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結婚させてください  作者: 知香
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3.女/血の布と信頼

休日の翌日、いつもと同じ様に仕事をこなしていた。

午前中に順調に仕事を終わらせていったので、午後に収穫の手伝いを執事から依頼された。


農夫の後について邸の裏手に回る。邸は鉄柵で囲まれており、出入りできるのは正面の鉄柵門と、裏手の小高い丘に繋がる狭い門だけ。使用人が出入りする為の門なので人が一人通れる幅で、高さも屈まないといけないので馬は通れない。錠は内側のみで鍵は無く打掛錠だけだった。外からは開けられそうも無いけれど、内側からなら誰でも開けることが出来る。


農夫に続いて通用門を潜った。小高い丘には初めて来た。いろんな木が植えてあった。元々生えていた木もあるけれど、果物の木を何種類か植えたそうだ。農夫が、あれはブルーベリーの木、あっちはグミの木、そっちのは檸檬の木等と教えてくれた。

今日はナシの収穫に来た。実が沢山成ったので、落ちてしまう前に収穫して追熟させ、半分程はジャムやコンポート等の保存食を作るらしい。それを売ったりもしているのだとか。簡単に言えば沢山収穫するので荷物持ちの手伝いだった。


収穫を手伝いながら丘を観察した。丘の上の方は木が少なく、見晴らしが良さそうだった。丘の反対側はどうなっているか分からないが、左右は木々が茂っていた。見道しが悪いので何処に繋がっているかは分からない。農夫に聞いてみたかったけれど、変に怪しまれるのが怖くて止めておいた。別にここに来たばかりの身なので、分からない事を聞くのはおかしな事では無いだろうが、収穫作業を黙々とこなす農夫に態々話し掛けるのを躊躇ったのだ。


収穫が終わってナシが沢山入った重たい籠を持って丘を下った。そして再び通用門を潜って厨房へと運んだ。終わってから腕が強張って痺れてしまっているのに気が付いた。足も少しガクガクする。重たい物を持って坂を下ったからだろうか。本当に私は力が無いのだなと、嫌でも思い知った。


けれど、裏手の門を確認出来たのは良かった。もし万が一の時の逃走経路として頭に入れておいても良いだろうと思えた。外からの侵入は出来なくても、内からなら出られそうだった。




その後、ジャネットの元に戻り彼女の仕事の手伝いをしていたら、慌ただしい馬の駆ける音が聞こえて来た。


「旦那様のお帰りかしら?いつもより早いな」


慌ててジャネットと玄関に向かった。玄関からは騒々しい声が聞こえて来た。


「直ぐに湯の用意を!」


「旦那様を寝室へ!」


「清潔な布を沢山持って来て!」


男性と執事が手近の使用人にあれこれと指示を出していた。その後方に、腕を押さえたうねる癖っ毛の男が歩いて玄関に入って来ていた。その腕には、破れ赤黒く汚れた服が見えた。


(血……?)


手が小刻みに震え出した。

あの男が腕に血を流してそこに居る。癖っ毛の前髪が重たく表情は良く見えないけれど、顔が見える。


「ジャネット!旦那様の手当てを!」


「はいっ!」


執事が私の側に居るジャネットに指示を出す。


「ガブリエルも来て!手伝って」


ジャネットに言われて動揺もありビクリとしてしまった。


「はっ、はい!」


私の返事を聞く前に動き出したジャネットに置いていかれないように走り出した。




ジャネットはとても手際良く旦那様の手当てをしていた。私はジャネットにあれを持って来てとか、これを下げてとか指示された事に忠実に動いただけだった。だからどうしても旦那様に近付く事もあったが、顔は上げられなかった。手の震えはいつの間にか治まっていたが、心臓の動きは早かった。旦那様はどっしりと座って大人しく黙って手当てされていたが、男性と執事がじっと見てくるから緊張もあった。


