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結婚させてください  作者: 知香


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39/40

39.男/命ある限り

涙が収まって冷静になると、辺りが夕暮れになっている事に気がついた。どれだけ泣いたのかと今更になり少し恥ずかしくなる。初めて会って三日しか経っていないフィルマス子爵の前でよく泣けたものだ。


ガブリエルはもう亡くなっているので全ての真実は分からない。けれどすっきりとした自分が居た。俺はずっと後悔していたから。ガブリエルの手を離してしまった事、五年経って直ぐに迎えに行けなかった事、アイリーンを一人で育てさせてしまった事、ガブリエルに治療を受けさせてやれずに死なせてしまった事、何も力になってやれなかった事。もっとある。もっともっと沢山ある。笑顔にしてやりたかった、楽しい事嬉しい事何でも一緒に共有したかった。これは後悔と言うより俺の願望だ。



「……子爵。お願いがあります」


「なんだろうか」


何も言わずに俺の墓参りに付き合ってくれた子爵は、何事も無い様に返答した。迷惑そうな様子は無いし、嫌悪感も無い。そんな優しさに甘える様にお願いをした。


「ガブリエルと、結婚させてください」


「……え」


さすがの子爵も予想もしていなかった事だったのだろう。真顔だけれどその目は驚いている様に見える。


「十年前、ガブリエルを迎えに行ったら妻にするつもりでした。我が国では上位貴族と平民の結婚は認められていませんが、どんな手段を使っても、どれだけ時間が掛かっても結婚するつもりでした」


ガブリエルに『必ず妻に迎える』と、『例えガブリエルに許して貰え無くても……』と伝えた時、ガブリエルは悲しげに微笑んだ。その時、その表情の裏にはどんな感情があるのか分からなかった。

けれど、もしかしたらあの時、既に許してくれていたのかもしれないと思うのだ。


本当に俺を恨んでいたのなら、俺がぐっすりと眠り込んでいる時に俺を刺しただろう。俺を愛してしまったから刺せなかったのだ。愛してしまったのだと自覚した時点で俺を許そうとしたのではないだろうか。でも復讐を誓った父親への懺悔の気持ちや、孤児として生きて来た辛い日々までを無かった事には出来無かった。それに俺は別の貴族の令嬢と結婚すべきだと思った事だろう。だから邸を出て、俺の前から居なくなろうとした。


俺もアイリーンが結婚を考える年齢になり、好きだけで結婚を許せるものでは無いとよく分かった。その結婚をして本当に幸せになれるのか。娘には結婚後に苦労したり悲しい目に遭ったりして欲しくないと思っている。

ガブリエルも自分が貴族と結婚しても、俺に何も与える事が出来ないし利益にもならないと思っただろう。貴族の令嬢なら家の繋がりが出来、何かあれば援助もして貰える。だけど自分には何も無い上に、結婚する為に労力や時間を消費させてしまうだけだと思ったのではないだろうか。簡単に言えば身を引いたのだ。


けれど、五年経って本当に迎えに来たら、『一生愛する』と言った俺を信じようとしてくれたのではないだろうか。『どんな障害があっても必ず』と言った言葉が嘘では無いと思おうとしたのではないだろうか。ネモフィラの花言葉を思い出して、本当はあの時にはもう許していたのだと、ネモフィラに託して伝えようとしてくれていたのではないだろうか。


違うかもしれない。でも、そうかもしれない。


だから俺の誓いを証明したい。


「私はガブリエルを一生愛し続けると誓いました。証明してみせると言いました。だから一生愛し続ける証明として結婚という事実をガブリエルに与えたい。ガブリエルの親族であるフィルマス子爵に、結婚の承諾と承認をお願いしたいと思います」


フィルマス子爵を真っ直ぐに見つめ伝えると、頭を下げた。


ドキドキしていた。結婚の申し込みがこんなにも緊張するものだとは思いもしなかった。リューゲン伯爵子息やアイリーンもこんな気持ちで俺に向かって来ていたのだろうか。


「……良い教会が近くにある」


フィルマス子爵の言葉に下げていた頭を上げた。


「訳アリの婚姻を認めてくれる教会があってね。そこは元王族の者が神父として開いた教会で、我が国ではとても力を持っていて婚姻の有効化に助力してくれる。そこで婚姻の誓約書を書けば国も高い確率で認めてくれる。まあ、貴国には通用しないだろうが、きっと承認に立ち会ってくれるから事実は作れるだろう」


