予想が当たったようだ。
俺の前にあるアトヌウス山脈。その山々が赤い火柱を上げ大地を震わせていた。




