(六)文化祭準備:小倉伝之助
「……浅沼さんと……誰かな?」
見知らぬ顔だ。背はユリルよりも低いが、身体の幅がある。よく太った浅沼さんを、一回り小さくしたような感じだ。がっしりした正方形の体型とも言うべきか。
そんなに寒くないが、トレンチコートを羽織り、頭には型崩れのしたハンチング帽を被っている。
「おかえりなさい、ナツトくん」
「やあ、ユリル。こんばんわ、浅沼さん」
「よお、ナツトさん。こんな遅くまで学校ですかい?」
「文化祭の準備に駆り出されちゃって」
「ああ、なるほどなるほど。ユリルさんと同じ理由なわけか、はっはっはっ」
低いダミ声で浅沼さんが笑い声を上げる。今日は機嫌が良さそうだ。暗いのに、相変わらずサングラスを掛けている。
「坊っちゃんが、噂の日向ナツトさんですかね?」
横に立つ、見知らぬ男が声を掛けてきた。
間近で見ると、小さな目が離れていて、唇が分厚く、口の端の髭がやけに濃い。パッと見、ナマズのような顔つきだ。
「ナツトくん、こちらは小倉さんです。あちらのアパートでお住まいの」
「ああ……」
俺がここで暮らすことになった日に、留守にしてた人だな。
「はじめましてです。『小倉伝之助』いいます」
そう言うと、小倉さんは帽子を取って、右手を差し出してきた。帽子を取ったその頭は、かなり頭髪が寂しく、地肌がチラホラと見て取れた。あまり風呂に入ってないのか、フケの塊も見て取れる。
少し生え際の後退しているらしき広いおでこは、ツルッとしていた。
「あ、どうも。ちょっと前から盾冬教授のお宅にお世話になってます、日向ナツトって言います」
「ああはいはい、聞いてます聞いてます」
握手を返すと、小倉さんはニタリと笑みを浮かべた。
「風体は怪しいが、根はいいヤツだ。よろしくやってくれ、ナツトさん」
「ああ、はい、もちろんです」
浅沼さんに頷き返すと、浅沼さんは満足気に腕を組んで「うんうん」と頷いた。
「ところでナツトくん、埜之平高校で今もちきりの、ウワサって知ってます?」
「え?」
ユリルの問いかけに、なぜだかドキリとする。今もちきりのウワサと言われると、あの怪しげな手紙の事しか浮かばないが……。
「埜之平高校の文化祭に幽霊が出る、って話?」
「それもあるけど」
ユリルが可笑しそうに「ふふふ」と笑う。
「文化祭の中止を求める、怪しい手紙のこと」
「ああ……」
やっぱりな、と思わずにはいられない。
「実はあっしなんですが、オカルトブログの記者をやってましてね」
帽子をかぶり直しながら、小倉さんが口を挟んでくる。
「今時流行らねえアフィリエイトで、細かく稼いでる程度ですが。前々から埜之平高校の文化祭には、幽霊が出るってウワサでして、へえ」
ニタニタとねちっこい笑みを浮かべながら内ポケットをまさぐっている。
「今年はそれが、生徒会に怪しい手紙が来てるって話をね、たまったまなんでやすが、耳に入れまして。長年のファンもいるネタとくりゃ、アフィリエイト収入にもいいかと思いまして」
「それをブログの記事にしようと?」
「ええ、そうです」
内ポケットから小さなメモ帳と短くなった鉛筆を取り出すと、鉛筆の先をペロリと舐めた。
「何か、ご存じないですかね?」
小さな目で上目遣いに、チラリと俺の方を伺う。
俺は肩をすくめるしかなかった。
「生徒会に文化祭中止を求める怪しい内容の手紙が来てる、ってのと、文化祭で幽霊が出る、ってウワサは知ってますけど、ってぐらいです」
俺の言葉に、小倉さんは「あー」とだらしなく口を開けて、そっぽを向いてしまった。
「ゼノリスでも、何か情報無いんですかね〜?」
「俺もゼノリスのみんなの意見を聞きたいぐらいです。手紙の差出人は誰か、とかね」
「双破タケルさんも、何もおっしゃっておられないんで?」
「え、双破?」
双破の名前が小倉さんから出てくるとは思ってもみなかった。戸惑っていると、小倉さんが分厚い唇をニタッと上げて笑みを浮かべた。
「オカルトブログをやってる者として、今に名高い天才精霊魔術師さんのことを知らないってわけにはいきやせんよ。坊っちゃんと同じく、ゼノリスに入隊されたことも存じ上げておりやす」
……ああ、そういうことなのかな? 全国精霊魔術師大会の高校の部でも優勝してるし、有名人なのは当たり前か。『チャンネル743』でも専用スレが立つぐらいだし。
「まだ何も、考えとかは聞いてないですよ。さっき言ったとおり、俺も聞きたいぐらいですから」
「そう、っすか……うーん」
小倉さんはハンチング帽の間から親指をねじ込むと、ゴリゴリと音を立ててこめかみ辺りを掻き始めた。
「はっはっはっ! 小倉よ、取材たあそんなもんだろうよ。いつでもいいネタが手に入りゃ、誰も苦労しねえってもんだ」
「そりゃわかってますがね、浅沼のダンナ。埜之平高校のことなら、ユリルさんに聞けばもしやと思い、しかも新入りでゼノリス隊員のナツトさんのコメントも取れりゃ、何かあるかと思いやしたが……」
当てが外れた、といわんばかりの表情で、小倉さんはゴソゴソとメモ帳と鉛筆をポケットにしまった。
