32.男/諦めの悪さ
近頃、再び見るようになった夢。
ガブリエルが俺から直ぐに視線を逸して背を向けて去って行ってしまう夢だ。どれだけ大声で叫んで止めても足を止めずに行ってしまう。俺は深い雪に足を取られ動けない。
ガブリエルが邸を去ってから見ていた夢。アイリーンが邸に来てからは徐々に見なくなっていた。
それなのに、また見るようになった。
ガブリエルはもう居ないのに、何故また夢に見てしまうのか。
何となく、何故かは分かっていた。
「…………」
不満そうに軽く睨んでみても、コンスタンはニコニコしている。
「……破り捨てろと言わなかったか?」
「私にはそんな事出来ません」
寝返ったな、コンスタン。
仕事から帰って執務机に置かれた書類やら手紙やらを確認していたら、見たくもない物を視界に入れてしまった。コンスタンには破り捨てるように言っていたのに、再び届いたらしいコレを何食わぬ顔で俺に見せてきた。
憎きリューゲン伯爵子息からの求婚書だ。
「ジェス様。若い二人の恋路の邪魔をしなくても良いのでは?」
「邪魔では無い!疑わしいから反対しているだけだ!」
「疑わしいどころか、調べても良い評判しか聞きませんでしたよ」
「それが逆に疑わしいんだよ!何故そんな男が大して美人でも無いアイリーンを狙うのか。何か企みがありそうじゃないか」
「……自分の娘なのに、そんなハッキリと美人じゃないって言っちゃうんだ」
確かにアイリーンは綺麗になった。ガブリエルにそっくりな水色の瞳も美しい。けれど俺に似てしまった癖っ毛髪のせいで、可愛らしくとも美人とは言い難い。
「私はとても好感の持てる青年であると感じました。お嬢様が迷惑に思うのであれば破り捨てますが、とても嬉しそうになさっている様子を見たら応援したくなります」
やはりコンスタンは寝返ったらしい。
どうも離宮で開かれたパーティー以来、リューゲン伯爵子息から求婚書は届くわ、アイリーンも俺に強く反発するようになるわで、あの日に何かあったんじゃないかと勘繰りたくなる。それまでリューゲン伯爵子息からは花が届いていただけだった。夜会に連れて行かずに会わせない様にしていた事にアイリーンも不満そうな顔はするものの、反抗はしていなかった。それなのにあの日以降、アイリーンは「リューゲン伯爵子息の話を聞いて欲しい」と言ったり、俺に隠れて手紙のやり取りをしている様なのだ。完全に絆されている。アイリーンはリューゲン伯爵子息からの求婚を受けたいと思っているのだろう。
腹立たしい。実に腹立たしい事だ。俺に隠れてこそこそと会ったのだろう。
リューゲン伯爵子息は騎士だ。騎士なんてクソみたいな奴が大勢いる。俺もあまり人の事は言えないが、よく見て知っているからこそ受け入れ難いのだ。下品な奴、女性関係にだらし無い奴、強いからと横柄な奴、金に汚い奴と、様々だ。
まあ、騎士以外の貴族もそんな奴は居るけれど……。
次期候爵の名が欲しい為に擦り寄る奴にアイリーンを託したらどうなる?爵位を継承したり俺が死んだりした途端に好き勝手やるだろう。嘘偽りの無い誠実な男でなければならない。
リューゲン伯爵子息が誠実であるか確信が持てない。あの嘘臭い笑顔が演技に見えて仕方が無いのだ。
それからもリューゲン伯爵子息からの婚約申し込みの手紙は途切れる事無く続いた。アイリーンはもう夜会に連れて行かなかった。また人の目を盗んで会う可能性があったから。俺一人で出掛けた夜会でリューゲン伯爵に会った時、「ご子息からの手紙をやめていただけませんか」とちくりと言った。けれどあの息子の親らしく嘘臭い笑顔を向けて、「さすが!我が息子は見る目がありますな」と返された。娘を褒めておけば良いと思っている。商売人は口が達者だ。そんな手には乗るかと思いつつも、悪い気はしないので不思議だ。結局それ以上強く言えなかった。
