(四)天才躍動:本気
「双破!!! 聞こえたならこの嵐を止めてくれ!! 俺たちの命が危ない!!」
力の限り絶叫する。
「ああ、すまないね! ちょっと全力を出しすぎたようだ!」
高らかに声が響いて、嵐がゆっくりと収まっていく。
「ああ、キミが本体だったのか。よくも騙してくれたね、この僕を」
高圧的な双破の声が響いてくる。傷だらけの石の壁の端から覗き見ると、双破の向こう、白い宙に、5mはあろうかというほどの巨大な蜘蛛がぶらさがっていた。クワガタを思わせる巨大な禍々しい顎、真っ赤に爛々と光る複眼のその頭上、ドス黒い渦が巻いている。
そうだ、あれが本体だ! さっきまで相手にしていたのは、アイツが操るただの混沌だったに違いない。
それにしても、さっきまで校舎の中だったはずなのに、一面、真っ白の世界だ。
「校舎ごとふっとばしちゃったのか?」
そうとしか考えられない……。改めて、その恐ろしい威力を痛感する……。
「僕を本気にさせるなんて……フフッ、思っていた以上に楽しませてくれる」
双破の右肩あたりに浮かぶ精霊プリズムが、精霊プリズムとは思えないほど強烈に煌めいている。水色から紫色、紫色から緑色へ……。まさにあれこそ虹玉だ。
魔物を見上げる双破は、不敵な笑みを浮かべていた。
その姿が……あの三人の天使に重なって見えた。
「……小癪なニンゲンよ……」
不意に、しわがれた老人のような声が響いた。
「……ワが心骨のコヤシにしてくれよう……」
宙に浮かぶ魔物がギチギチとと八本の足を蠢かし始めた。
「シ、し、シ、シ、し、死、シ、し、し、し、シ、死……」
魔物が節足をワシャワシャと動かしながら、単調なリズムで言葉を繰り返す。
「なんだ……?」
目眩がして、世界がグルグル揺れ動く。これは……ヤツの魔術か!?
「ナツトくん、耳を塞いで!」
ユリルの声が聞こえるが、もうすでに俺はヤツの魔術に捕らわれてしまっていた! 「ゴン」と音を立てて頭から床に崩れ落ちる。頭上に現れていたはずの混沌も、その気配を消していた。
「信術解、音波の打ち消し!」
双破の声が聞こえた。
床に突っ伏したまま見上げると、双破の精霊プリズムが黒色と青色の交互に光を放ち、双破の前に青色のバリアのようなものを作り出していた。
「この程度の魔術、僕に通用すると思っているのか!」
「……シれ者めが……」
魔物の身体がいきなり、ブランと振り子のように揺らめいた! ブワッと足を大きく広げて双破の頭上に舞い上がる!
そしてその場でグルグルと回転し始めた。
「何をする気だ?」
視界がまだグルグル回る俺だが、万が一に備えて重い身体を引き起こす。
と、いきなり回転する魔物の中から黒い塊がバラバラと双破に向かって降り注ぎ始めた! さっきの黒い蜘蛛たちだ!
黒い蜘蛛たちは瞬時に蜘蛛の巣に変わって双破タケルに襲いかかる! あれで双破を絡め取ろうっていうのか!?
「同じ手が通用するとでも? 信術解! 運動エネルギー反転場!!」
双破タケルの精霊プリズムが緑色の輝きを放つ! すると双破タケルに今まさに覆いかぶさらんとしていた蜘蛛の巣が緑色の光に包まれる。そしてまるで見えない壁にぶつかって跳ね返ったかのように、魔物めがけて上昇し始めた!
撒き散らす黒い蜘蛛ごと無数の緑の蜘蛛の巣が魔物に絡みつく! すると急激に魔物の回転速度が減速し、やがてその動きをピタリと止めた!
「……ウグ……ヌヌヌ……」
「はははは! 自らの技にやられる気分はどうかな?」
「双破! 早くトドメを!!」
「言われずともわかってるさ!」
「……死、ネ……」
魔物のしわがれた声と同時、「ズン!」と音を立てて双破の回りに黒くて細い、8本の節足が現れた!
マズイ! 猶予を与えすぎたんだ!!
咄嗟に絶対運命の枷を起動する!
「風の精霊魔術で加速!」
俺の精霊プリズムが紫色の輝きを放ち、グンと腰を沈めた瞬間、俺の身体が一気に加速した!
しかし8本の黒い節足の鋭い切っ先が、双破めがけて振り下ろされる!!!
「(間に合わない!!!)」
そう思った瞬間、「ギュギン!」と気味の悪い音共に、8本の節足が外に向かって折れ曲がり、床に突き刺さる!
