19話 能力
検証の結果、どうやら俺の腕は起動しないとただの魔水晶でしかないらしい。
だがしっかりと腕としての機能は備わっているため、日常生活を送る上で困る事はほとんどないだろう。
言ってしまえばただの硬い腕なのだから。
そして起動するには起句と呼ばれる専用の言葉を発声しなければならない。俺が無意識に発した言葉「水晶化」が起句に当たる言葉だ。
ちなみに左眼に起句は必要ない。
なぜ右腕に必要があって左眼に必要ないのかは不明だ。流れ込んできた知識にもそこらへんはなかった。
もしかしたら左眼の水晶と右腕の水晶は同じ水晶だが、全くの別物なのかもしれない。
それと左眼には視力が全く残っていなかった。
残念だが、至近距離からガラス片がぶっ刺さったのだ。仕方ないだろう。運がなかったと諦めている。
しかし通常の視力の代わりに魔力が見えるようになった。
右眼を瞑ると真っ暗の中にキラキラと輝く粒子が見える。見えていないのに見えるのだ。違和感がすごい。
きっと慣れるまではもうしばらく掛かるだろう。
左眼の能力はそれだけだ。
そして右腕の能力は二つある。
一つ目は魔力吸収。そして二つ目が重力操作だ。
というのも重力操作には莫大な魔力が必要になってくる。
具体的に言うとK5895分隊が一日で採掘する魔水晶を全て魔力に変換しても一秒と使えないだろう。一瞬だけ使えるかどうか。そういうレベルだ。
その為、魔力吸収機能がついているのだと思われる。
魔力吸収は右腕で触れた魔力を吸収するという物で、離れている魔力は吸収できない。
こちらは水晶化していなくても使える。
一応魔力は空気中にも漂っている為、少しずつ回復することは出来るがその量は微々たる量。雀の涙だ。
よって右腕の能力を使うには魔水晶から魔力を取り込むのが最善だと思っている。
【終末の獣】から吸収することもできるが、死のリスクが大きすぎる為、あまりやりたくはない。
なぜか周囲にある魔水晶の魔力が枯渇しているが、あとで枯渇していない魔水晶を探して補充しておいた方がいいだろう。
ちなみに一度取り込んだ魔力は水晶化しない限り、目減りする事はない。
長期的に保存しておくことができる。
逆に言うと水晶化しているだけで少しずつ減っていく。
と、こんな感じでかなり燃費の悪い能力だが、性能としては絶大だ。
そもそもの話、応用力が途轍もなく高い。
重力を強めて敵を押し潰すこともできるし、逆に弱めて浮遊することもできる。局所的に重力を強めれば斬撃のような現象も再現可能だ。
攻守ともに優れた力といえる。
しかし使い過ぎは禁物。
魔力切れを起こしたらただの硬い腕になってしまう。
一応魔力切れを起こしていても重力操作は使える。だがその場合は文字通り命を使う。その為、奥の手と考えておくべきだろう。
使うとしたらエリュシオンを堕とす時だ。
とまあそんな感じで色々と検証をしていたら|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》から取り込んだ魔力が心許なくなってきた。やはり燃費は問題だ。
「んぅ……」
そうして体感時間で夜が明けた頃、ホタルが目を覚ました。
「おはよう。身体の調子はどうだ?」
「おはよぅ? ………………あっ」
パチリと目が合うと、ホタルの顔がみるみる赤くなっていく。
前に記録で見たリンゴみたいだななんてことを思っていると、ホタルは身体を起こして頭を下げた。
どうやら起き上がるのはもう問題ないらしい。
「すみません。見張りありがとうございました」
ホタルが腕を回したりしながら身体の調子を確かめる。
見たところ何も問題ないように思えた。吸血鬼の身体というのは凄まじいと素直にそう思う。
「身体も動く分には問題ありません。戦闘は少しぎこちなくなりそうですが……」
「戦闘……?」
「はい。魔物との」
「あぁ」
そもそも魔物と戦うなんて選択肢が頭になかった。
俺にとって魔物とは出会った瞬間、死を覚悟する存在だ。そう頭に染み付いている。
「ヴァルハラでは戦うのが普通なのか?」
「? はい。探索者ならば誰でも」
ホタルが俺の疑問に首を傾げていた。
何を当然のことを、と顔に書いてある。
「わるい。戦闘に関しては確実に足を引っ張ると思う。楽園の隷属兵にとって魔物は死そのものだったから」
右腕が使えるのならば戦えるだろうが、現在魔力切れが近い。すこし検証をやりすぎた。
すると俺の言葉で事情を察したのかホタルの表情が曇る。
「まさかエリュシオンは戦う術も与えず、地上に放り出しているのですか?」
「その通りだ。隷属兵は消耗品でしかないからな。死んだら補充するだけだ」
「……そうですか。ではなるべく遭遇しないように動きましょう」
「ああよろしく頼む」
「任せてください。……っと夜は明けていますね」
ホタルが腕時計を見て頷いた。
「ヨゾラは寝なくても大丈夫なのですか?」
「ああ、俺は大丈夫だ」
「無理はしていませんか?」
「ああ。全くしていない。というよりも眠気が全く来ないんだ。多分これの影響だろうな」
ホタルに右腕を見せる。
これは本当だ。前から数日程度なら寝ないで行動できたが、眠気はあった。
しかし今は全くない。
するとホタルが右腕をまじまじと見つめてきた。
「少し触ってもいいですか?」
「ん? ああ」
別に拒否する理由もないので右腕をホタルに差し出す。
するとペタペタと触ってきた。何ともくすぐったい。
「感覚はあるのですか?」
「ああ。感覚は普通の腕と同じだな。見た目以外は何も変わらない」
「……不思議ですね」
「不思議だな。なんなんだろうな?」
能力は把握できたが、なぜ腕が水晶化しているのかは謎のままだ。
「固有遺物の一種ですかね?」
「身体と一体化する遺物なんてあるのか?」
「ないとは言い切れませんね。私の|紅血剣《Bloody Vermilion》も起句を唱えたら腕と一体化するので」
「なるほど。……ないわけではないのか。じゃあ今は固有遺物って事にしておくか」
結論の出ない事を考えても意味はない。
とりあえず今は固有遺物だと思っておくのがいいだろう。それで特に不都合はない。
「そうですね。それと、昨夜はありがとうございました。ヨゾラがいなければ私は今、こうして生きてはいないでしょう。心から感謝を」
ホタルは立ち上がると深々と頭を下げた。律儀なことだ。
しかし俺は何もしていないということになっている。ホタルはヴァルハラの人間でエリュシオンに密告される可能性は極めて少ない。
だけど念のためだ。右腕の能力に関してを開示する必要も今は特にない。
「いや、昨日も言ったが俺は何もしてない。目覚めたらホタルしか居なかったからな」
俺だけ座っているのも居心地が悪かったので、立ち上がりながらそう言った。
「わかりました。ヨゾラがそう言うのならそういうことにしておきます」
深く突っ込んでこないのはありがたい。
俺はその好意に甘える。
「そういうことにしておいてくれ。じゃあ早速案内を頼めるか? 魔物が集まってこないうちに」
「はい。ですがその前に少し寄り道をしてもいいですか?」
「全て任せる」
ホタルが黙って寄り道をしても俺には知る術がない。
わざわざ教えてくれたのだから誠意に応え、任せることにした。
必要なことだろうから。
「ありがとうございます。では行きましょう」
ホタルに続いて俺も歩き出した。