リューゲン伯爵子息は歩兵部隊だ。騎兵隊の俺とは顔を合わす機会は無い……筈なのに、何の因果かばったり騎士団本部で会ってしまった。歩兵部隊やら騎兵隊やらと言いながら、隊訓練以外では王都の警備をしているのだから全く会わないと言う訳では無いのだ。
「エッケンベルク侯爵」
「ルーイ、来週の平原訓練のメニューの見直しをするから準備してくれ。それからここ一ヶ月の事件報告から窃盗関連の物を抽出しておいてくれる様に警務課に依頼を」
「侯爵、少しお時間を───」
「明日の本部会議で、窃盗被害が増えている為貴族の邸への注意喚起も兼ねた見回りの実施と警備体制強化が検討される予定だ。人員的にも事件への対応で手一杯で、王都警備隊本部からの報告書では不十分だと思われるから、事件の傾向の割り出しをしておく。本部長からもヘルプが来たからな」
「侯爵───」
「煩いな。俺はお前と話す事は無い。それから手紙は送って来るな。以上だ」
「求婚はやめません」
ピクリと片眉が上がった。“手紙”とこちらが濁して言っているのに、“求婚”と明確に言った。その単語を口にするのも嫌なのに、だ。それに人の良い面をして如何にも優等生らしい振る舞いをするクセに、そこはハッキリと拒むのか。
「侯爵からお許しが頂けるまで諦めません」
今度は眉間に皺が寄った。頭が痛くなる。
「諦めの悪い男だ。自身の立場を理解しろ」
それだけ言って背を向けて歩き出した。後ろから「まだお話が───」とか何とか聞こえたがズカズカと大股でその場を去った。
ついてきたルーイが俺の後ろで笑い出した。
「諦めの悪い男だって、ジェス様もじゃないですか。邸を去ったガブリエルに未練タラタラで、邸に花を植えまくったんですから」
イラッとした。多分、事実だからこそ余計に。後ろを振り返ってルーイを睨み付けた。
「じゃ、俺は警務課に行ってきまーす」
そそくさとルーイは去って行った。
ルーイの様に俺に背を向けても必ず戻ってくると確信が持てるなら不安にもならない。
ガブリエルはもう二度と戻って来なかった。あの背を追い掛けなかった事を何度後悔したか。ガブリエルの心を手に入れる為に手放してしまった。
そして今アイリーンが俺から去ろうとしている。嫁にやる訳じゃ無いから会えなくなる訳では無い。それでも不安は消えない。夢のガブリエルがそっくりなアイリーンに見えてくるのだ。手放すのが怖い。手放したらどうなる?また大切な人を失ってしまう気がするのだ。まだ失った訳でも無いのに喪失感があり、夢を見る度に不安感が増す。
騎士団本部で言われた通り、リューゲン伯爵子息は全然諦めなかった。相変わらず求婚書が邸に届いた。
娘は父親に似た男を好きになるなんて聞いた事があるが、俺とリューゲン伯爵子息の見た目は全然違う。簡潔に言えば俺は粗野でアイツは爽やかだ。育ちも違う。俺は孤児だったしアイツは伯爵家でキチンとした教育を受けて来た。一緒の所なんて性別と騎士だと言う所だけだ。そしてルーイの言った通り、諦めの悪い所だろうか。
夜会で会おうものならあしらってやったし、邸まで来ようものなら門前払いをしてやった。俺も諦めが悪いからアイリーンを諦める事は決して無い。
しかしさすが俺の娘なのか、アイリーンも諦めが悪かった。コンスタンを味方に付けて、リューゲン伯爵子息を邸に招いて偶然を装って俺と会わせようとした。会う前に気が付いて、このままでは部屋にまで押し入って来そうな気配を感じ、使用人出入り口から逃げて裏手の通用門から抜け出してやったが。雪でびしょ濡れになって邸に戻ったら、ルーイに大笑いされたけれど。アイリーンには逃げた事を「子どもなの!?」と飽きられながら咎められた。
何と言われようと、どう思われようと、もう二度と後悔したくは無いのだ。