「うわっ、と!!!」
危うく、突進する俺ごと突き刺されるところだった! 寸でのところで身を翻す。
「何を慌ててるんだい、日向くん?」
双破の周囲を半球状に薄い緑の光が覆っている。そうか、これは……。
「まだ僕の魔術が発動中だよ。離れておいた方がいい」
そう言って「フフフ」と笑うとスマホをかざした。
「僕の大好きな魔術を使わせてもらうよ。これを初めて目にした時は心が震えたものさ……キミは運が良い。僕の全力を持って、その死を迎えられるのだからね」
「……死……シ!……し!……シ……」
魔物が言葉を発するたびに、8本の節足が蠢くが、まるで双破に触れられる気配がない。真っ赤な目が爛々と輝いて、頭上のドス黒い渦が奇声をあげる。蜘蛛の巣に囚われたその巨体を揺らし、少しでも呪縛が解けようものなら、今すぐにでも双破を屠ろうと言わんばかりだ。
そんな魔物を尻目に、双破は詠唱とともに、優雅な手つきで右手を大きく動かしていく。
「『ファビレオ・カペリの書』第十三節第六十項より衛宮の下僕に告げん!
我が魂と我が命に従いて、永久凍土の狭間より、冷徹なる聖獣を解き放て!
信! 術! 解! フェンリルの牙よ!!!」
頭上に振り上げた手をグッと握りしめる。瞬間、魔物の周囲の天井から、唸りをあげて巨大な獣の口が現れた! 風が舞い、ダイヤモンドダストのようにキラキラと氷の結晶が煌き始める。
氷で形作られた巨大な牙。今まさに、魔物を一口で噛み砕こうとしている。
「……グオオオオオオオオオオ……!」
魔物が逃れようと、咆哮をあげる! その頭上の混沌が、身の毛のよだつ絶叫をあげて回転する。
「死の恐怖にこの世の無常を知るがいい……噛み砕け、フェンリル!!!」
双破タケルが握った拳をグッと振り下ろす!
瞬間、ものすごい唸り声とともに氷の大きな口が魔物を飲み込んだ! 「ズガン!」と大砲のような轟音が轟いたかと思うと、「バキバキバキバキ!」と激しい音を立てて氷が砕け散る!
その真ん中で黒い渦が巻き起こり、ギュッと小さくなったかと思うと、フワッと白い靄の中に霧散した────。
双破の周囲で蠢いていた節足も、主を失い、ゆっくりと溶けるように掻き消える。
「もっと面白い術を持つべきだったね」
そう言ってクールに微笑む双破タケル。なんてやつだ、たった一撃で魔物を片付けてしまった……。
やがて俺たちの周囲のミストが晴れていく。いつの間にか、階段横の家庭科室に入り込んでいたらしい。
「双破先輩! ナツトくん! 怪我はありませんか?」
ユリルが戸口から呼びかけてくる。
「ああ、ユリルちゃん。心配ご無用、僕は無傷さ」
ユリルは双破に頷くと、俺の方に小走りで駆け寄ってきた。
「ナツトくんは怪我を……」
「そういうユリルこそ」
見ると、ユリルは腕や肩に切り傷を作っていた。スカートも所々切れ目ができている。……双破のあの精霊魔術のせいだな。
それに対して俺は……。魔物の糸に絡みつかれて、制服がところどころ破けていた。その奥で、混沌創が赤紫色に微発光していた。転入初日から早速、制服を台無しにしてしまったな……。まだおろしたての、真新しい服だったのに。
「……そうだ、絶対運命の枷」
無駄玉に終わってしまったが、仕方ない。人命を粗末にするわけにはいかないしな……。
気付かれないように、そっと精霊魔術執行モードを終了させる。ボディリフレッシュの、ぽかぽかした感じが体全体に広がった。
外から、生徒たちのざわめきが聞こえてくる。
双破タケルは、優雅な物腰で窓際に歩み寄った。
「見てご覧よ、ユリルちゃん、日向くん。みんな、ミストが消えて驚いているようだよ」
バタバタと廊下を走る足音が聞こえてくる。ガラッと戸口が開くと、埜之平コトネ副会長が姿を現した。
「あら? 双破クン、それに……日向クンまで!」
「どうしましたか、副会長さん」
「ミストが発生してたでしょ!? 魔物の反応がこの辺から……」
「それなら僕がもう、撃退しておきましたよ」
そう言って、双破がニッコリ微笑んだ。
「遅れた!! すまねーコト姉!!!」
反対側の戸口から、金髪の男、矢茨カズマが現れる。俺たちと副会長の姿を見て、「ん?」とばかりに顔をしかめた。
窓の外では車のエンジン音が近づいてきて、教室の前に車両が停まる。
「……滝宮隊長も到着したみたいだし、アンタたち、地区本部まで来てもらうわよ」
眉を潜めた副会長がそう言い放つ。
思わず、ユリルと顔を見合わせる。
「(ゼノリスに連れて行かれて、ユリルは大丈夫だろうか? 悪魔とバレたりしたら……)」
そんな俺たちを気にする様子もなく、双破タケルは白い歯を煌めかせてニコッと微笑んだ。
「構いませんよ。僕は逃げも隠れもしませんから。さあ、行きましょうか」
いやあ……なんか、マズイことになってしまったような気がしてならない……。
もし万が一、ユリルに何かあったら、俺は────。
<第三章(四)天才躍動 終>
なんとか魔物を撃退したと思ったら……! ユリルがゼノリスの調査を受けなければならない!? どうするナツトくん!!!
次回より新節「第三章(五)心の真偽」をお送りいたします! 次節で第三章も終わり。第四章へ突入する予定です!
感想などお待ちしてまーす。




