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結婚させてください  作者: 知香


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37/40

37.男/子爵と言う人

男は俺より年配で、さらに男の前には護衛らしき男の姿があった。男達の進むまま後をついて辿り着いたのは、建物が連なったタウンハウスの一つだった。路地側の裏口から中へ通された。


「全く、ご自身が有名人だとの自覚が無いのか?」


建物の中に入るなり説教をされた。


「……一応、フードは被っているが」


「ダメダメ!フードだけではその大きな体は誤魔化せないし、フードの下から侯爵の特徴的なその髪が見えている」


成る程。俺の髪はそんなにも特定しやすい特徴的な目印となっていたらしい。


「助けて頂いた事、感謝する。しかし、貴殿は何方であられるか?」


「ああ、名も名乗らず大変失礼した。私はつい先日貴殿とも手紙のやりとりをしたヒュー・フィルマスだ」


「フィルマス子爵!」


まさかの人物とこんなところで会うとは思いもしなかった。

フィルマス子爵はガブリエルの伯父だ。確かに室内に入りその風貌をじっくり見れば俺よりも十歳位は年上に見えるし、瞳の色は見覚えのある水色だった。


「このハウスはこの領都で商売をするのに毎度宿屋を借りるのが手間で買った部屋だ。だから領民が侵入する心配は無いから安心したら良い」


安心したら良いと言われても、フィルマス子爵自身を未だ信用しきれていない。手紙でのやりとりだけでは判断がつかない。だがそう正直に伝えるのも憚られて「ありがとうございます」とお礼を伝えた。


しかし今晩はこの城下町に泊まる事に反対された。俺がこの城下町を訪れている事が知れ渡る前に離れた方が安全だろうと。馬車を用意してくれると言い、領都の外れの宿に泊まるのが良いと勧められた。


「ここまでは馬で?」


「ええ。城下町の西門前の馬留に繋いでいます」


領主城の周囲には城下町があり、城下町はぐるりと塀で囲まれている。その中に入れる馬は許可を得られた馬や馬車、それに荷車だけで、旅人の馬等は馬留に繋がなければならなかった。


「貴方はなるべく身を隠すべきなので馬車に乗るのが良いだろう。貴方の馬は私の部下に乗ってもらおう」


そう段取りをつけると、今度は使用人に服を持って越させた。見た事の無いデザインの服だった。


「これは……」


「東の方の国の民族衣装だ。変装する必要があるだろう?」


何だが楽しそうに笑って俺の外套を脱がせると、衣装を着せていく。「自分で着る」と言っても「じっとしてー」と強引に着せられた。挙げ句に俺の髪をグイグイとオールバックにすると頭にも布を巻かれた。


「これでよし!」


確かに頭に巻いた布で俺の癖っ毛は見えないし、口元も布で覆っているのでこれなら分からないだろう。俺でも誰だか分からない位だから。


そして馬車の準備が出来たらしいと言ってタウンハウスを出た。馬車は俺の馬と同様に西門に居ると言う。フィルマス子爵も城下町に部屋を持っていても馬車の乗り入れの許可は出ないらしい。


タウンハウスを出ると城下町を歩いた。どうやら変装は完璧の様で誰にも気づかれなかった。異国の民族衣装でも通行人にジロジロ見られる事も無かった。ここは様々な国の者が商売をしているので皆見慣れているのだろう。俺は堂々と歩いて西門を通過出来た。そしてフィルマス子爵に促されるままに馬車に乗り込み、領都の外れまで走らせた。


「お見事ですね」


「様々な人を相手に商売をしていると、変装も必要な時がありまして」


商売の世界はあまり詳しくは無い。領主となって馬の売買はしているが、国内での商売だ。それにエッケンベルク侯爵領産馬と言うブランドで売っているのだから、変装はすべきで無い。


フィルマス子爵は領都の外れまでの馬車の中で商売の話をした。領都の城下町には買付けに来たらしい。仕事は今日で終わり明日帰る予定だったのだとか。買付けた商品は明日荷車が出発する手筈だと言う。俺とフィルマス子爵領で会う約束に間に合う様にと組んだスケジュールだったが、まさか俺がこんなに早くに領都まで来るとは思わなかったそうだ。俺はこの元辺境伯領に来てから命を狙われているのもあり、予定していた旅程よりも早くなっていた。フィルマス子爵は俺の噂を聞き付け探してくれていたらしい。商売人の噂を聞き付ける事と情報収集能力はさすがだ。このままフィルマス子爵領まで一緒に行ってくれると言った。


領都の外れの宿屋に着き、ひと息ついた。貴族向けなのかかなり立派な宿屋で、部屋も広めで扉の造りも鍵もしっかりしていた。食事も部屋に運んで貰い、さらにフィルマス子爵の部下の者が毒見までしてくれた。その夜は多少安心して眠る事が出来た。


翌日の朝、昨日と同じ変装をして子爵と共に馬車に乗り込んだ。午前中には隣国の国境を越えると言う。フィルマス子爵は商業で頻繁に国境を通過している為かスムーズに通過出来た。俺の事は客人だと言って疑われる事も無く国境の門を通された。俺一人での通過だったら恐らくこうは簡単にいかなかっただろう。領都で子爵と会えて幸運だったのだ。


