(二)ゼノリス:この人たちが?
「ちょっと、何してるのよ!!!」
不意に、金髪の男の向こうから女の人の声がした。
長いポニーテールをなびかせて俺の横に駆け寄って来ると、男から庇うように俺の肩に腕を回した。
精霊プリズムがうなじ辺りを忠実そうに追尾して、左耳にはヘッドセットを掛けているのが見て取れた。精霊魔術に使う『術具』だろうか、弓道用の大弓を手にしている。
「……チッ」
「舌打ちしない! 何やってるの、って聞いてるのよ!」
「……ナニって、人命救助に決まってんじゃん」
「人命救助!? あたしには脅してるようにしか見えないんだけど!?」
「ハンッ! ミストが掻き消えた後だぜ? 人間の姿に見えても人間とは限んねーじゃん。それに見かけねーツラだ。『自己ボーエーのハンチュー』ってヤツだろーがよ」
「あーら、カズマにしては高尚な言い訳ね。でも怖気づいたんならすぐに報告すれば済むことでしょ?」
「怖じ気づくだと!??」
金髪の男が目を剥いて大声を上げる。
「バカ言ってんじゃねえ! このカズマ様がこんなボロ雑巾にビビるわけねーだろっ!」
「ふーん、そう。ていうかアンタね、ちゃんとヘッドセットつけてなさいよ」
「うっせーーーっ! いちいち報告なんざしてられっかよ!」
女の人はやれやれといった風に溜息をつくと、俺に向き直って頭を下げた。
「申し訳ありません、ウチの無礼者が……あ、私たち『ゼノリス』の者です」
ゼノリス、だって……?
頭の中で鐘の音が大きくなる。頭痛と目眩も酷くなって、思わず頭を抱え込んでいた。
ゼノリスという言葉に、心の奥底で何かが反応している。ミストに巻き込まれた後、誰かと一緒に救援を待ちわびていたような……。
「(……誰かと?)」
「あの、大丈夫ですか!?」
俺を気遣う声に、ハッとする。優しく声をかけてくる女の人を、まじまじと見てしまう。
俺と同い年ぐらいだろうか? まだ10代の少女といった面影はあるが、細くて形の良い眉と澄んだ瞳の綺麗な顔立ちだ。
それと胸が……すぐに目につくほど大きい。
こんな状況じゃなければしばらく見とれていたい、それぐらい綺麗な人だ。
「だいたいだな、コト姉は無防備すぎんだよ! 迂闊に近づいてんじゃねーよ」
男が呆れたと言わんばかりに言い捨てる。
「何言ってるのよ。どこからどう見ても、ミストに巻き込まれた被害者でしょ?」
「そうとは限んねーだろ! なんでそう思うんだよ!?」
「女の勘、ってやつ? あ、この人は大丈夫だって。結構当たるのよ、ウフフ」
「ぶっ!! バッカじゃねーの! よく見ろよ!」
男の言葉に、女の人が俺の全身に視線を彷徨わせる。釣られて、俺も自分の身体に視線を向ける。
「へ……?」
目に映ったものが俄には信じられなかった。
砂埃にまみれた服、左肩から脇腹にかけて抉るような3本の引っかき傷、胸の真ん中を貫かれたような深い傷跡。しかもその傷は全部、赤紫色に微発光していた。
さらによく見ると、服の上から判子でも押したように、赤い紋様がかすかに浮かび上がっている。十字架を逆さにしたような奇妙な紋様だ。
これだけの酷い姿でありながら、不思議と傷口からは痛みが感じられない。全身が重く気怠さはあるものの、まさかこんな酷い傷を負ってるなんて……。
金髪の男がさっきからボロ雑巾呼ばわりしているのも納得がいった。
「こんなのよくある程度じゃない」
「ぶっは!!!」
女の人の言葉に、金髪の男が大げさなリアクションをして見せる。
「精霊プリズムがねーだろがよ! それにその変な紋様の浮き出た混沌創! まっとうな生き方してるヤツには絶対につくもんじゃねーっての!!」
「やっぱりカズマは、この全身土埃と傷だらけの怪我人さんが怖くて怖くて怖くて怖くて超超超超超警戒した、ってことね?」
「はあああああ~~~~~~?????」
金髪の男は眉根を潜めながら、顎が外れんばかりに大口を開けて首を傾げる。
「しつけーぞコト姉! オレをビビらせるモノなんざ、この世に十もねえっての!!」
金髪の男は口をへの字に曲げながらツンと顎を反らせると、細身の剣を鞘に収めた。
「ホントにすみません。口も性格も身なりも悪いですけど、決して悪い者ではありませんから……」
苦笑いを浮かべて頭を下げる女の人に、俺は「はあ」と呆けた返事を返すのが精一杯だった。女の人はニコリと笑うと、ヘッドセットでどこかに連絡を取り始めた。
「こちら4班、埜之平です。怪我をした一般市民を一人発見しました。おそらくミストに巻き込まれたものかと思われます。場所は……」
言葉の途中で、女の人がキョトンとしたような表情をした。
「……はい、怪我人です……え?」




