10 一難去ってまた一難
10 一難去ってまた一難
彼の名を、ハクメイとプレッピーは同時に叫んだ。
「「き……キッドくん!?」」
キッドは蹄をならし、ふたりの元へと近づく。
しかし視線はハクメイだけに注がれていた。
「ついさっき、港に着いたんだ。新聞を見たらハクメイのオヤジさんが破産したって書いてあったら、大急ぎで駆けつけたんだ」
出航前まではハクメイのことを『お前』と呼んでいたキッド。
しかし戻ってきたいまは名前呼び。これはいかに彼が航海中、ハクメイのことを想っていたのかの証であった。
嬉しさのあまり言葉に詰まるハクメイ。戻ってきてくれただけでも彼女にはじゅうぶんであった。
プレッピーは幽霊でも見るかのよう。
「そんな、バカな……!? たった3ヶ月でディンド大陸を往復するなんて……!? 途中で戻ってきたに違いないわ!」
キッドはいたのかとばかりに視線をプレッピーに向けながら、腰から提げていた布袋を外す。
「これが証拠だ」
「ま……まさか、胡椒……!? そ……それがあれば、プレッピーは王国一の貴族になれる……! は、早く、こちらに……!」
焚火に吸い寄せられる蛾のように、キッドにすがるプレッピー。
興奮のあまり瞳孔は不気味に丸く膨らみ、鼻の穴はこれでもかと広がっている。
口はだらしなく開き、垂れ下がった舌からはヨダレが滴っている。
地獄に落ちてもなお、欲にまみれる餓鬼のような顔であった。
キッドは布袋に手を突っ込むと、「そらよ!」と握りしめた胡椒の塊をその醜い顔めがけて投げつける。
プレッピーは顔の穴という穴に胡椒を受け、もんどり打って倒れた。
「ギェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
粘膜にはりついた胡椒の刺激はすさまじく、プレッピーは猛毒を飲まされたように床をのたうち回る。
ゴロゴロと転がり回る彼女をよそに、キッドは馬を降りた。
「待たせて悪かったな、ハクメイ。身体のほうは大丈夫か?」
ハクメイは、夢うつつのような表情で答える。
「は……はい……。本当に、キッドさんなんですね……?」
「俺だよ。なんだ、死人でも見るような顔しやがって。もしかして心配してくれてたのか? ちょっとケガしちまったけど……おっと」
ハクメイは感極まって、キッドの胸に飛び込んでいた。
「ああっ……! キッドさん……! キッドさん……!」
「おいおい、泣くなって。それに俺は何日も風呂に入ってねぇんだ、くっつくと匂いが移るぞ」
「かまいませんわ……! キッドさんの匂いなら……! 本当にごめんなさい……! わたしのせいで、危険な目に……!」
「海に出たらこのくらいのケガは朝メシ前だから気にすんな。それに言っただろ、ぜったいに破産はさせねぇって」
キッドの服をぎゅっと掴み、声をあげて泣くハクメイ。
キッドはハクメイの身体を抱き寄せ、きつく抱きしめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからハクメイは、キッドたちが持ち帰ってくれた胡椒によって、破産の危機を免れる。
自身の屋敷の差し押さえを救ったばかりか、ドゥンケルハイドの借金もすべて返済し、貴族としての地位も守ったのだ。
これまでディンド大陸までの航海を成功させていたのは王国の魔船団のみで、民間の商船がディンド大陸との交易を果たしたのは王国初のことである。
しかも王国船団でも1年掛かった往復を、たったの3ヶ月でやってのけてしまった。
ハクメイとキッドは一躍時の人となり、同時に『ハクメイ商船』の評判もうなぎのぼりとなっていく。
一隻しか船のない小さな商船会社のはずが、『プレッピー商船』と肩を並べるほどとなった。
プレッピーの『女子高生社長』という唯一無二の肩書きも色あせていく。
なにせハクメイも同じ女子高生社長なうえに、しかもパートナーは『男子高生船長』。
しかも清楚系の美少女と、ワイルド系の美男子の組み合わせとなれば話題性も抜群。
プレッピーが新聞に取り上げられることはなくなり、ハクメイとキッドの姿が連日一面を賑わすこととなった。
ハクメイはまたひとつ、非業の運命を乗り越えたのだ。
しかし悪魔の舌の根が乾かぬうちに、彼女にさらなる試練が降りかかる。
それは破産騒動が一段落し、ハクメイが庭のウッドデッキでノンビリとトマトジュースを飲んでいる時であった。
「た……大変っす、ハクメイお嬢さま!」
「リッパ、大騒ぎしてどうしたんですの?」
「ドゥンケルハイド様が、ハクメイお嬢さまにお会いしたいそうっす! このお屋敷に来るそうっす!」
「え……ええっ!?」
父親からの訪問連絡。
通常であれば父親が娘に会いたがるのは普通のことなのだが、ハクメイと父親の間には複雑な事情がある。
なにせハクメイが物心つく前にふたりは別居生活となり、もう10年以上も会っていないのだ。
「なぜいまになって!? このタイミングで!?」
しかしこのタイミングしかありえないのは、ハクメイもよくわかっていた。
なにせ先日、父親の破産を救ったからだ。向こうから何かしらのリアクションがあって当然である。
ハクメイは頭を抱えていた。
――ドゥンケルハイドといえば、『GTH』で最も恐ろしいとされる人物……!
邪悪な闇の魔術で、ヒロインを苦しめるんだ……!
ゲームでは邪智暴虐で、すごくプライドの高い人物として描かれている。
しかもハクメイを毛嫌いしてるみたいだから、そんな相手に救われたとわかったら……!
……わたし、殺されるっ……!?
わたしがドゥンケルハイドを破産から救ったのは、あくまで自分の非業ルートから逃れるためだったのに……!
まさか、ドゥンケルハイドの怒りを買ってしまうなんて……!
ううっ……! やっぱりハクメイはどうあがいても、非業の死を遂げる運命なの……!?
ハクメイは決意とともに立ち上がる。
「リッパ、仕度をするのです!」
「は……はい! ドゥンケルハイド様をお迎えする準備っすよね!?」
「違いますわ! 旅立ちの準備です!」
「ええっ!? 旅立つって、どこへっすか!?」
「お父様のいない、遠いところですわ!」
「そんなのダメっすよ! 俺はドゥンケルハイド様から仰せつかったんっす! 昼頃に行くから、ハクメイ様は家にいるように、って!」
「お昼!? もうすぐじゃありませんの!?」
「そうっすよ! だからどこにも行かずにじっとしててください! ドゥンケルハイド様が来たときにハクメイお嬢さまがいなかったら、俺、殺されるっす! あの人、睨むだけで人を殺せるくらい恐ろしいんっすよ!?」
「そんなことを聞かされたら、なおさらじっとしてるわけにはまいりませんわ!」
わあわあきゃあきゃあと揉み合い、右往左往するハクメイとリッパ。
そうこうしているうちに、真っ黒な馬車が屋敷の丘をあがってくるのが見えた。