国境を越えてから子爵は仕事をしながら移動すると言って別の馬車に移ったので、一人馬車に揺られながら窓の外を見た。子爵領には明日到着する予定だ。隣国は元辺境伯領までしか知らない。田舎を通る街道は我が国の風景と然程変わらない。街が見えてくると家々の造りが違う事に気が付く。国の風土気候に合わせた家造りなのかもしれない。もしくは国によって税金の掛け方が違うと聞いた事がある。窓の数や暖炉の数で税金を課せられていたらしい。税を逃れる為に対象とならない家を建てたからかもしれない。


旅では見た事の無い物を見る事が出来る。普段騎士として働いているが、こうして騎士では無い視点で広く見聞するのは意外にも楽しかった。ガブリエルの事を知りたいと思って旅に出た。こんな風に見聞し考えられるのもガブリエルのお陰だと思った。



途中の町で宿を取り一泊し、今日フィルマス子爵領に着く予定だ。今日はフィルマス子爵が話をしようと言って同じ馬車に乗った。



「フィルマス子爵位は、庶民党議員だった私の父親が出世を重ね王室監査官にまで登り詰めた功績で叙爵された。なのでフィルマス子爵家には深い歴史は無いんだ。子爵領も決して広くは無い。けれど父の堅物な程の実直さの堅実な領地運営で赤字は免れていた。我が国の爵位は終身制でね、父が亡くなって長男である私がフィルマス子爵を継承したのが四年前になる。私に子は居ないので、いずれこの爵位は甥に受け継いで貰う予定だ」


「四年前と言う事は、貴方の弟夫婦とガブリエルの墓を改葬したのは子爵位を継承された翌年なのですね」


「あれ、既に知ってたか。弟の家の隣人さんにでも聞いた?」


「ええ」


「戦争が始まって辺境伯軍が押されていると言う情報が入った時、父は王宮に缶詰め状態だったから私がフィルマス子爵領で指示を出さなければならなかった。子爵領は比較的国境から近いので、もし万が一辺境伯領を抜かれたら近隣の領地と協力して防衛しなければならなかったし、子爵領は王都から辺境伯領までの補給路でもあったから軍関係者の接遇も求められた。勿論子爵領からも兵糧を寄付しなければならなかったし、何かと慌ただしかったんだ。国全体が混乱し子爵家も混乱状態だったそんな時に、ガブリエルの父親である弟から手紙が来たんだ。いや、来たと言うより、来ていたと言った方が正しいな。国からの要請等に掛かりっきりでその手紙に気が付かずに、戦争が終わるまで読まなかったんだ」


「手紙、ですか。どのような内容だったのですか?」


「娘のガブリエルを引き取って欲しいとの内容だった」


当時我が軍は我が国と元辺境伯領との国境沿いで開戦し、次第に辺境伯軍を押して前線を後退させた。それから辺境伯軍が領都まで後退した所でガブリエルの故郷である町や周辺の町や村を攻めた。そのどこかの過程でガブリエルの父親は自国の軍が劣勢であるのを悟って娘であるガブリエルを避難させようとしたのだろう。それで子爵家を頼ったのだ。


俺も娘がいる身だ。娘だけでも安全な場所に避難させたいと思うのは理解出来る。


「侯爵もご存知の通り戦争は辺境伯の領主城を落とされそこで終わった。それ以上の侵攻はされなかった。貴国は神聖帝国の神殿、そして辺境伯領から神聖帝国の者を追い出すのが目的だったのでしょう」


「ええ」


「しかし我が国は力を持ち過ぎた辺境伯を止められず、始まってしまった戦争に援軍を送った。だから貴国から勿論多額の賠償金を要求され、戦争で傷付いた挙げ句に増税まで課され国は大損害を負った。我が子爵領もかなり困窮をした。私は当時から商売事をしていたが、厳しい時期を過ごした。物価は上がるし消費は少ない、その上物流拠点であった辺境伯領を奪われてしまった。領都で商売する為には貴国の認可が必要で、それを得るのに大変苦労した。戦後数年は本当に忙しかった。そして二年経った頃、山積みの書類の中から弟の手紙を見つけた。そこでやっと弟と姪っ子の安否を確認する為に情報を集めを始めた」


終戦から二年。恐らくガブリエルは既に我が国に移送されていた頃だ。


「しかし得られた情報は、町は荒廃し住んでいる者は居らず、戦争で男は殺され孤児になった子どもは貴国に連れて行かれ、残りの者も何処かへ逃げたと言う事だった。弟は死んだのだろうと思った。そして姪っ子は孤児となって生きながらえているのかどうかも分からなかった」


フィルマス子爵はそこまで話すと暫し静かに黙った。馬車のガタガタと言う音だけが車内に響いた。

子爵は後悔しているのかもしれない。もしくは懺悔の気持ちがあるのかもしれない。ガブリエルの父親である弟はどうか分からないが、少なくともガブリエルは避難させてやる事が出来たのだろうと思っているのでは無いだろうか。


「……ああ、もうフィルマス子爵領だ。我が領館に昼過ぎには到着出来そうだ」


子爵領に入り馬車の揺れが変わった。街道がきちんと整備されている証拠だ。街道の整備を行えると言う事はそれだけ領地が裕福であるのだろう。戦後厳しい時期を過ごしたと言っていたが、今は領都に商売にも行っているし、リューゲン伯爵家とも懇意にしている位商業で成功されている筈だ。戦争から二十有余年。その月日は長い様であっという間に感じた。


「……子爵位を継承した頃、あの町に美しいネモフィラの花畑があるらしいとの噂を聞いた」


暫くの無言の後、子爵は再び話し出した。



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