(四)天使候補生:放課後に
────慌ただしい一日が終わりを告げる。
6時限目が終了し、クラスメートたちが次々に席を立つ。家路を急ぐ者、部活や委員会へと向かう者。ここから先は、めいめいの時間だ。
「じゃあまた明日ね、ハノンちゃん」
「はいですの!」
双破タケルに頭を撫でられ、ハノンが嬉しそうに返事を返す。
「双破はもう帰っちゃうんだ?」
「ああ、このあとね、身内だけの慎ましやかなゼノリス入隊祝賀会なんだ。そのあと、家庭教師も呼んである」
「家庭教師?」
「ゼノリスに入ったら、学校での勉強時間が削られるからね。現に今日だって早速。だからさ、父上に頼んで家庭教師に来てもらうことにしたんだ」
「まさか卒業ヤバイのか?」
「テストなんて問題じゃないよ。そんなの、ちょっと勉強すれば十分だ」
「……じゃあなんでさ?」
双破タケルが「やれやれ」といった面持ちで腰に手を当てる。
「精霊魔術に、正確な知識と論理的思考は不可欠だからさ。キミも知ってるよね? それがより強力で正確な精霊魔術を発動するに繋がるのさ」
「そっか……」
「僕が目指しているのは上級精霊魔術師よりも、ずっとずっと先。世界のトップレベルを、僕の手で引っ張り上げていきたいんだ。だから、今から必死で努力しないとね」
そう言うと、双破タケルは「じゃあ」と手を振って教室を去って行った。
「双破タケルさんは、ホントに素晴らしい方なのです!」
俺の横で、キラキラした目でハノンが双破を見送っていた。
精霊魔術ってホントに面倒な仕組みだな、と思わずにはいられない。こういう考えは、良くないのかもしれないが……。
その点、同じ精霊魔術でも、絶対運命の枷はチートすぎるな。他人が使ってみせた精霊魔術でも、わりと簡単に再現出来ちゃうんだから。
「さて、俺も帰るか」
カバンを手に、席を立つ。
「待ちなさいですの!」
「ん、なに?」
「あ、あの……」
引き止めておいて、ハノンが言い淀む。頬を薄らと赤く染めて、うつむいてしまった。一体、今度はなんだ……?
「どうした、ハノン? なんか用があるんじゃないの?」
「そ、その……」
そんなに言いにくいことなのか……? ハノンは胸の前で両手の人指し指をモジモジさせている。
「……言いにくいなら場所を変える? 人が少ない方が良いのかな?」
「お、告白か?」
「な、なんだと!? なんで日向ばっかり美味しい役なんだ!?」
「腕利きのフラグビルダーかよ」
違うって……たぶん。
「ハノン、他のヤツに勘違いされそうだから」
「え、えっと……」
ハノンはゴクリと音を立てて唾を飲み込むと、
「せ、生徒会室へ連れて行って欲しいのです!」
と言った。……なぜそれを言うのにそんなにモジモジするんだ……。
「ナツトのような悪い人に頼むのは、わたくしのプライドが許しませんが、背に腹は変えられないのです!」
どういう理由だよ……。
「いいよ、それぐらい。もっと気安く頼んでくれれば」
俺はハノンを促すと、教室をあとにした。
◆
生徒会室へ向かう道すがら、ハノンが理由を説明してくれた。なんでも、ハノンは埜之平コトネ副会長の家にお世話になることになっているそうだ。
「『授業が終わったら、生徒会室へ来てください』と言われているのです」
「なるほどね」
階段を上がって3階の廊下を歩いていた時……。
「あれ?」
音楽室や美術室の入り口が並ぶあたりで足を止めた。
「どうしましたですの?」
「やっば……」
……前の高校と勘違いしていた。ここに来てからまだ1週間も経っていない。生徒会室って行ったことがなかったのだ。
「ごめん、迷った」
「ええええええ!?」
ハノンが非難の大声をあげる。ハムスター精霊のロッキーも、ハノンの頭の上に乗って、同調するように「モキュキュッ」と声をあげた。
「まさかわたくしがこの学校のことを知らないのをいいことに、人気の少ない場所へ連れ込もうというのですか!?」
「そうじゃない、そうじゃないって」
「きゃああああああ、わたくしの……わたくしの……わたくしの貞操が、大大大大大大ピンチですの!」
「落ち着けって……」
なんで襲われること前提なんだよ……しかも貞操がピンチって……。
音楽室や美術室なら、部活で人がいっぱいいるからその心配は無いし。
「あら……?」
ふと、背後で聞き覚えのある女の子の声がした。
「ナツトくん? やっぱり」
「あ、ユリル……」
おお、ラッキー。こんなところで知り合いに、しかもユリルに出会えるとは!
「どうしたの、こんなところで?」
「そういうユリルこそ、音楽室か美術室に用があるの?」
「え?……わたしの教室、ここなんですよ」
と、ユリルが横の教室を指さす。
「埜之平高校は1階が3年生、2階が2年生、3階が1年生、でしょう?」
「あ、そうだっけ? なるほどね」
だからいつも、昼休みはユリルの方が先に屋上にいるのか……。謎が解けたな。
などと思った時だった。
「ユリル……この人が……?」
俺の横で、ハノンが呟く。「はっ」として心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に襲われる!
……なんてことだ! こんなところで、早くも二人を出会わせてしまうなんて……!!!
「こんにちは、初めまして」
ハノンを俺の知り合いであると認識したユリルが、にこやかに挨拶をする。
と、唐突に、ハノンが耳をピクリと動かして、スマホを構えた!
ユリルをグァルディオール反応測定モードで撮る気だ!
全身の毛が総毛立つ。
まるでスローモーションのように時がゆっくりと流れ、ハノンを制止しようと腕を動かす俺を嘲笑うかのように、「パシャリ」とシャッターを切る音が響き渡った。
これって、ホントに大丈夫なのか────!?




