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09 危機一髪

09 危機一髪


 ハクメイは数日間を費やし、キッドを含めた不良少年たちに全員にヨット航法を教え込んだ。

 立派な船員となった彼らは学園に休学届を出す。

 プレダトリー王立学園では貴族の生徒からの推薦がある場合、庶民の生徒の休学は出席として扱われる。


 キッドたちは本格的に、船出に向けての準備を開始した。

 現役高校生だけで構成された商船というのは過去に例がないことだったので、新聞にも大きく取り上げられる。


 ここまで事が公になると、きっとプレッピーが何らかのチョッカイを掛けてくるだろうとハクメイは警戒していた。

 しかし船出の当日となっても、妨害らしきものはなにも無かった。


 その後、ハクメイは大いに後悔する。大航海時代ならぬ、大後悔時代である。

 ハクメイはヒマさえあれば自室のベッドにうつぶせになり、声をかぎりに叫んでいた。


「し……失敗した! 失敗した失敗した失敗した、失敗しましたわぁぁぁぁーーーーーっ!!」


 キッドとの甘い思い出が脳裏に蘇ってきて、顔は火を噴かんばかりに真っ赤っかになっていた。


「止めておけばよかった! いくら破産を回避するためとはいえ、とんでもないことをしてしまいましたわぁぁぁぁーーーーーっ!!」


 涙に濡れた顔を枕に埋め、両足をジタバタさせまくる。


「ゲームでも、恋愛対象が長期にいなくなるというイベントはありましたわ。でもゲームだと早送りすればほんの数秒の出来事……。でもこれは現実! 3ヶ月も推しに会えないなんて!3ヶ月といえば、レベル1の勇者をスライムだけで最高レベルにするような、途方もない時間ですわっ!」


 メインキャラはエンディングでもないかぎり航海に失敗しても死亡したりはせず、必ず生きて帰ってくる。

 しかしこれは現実なので、ゲームのようにいかないかもしれない。

 心配のあまり、このまま千の風になって吹き渡りたいと本気で思うハクメイ。


 海の男を送り出す女の気持ちを、ハクメイはこの時初めて知る。

 しかしじっとしていては心の病気になってしまいそうだったので、無理やりベッドから起き、部屋から飛びだした。


「や……病は気から! こういう時こそ、好きなものですわ! リッパ、トマトを用意なさい!」


 寂しさをまぎらわせるあまり、ハクメイはトマトジュースを飲みまくった。

 庭のトマトが足りなくなってしまい、庭に植える植物がトマトだらけになるほどに。


 そしてついに、運命の日がやってくる。

 その者たちは庭のトマトを、惨劇のように踏み荒らしたのだ。


「……オホホホホ! 今日は最高の一日になるわよっ!」


 ツルハシを持った作業員たちを引きつれたプレッピーであった。

 ハクメイが出迎えるなり、プレッピーは新聞の一面を突きつけてきた。

 そこには『タイニック号が沈没! ハートラック家は破産宣言!』とある。

 自分の会社の船が沈んで喜ぶ人間など、普通はいない。

 ハクメイはあらためて確信した。


「やっぱり……! プレッピーさんがわたしのお父様に投資をそそのかしたのは、わざと沈めて破産させるためだったんですのね!?」


「あぁら、そんな証拠はどこにあるというの!? 商船の沈没は、プレッピー商船にとっても大きな痛手なのよ! ……まあ、肉を斬らせて骨を立つという言葉もありますけどね、オホホホホ!」


 プレッピーは証拠が無いのをいいことに、商船詐欺を指摘されてもどこ吹く風。

 悪びれもせず、長い舌を出してヘビのようにチロチロさせていた。


「ハクメイさんの同級生という立場で話をしたら、ドゥンケルハイドさんは簡単に手のひらで踊ってくれたわ……!」


「な……なんてことを……! このことがバレたら、あなたは……!」


「おやおや、まだプレッピーと同列の立場だと勘違いしているようですねぇ! 貴族であるプレッピーの言うことと、破産して庶民以下になり下がったハクメイさんの言うこと、どっちが信じてもらえるかしら!? 商船詐欺であるという確たる証拠があるなら別ですけどね! オホホホホ!」


「ひ……卑怯者っ!」


 見たかったのはそのリアクションだとばかりに、プレッピーの笑いが止まらない。

 ハクメイが悔しがる姿をさらに引き出したくて、べらべらと喋り続けた。


「そうそう、ついでだから教えてあげましょうか。ハクメイさんが商船会社を立ち上げたことは、ずっと前に知っていましたよ。でも、なぜ邪魔をしなかったのかを。……それは、あの男がいたからよ!」


「あの男……!? まさか、キッドさん!?」


「そう、その通り! あの男は、プレッピーがいくらアプローチしてもなびなかかった……! ハクメイさんの商船会社に入ったと聞いた時は、チャンスだと思ったわ! 借金のカタにすれば会社ごと、あの男が手に入ると!」


「そ……そんな……!?」


「あの男が航海から帰ってきたら、どう思うでしょうねぇ……? ハクメイさんは馬小屋暮らしをしていて、自分がプレッピーのものになっていると知ったら! さぞやビックリするでしょうねぇ! いや、喜ぶかしら!? オホホホホ!」


 顔が紅潮するほどに爆笑するプレッピー。

 それと反比例するように、ハクメイの顔はどんどん青ざめていく。


「ま……待つのですわ、プレッピーさん! キッドさんが出港して、もうじき3ヶ月……! きっともうすぐ帰ってくるのですわ! そしたら胡椒が手に入るから、借金は……!」


 涙ながらにすがりついてくるハクメイの姿が愉快でたまらず、プレッピーはベロベロバーをしてさらに煽った。


「待っても無駄でぇ~~~~っす! ディンド大陸まではどんなに急いでも往復で1年は掛かりまぁ~~~~っす! 3ヶ月で戻ってくるなんて不可能でぇ~~~~っす! ドゥンケルハイドさんの屋敷は、すでに差し押さえ済みでぇ~~~~っす! あとはこの屋敷がプレッピーのものになりまぁ~~~~っす!」


 プレッピーはハクメイの服の襟首を掴んで持ち上げると、背後に控えていた作業員たちに言った。


「さぁみんな、ハクメイが大事にしてそうなものはぜんぶブッ壊すのよ! でも、高そうなのは売り払うから壊しちゃダメよ!」


 絶望に打ちひしがれるハクメイ。

 やっぱりゲームのシナリオには逆らえないのかと。

 自分はどうあがいても没落し、非業の死を遂げる宿命なのかと。

 とうとうハクメイは泣き出してしまった。


「や……やめて……! お願いだから! わたしにできることなら、なんでもするから……!」


「ダメでぇ~~~~っす! この服ももう、プレッピーのものでぇ~~~~っす! ぜぇんぶ燃やしちゃいまぁ~~~~っす! 今日からお前は、ボロ布を着て過ごすんだよっ!」


「や……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


「う……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ハクメイの絹を裂くような悲鳴と、作業員たちの絶叫が鳴り響いたのは同時であった。

 プレッピーとハクメイは、同時に屋敷の入口のほうを見やる。


 ブチ破られた玄関扉、蹴散らされて倒れる作業員たち。

 その中心には馬に乗り、ズタボロの服を着た褐色の男がいた。


「待たせたな、ハクメイ……!」

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