手当てが終わると「もう良い」と男性に言われ、私とジャネットは旦那様の寝室から出た。思わず大きく息を吐いていた。


「疲れたわね。フォローありがとう」


「いえ。ジャネットはとても手際が良いのね」


「たまにこうして怪我をして帰ってくるからね。だいぶ慣れたわ」


怪我は珍しい事では無いらしい。騎士なのだから怪我もしょっちゅうなのだろうか。


その後怪我の手当てに使った道具や布を片付けた。血の付いた布を見て、また手が震え出した。


小さく深呼吸を繰り返した。


父の死を目撃してから血を見るのが怖くなった。あれに比べたら大した出血量では無い。赤く流れ落ち血溜まりを作る様子は体を動かなくしてしまう。孤児院に引き取られる前、盗みをして蹴られ殴られ血を流して死んでいった同じ孤児を見た時、体が動かなかった。何もしてあげられなかった。埋葬すらしてあげられなかった。何処かの誰かが遺体を回収するまで、目に入らない様にその場所を避ける事しか出来なかった。


こんななのに私はあの男を殺そうとしている。血を見たら動けなくなるくせに、逃走経路を確認している。笑ってしまう。


強くならなければと、血の付いた布をぎゅっと握った。




それから毎日包帯を交換する仕事が追加された。血にも少しずつ慣れていった。でも傷口はなかなか直視出来る様にならなかったので、薄目で見ていた。


しかし数日経つとジャネットに「やり方、毎日見てたしもう覚えたよね?今日はガブリエルがやりな」と言われた。


「……!?」


絶句だった。目を見開いてジャネットを見てしまった。


「明日私休みだし、ガブリエルにやって貰わないと。今日は練習だと思って」


いやいやいや、旦那様で練習って、使用人として良いのだろうか。

それに傷口もまだ直視出来ない。

旦那様の顔すらまともに見た事ない。


「まあ、どうしても無理だったら包帯交換だけはやりに来るけどさ」


申し訳無い気持ちもあるけれど、それが良い気がしてしまう。


……いや、でも、旦那様に近付くチャンスではある。


「やってみます」


旦那様や執事からの信頼を勝ち得る事が出来るかもしれない。常に男性や執事が見ているので、包帯交換時にそうそう復讐は出来ないだろうけれど、ジャネットは度々手当てをしている様だから、チャンスは増えるだろう。


心臓をバクバクさせながら旦那様の部屋に行った。既に執事とそう話がなされていた様で、私を旦那様の側に行く様誘導された。

旦那様は今日も特に声を発する事無く、静かに座っていた。そして今日も癖毛が見事にうねっている。旦那様はゆっくりと着ているシャツから片腕を出した。


「失礼します」


緊張して震え出す手を旦那様の腕に持っていき、包帯を解いていく。旦那様の腕はとても太い。私の太腿より太いだろう。筋肉が盛り上がり硬い。私のふにゃふにゃの肉とは全然違う。そして沢山の傷痕がある。


いつもは薄目で見ていた傷口もなるべくちゃんと見た。傷口は塞がれ始めて出血は少なかった。それでも恐怖からか何かが胸から口へ上がってくる感覚があった。それを無理やり飲み込んで薬を着けた布を当て包帯を巻いていった。ジャネットに「もう少し強く巻いて」と言われて一度巻き直したが、それ以降は何も言われることなく終了した。


執事に「もう良いですよ」と言われて旦那様から離れ、頭を下げてから部屋を出た。ほっとした。足の力が抜けて座り込んでしまいそうだった。


「良かったよ。これなら明日も問題なさそうだね」


ジャネットにも合格を貰え、安心感からか一日働いた後の様に体が疲れてしまった。




その夜、鞄から短剣を取り出した。もしかしたらチャンスがあるかもしれない。


あんなに太い腕にこの短剣を突き刺せる自信は正直無かった。でも隙を見て背中を突き刺す事が出来るかもしれない。


今日、男性が部屋に居なかった。いつも居るのに今日は居なかったのだ。執事だけだった。明日は二人揃っているかもしれない。でも、二人とも居ない可能性だってある。どんなチャンスでも逃したくない。

短剣の出番は無いかもしれないけれど、御守として持っていても良いだろう。


その後私はなかなか寝付けなかった。






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