「文化祭は誰でも学校に入れるんで、実際に現場に行ってみたらどうです?」
「あはー、そりゃそうだ」
俺の言葉に、ニタッと小倉さんが笑みを浮かべる。
「わたしのクラスはクッキー屋さんなんですよ」
「おお、ユリルさんの手作りで?」
「はい。レシピはいつものです。紅茶も用意してますよ」
「そりゃあいい。是非、取材ついでに伺わせてもらいやすよ」
「はい、よろしくお願いします。ナツトくんのクラスは?」
「ああ、ウチ? 俺のとこはね、わんこそば屋なんだ」
「わんこそば……」
呟くと同時、小倉さんがまた口をポカーンと開けて惚け顔になる。……ホントにナマズそっくりだ。
「おや、みなさんお揃いで」
ちょうどその時、雀荘の方から中島さんが咥えタバコでやってきた。
「中の連中はもう、準備万端整ってやすよ。いつでもどうぞ」
「おう、中島さん。ヤツら、もう来てましたか」
「ええ、手ぐすね引いて待ち構えてやすよ。今日こそはとっちめてやるとばかりにね」
そう言って、中島さんが親指で雀荘の方を示しながらニヤリと笑った。よく見ると、雀荘の前には高級そうな黒塗りのリムジンが一台、停まっていた。
浅沼さんと小倉さんは目配せし合うと、それぞれ襟を正した。
「行くか、小倉」
「へえ、ダンナ」
浅沼さんが雀荘に向かうその後ろを、小倉さんがゆっくりとついて行く。
「あの二人、この界隈じゃそこそこ名の通った雀士でね。今日はコレもんのお相手さんが来てんすよ」
頬を人差し指で切る仕草をしながら、中島さんがニヒルに笑う。
「え……そんな人が相手で大丈夫なんですか?」
「まーだ任侠ってモンがあるヤツらですからね。まあ、お屋敷には迷惑かけません。ふじもっちゃんなんざ、どっちが勝つか、実原さんや教授と賭けまでしてまさあ。ワイングラス片手に、旦那衆の横でおねだりの真っ最中ですがね」
「へえ……」
「みなさん楽しむのはいいんですけど」
ユリルが困ったように苦笑いを浮かべている。
「悪魔術、使ってるとか?」
「それはねえっす、ハハハハッ」
大笑いしながら、中島さんは片手をスッと上げると、雀荘の方へと踵を返した。
俺はユリルと顔を見合わせて、苦笑いを浮かべるしか無かった。
◆
夜。
夕食と風呂を済ませ、イヅルとモンスレを少し楽しんだあと、俺は一人、2階踊り場の共有スペースに置いてあるノートパソコンの前にいた。
明日から3日間は、授業がない。文化祭の準備日、当日、予備&片付け日となっているからだ。課題は出ているが、時間的にゆとりがあるってのは気が楽でいい。
要はまあ、課題のことを気にせず、ノーパソで『チャンネル743』のオカルト板を見てたってわけ。
さすがに文化祭当日が明後日に控えているだけあって、『【ウソかホントか】埜之平高校346時限目【樹平祭】』スレの勢いが凄い。特に最新情報も無いのに、あり得ない妄想が飛び交っていた。
それに加えて、固定ID『Yk0m964F−77』が、今日は現れていない様子だ。
タイムリーに書き込みされるところに立ち会ってみたい、ってのはある。しかしだからといって張り付いているのも、さすがに飽きてきた頃だ。
ひと通り『チャンネル743』を見て回った後、ふと思い立って、『小倉伝之助』でググってみることにした。
「……おー、あったあった」
ブログだけあって、ちゃんと検索エンジンに引っかかる。何の気なしに適当にページを開いてみる。
帰宅した時、質店の前で言っていたように、たしかにアフィリエイト広告収入目的の、オカルトブログだった。月に10本程度。『前編後編』とか『(一)(二)(三)』などのシリーズ化してネタを引っ張ってるところはあるが、想像した以上にきっちりした内容にまとまっていた。
アフィリエイト広告収入目的と言ってたから、よくある陰謀論や噂に妄想を練り固めたただのゴシップみたいなものを想像してたけど……。
大抵の記事が、「1.噂の内容」「2.現場検証と噂の比較」「3.付近住民や関係者などのコメント」「4.記者総括」という形式で構成されている。おどろおどろしいだけのオカルト現象紹介っていうより、わりと真面目に噂の詳細を検証した内容になっていた。
オカルトを頭から肯定するでもなく、全否定するわけでもない。恐ろしさの主軸がどこにあり、噂の実像がなんとなくわかった気になる、いい記事だと感じた。
コメントの付き方を見ても、そこそこの人数の固定ファンがついてるようだ。中には、より物語仕立てに改変したものもあるらしく、それは無料小説投稿サイトに転載しているらしかった。
「すごいな、物書きとして真面目にやってるんじゃん」
こう言っては小倉さんに失礼だが、見た目からは全く想像がつかない。
逆に考えれば、自分の足でつぶさに現場を見て回っているからこそあの風貌と身なりになっている、とも言えるかもしれない。
そんなことを思った時だった。
過去記事のとあるタイトルが目に飛び込んできた。
「『ゼノリス第二十六地区4班に”凶刃”現る! 決闘と謎の混沌創の一部始終』……なんだ、これ?」
お、なんだなんだ?




