(ニ)悪魔の館:敵か味方か
「さて、準備も整ったようだし、皆も揃ったようだね?」
屋敷の大食堂。そこには、この屋敷の関係者全員が集っていた。
上座についた盾冬教授が、立ち上がって部屋全体を見渡す。
その左横に、俺は座っていた。
俺の横には、ユリル、老婆の実原さんが並び、次いでスナック経営の女性二人、川上さんと藤本さんが並んでいる。その対面には、雀荘経営の中島夫妻。そして席をひとつ開けて、下座には真舟質店の店員浅沼さんが陣取っていた。
メイドの永嶋さんと、執事の堀内さんは、給仕のためにそれぞれ左右に立って待機している。
そして、俺の対面だが……某SF映画に出てくる犯罪組織の首領を思わせるような、でっぷりと太った夫婦が陣取っていた。
ブヨブヨした肉が、服のあちこちからはみ出している。腕は丸太のように太く、顎は脂肪で隠れてどこにあるのか分からない。ほとんど首と一体化してるような感じだ。その顎肉か首の肉かはわからないがブヨブヨした皮膚に、縄目のような痣が浮き上がっていて、ぐるりと、二人の首を一周している。それがなんとも不気味で寒気すら感じる。
さらには2人の前に置かれた料理の量が際立って多い。その光景に、なぜか食欲が失せる気がした。
その横にはあの男の子。どうやらこの三人は、ユリルの家族らしい。
ユリルは悪魔のはずなのに、どうして家族がいるのか……? 彼らも、同じく悪魔ということだろうか?
俺はユリルを守りたいと思っているけど、じゃあ、この人たちはどうすれば……?
席に座って以降、そんな疑問が沸々と湧いてきていた。当のユリルは、そんな俺の様子を気にする素振りもなく、宴の進行を穏やかに見守っている。
「……ああ、小倉くんがいないようだ」
「今日一日、誰も小倉を見かけてねえようですわ。大方、取材に出たっきり戻ってねえんでしょう」
「ふむ、そうなのか。まあ彼はいつも忙しそうだしね。では、これで全員としよう」
頷くと、教授はワイングラスを手にとった。
「まずは、我らが邸宅に新たな住人を迎え入れたことをお祝いしよう。日向ナツトくん、ようこそわが邸宅へ」
教授がワイングラスをかざすと、皆が俺に向かって同じように手にしたグラスをかざしてみせる。そのあと、めいめいにグラスに注がれた酒やワインを飲み始めた。
ユリルも、俺の横でにっこり微笑んでいる。
「まさか、ナツトくんと一緒に暮らすことになるなんて」
「ホントだね」
不思議な縁というか……。これが絶対運命の枷によって仕組まれたモノじゃなければいいが……。
そんな不安も感じないではない。
「ではみなさん、食事をしながらで。ナツトくん、挨拶をしてもらってもいいかな?」
「あ、はい……」
俺は席から腰をあげると、姿勢を正した。
「えっと、この度、ここでお世話になることになりました、日向ナツトと言います。えっと、高校生です。急な話で、自分もまだちょっと戸惑ってますが、どうぞよろしくお願いします」
と言って頭をさげた。軽く拍手をもらって腰を下ろす。
「師匠はすげえんだぜ! A級モンスターもノーダメで倒すんだ!」
さっきまで一緒にモンスレをやっていた男の子、ユリルの弟『イヅル』が得意げに声をあげる。ほんの1時間ほどだが、俺は早くも『師匠』にまで昇格したらしい。
「一緒に遊んでもらったの? 珍しいのね」
ユリルが小首を傾げる。
「師匠、馴れ馴れしくってさ! 仕方なく相手してやったんだよ」
食事を頬張りながらイヅルが生意気なことを言う。
「でも俺の姉ちゃんに気安く手を出すんじゃねーぞ。いくら師匠でも地獄の炎にくべてやるぜ?」
「ぶっ……!」
イヅルの言葉に笑い声が上がる。ジミー・ケンゴーの戦闘前セリフを交えて笑いを取るとは、コイツ、結構やるな……。
「そんなことより、一体全体、なんでまた、ここへ来ることに?」
のんびりとしているが抑揚のある声で、ユリルの父親が話しかけてくる。
「やはり気になりますかな?」
教授がイタズラっぽい笑みを浮かべながら尋ね返す。
「さよう。なんせ我々は、皆、曰く付きですからなぁ」
そう言って「ほっほっほっほっ」とユリルの父親が笑う。その間も、ムシャムシャと料理を手掴みで頬張っている。その横でユリルの母親が同調するように笑いながら、同じように手掴みで料理を食べ続けている。
なんだろうな、これ……。
さすがに薄ら寒いを超えて、異常を感じざるを得ない。しかし、他の住人たちにとってはいつもの風景なのか、それぞれに料理と歓談を楽しんでいるようだ。
チラリとユリルの様子を伺うが、特に気にする様子もない。ステーキを小さく切り取って口へ運んでいる。
「ふむ。ナツトくんも気になっているだろうし、この席で伝えておくことにしようか」
ナプキンで口元を拭うと、教授が腰をあげる。
「ああ、皆さん、食事をしながらで聞いてもらいたい。こちらの日向ナツトくんだが、実は……」
チラッと俺の方を見て笑みを浮かべる。
「天使の使徒だ────我らが悪魔、ユリルくんを天使の前に引きずり出す運命を背負っている」
教授の言葉に文字通り、その場が凍りついた。皆の視線が俺に集中する。それは冷たく、突き刺さりそうなほどに鋭い視線だった。
ユリルも少し驚いた様子で、口に手を当てて教授の顔色を伺っている。
それとは別に俺は一人、ユリルが悪魔であるという証言に身震いを覚えていた。すでに分かっていたことだが、教授からはっきり言われると、「やはり」と思わざるを得ない。
「キサマ、敵だったのか!?」
浅沼さんが「バンッ」と机を叩いて立ち上がる。食事中でも濃いサングラスを掛けている。
「一体どういうことなんだ教授! そんな輩をここに迎え入れるなんて正気の沙汰じゃねえ!」
「まあなんていうことでしょう……!」
「天使……使徒……我が娘ユリルを……天使の前に……」
皆の間に動揺が走っているのが手に取るように分かった。イヅルでさえ、口に入れた料理がこぼれているのにも構わず、俺の方をポカンと見ている。
いや、これはちょっと……まずいんじゃないかな。なんで、こんな状況にしちゃうのか……。