「ありがとうございます」


「明日案内するよ。今日はもう日が暮れる」


空は茜色だ。ネモフィラに色を移して赤紫色に変えていた。物も人も何かに影響され何かに影響を与えている。俺はガブリエルに出会い愛を知った。誰も愛した事の無かった俺に愛する事を与えてくれた。俺もガブリエルに与えた物があるだろうか。愛を与えたくて必死だったあの頃、このネモフィラの様に光が当たっている所だけでも色を変えているのと同じで、少しは受け取って貰えていただろうか。感じてくれていただろうか。


ガブリエルが眠るこの地の、この美しい茜色の景色を、俺は忘れないだろう。




その日はフィルマス子爵の領館に泊めて貰った。少し商売の話もした。まあ、エッケンベルク侯爵領は馬しか誇れるものは無いが、馬は国の軍でも使用するレベルなだけあり他国へ輸出する許可は下りないだろう。だから馬の売買は出来ないがその他の名産になりうる物が無いかと助言を貰ったりした。


そして翌早朝、フィルマス子爵の領館の庭に咲いていたネモフィラを摘む許可を貰い、花束にした物を持って教会へと向かった。教会は隣の広い公爵領の端にあるらしい。半日掛けて移動し、教会に辿り着いた。小さな教会だった。煉瓦造りの外観に、四角錐型の屋根には鐘が付いている。協会の隣には養護院が併設されており、そこから賑やかな子ども達の声がする。教会から人気を感じなかったので養護院に顔を出してみると、神父が出てきてくれた。結婚式を挙げたい旨を伝えると、快く引き受けてくれた。それでも亡くなった者との結婚だと伝えるとかなり驚かれた。だからと言って出来ないとは言われなかった。


即席の結婚式。衣装も無ければ装飾も無い。教会の中は狭く席も簡素なベンチが通路を挟んだ左右に四列あるだけ。でも祭壇の奥の壁には美しいステンドグラスがあり、色鮮やかな光が差し込んでいた。


祭壇の向こうに神父が立つ。この教会には他に誰も居ない。俺の隣にはガブリエルが立つ事は出来ないので、持って来たネモフィラの花束をスタンドに乗せて隣に置いた。


「新郎は新婦を妻とし、如何なる時もこれを愛し、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」


結婚式に招待されて出席した事は何度かあるが、神父の誓いの言葉はもっと長かった記憶がある。もしかしたら俺仕様に変更してくれたのかもしれない。


「誓います」


たったこの一言なのに、一生と言う重みを感じる。けれどそれ以上に喜びで心が満たされて行くのが分かる。


自己満足の結婚式。それでも神父は何も言わずに付き合ってくれた。こういう事に慣れているのだろう。最後に穏やかな微笑みを浮かべて結婚を承認してくれた。


ガブリエルは勝手にこんな結婚式を挙げた事を怒るだろうか。新婦の許可を取らず意志の確認もせずに、俺の自己満足の為に行った結婚式。でも、ガブリエルなら「旦那様の命ならば」と言いそうだ。ガブリエルを幸せにするどころか、俺の我が儘で俺ばかりが満たされ幸せにして貰っている。



───ガブリエル、五年どころか十六年も君を愛し続けた。そしてこれからも命ある限り君を愛し続ける。だから、こんな勝手をした事を許して欲しい。



招待客も新婦も居ない結婚式は終わった。夫婦の門出を祝う鐘を、神父が鳴らしてくれた。カランカランと鳴る中、ネモフィラの花束を持って教会の中を歩いた。教会の出口には子ども達が群がって覗き見ていた。恐らく養護院の子ども達だ。孤児だけでなく、養育が難しくなった家庭の子も預かっているのだろう。ここの子ども達は俺の様な訳アリの結婚式を何度も見て来ているのかもしれない。


花束から一本だけネモフィラを抜き取り、胸ポケットに差した。そして残りの花を子ども達にあげた。女児達は花束を貰えて嬉しそうにした。


教会の外に出ると、空にはネモフィラに負けない位綺麗な青色がどこまでも広がっていた。





次話が最終話です。

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