25.男/後悔と憎しみ
今日は叙勲式だ。特に俺は何も叙勲される予定では無いが、侯爵位を持った上級士官として式には出なければならなかった。
叙勲式の主役は火薬の作戦を提案したあの中隊長だった。鉱山の我が国側にまで雪崩が起きた事により、鉱山の下で待機していた軍が直ぐに援護に向かえなかった事もあり、山の上に居た中隊長の隊がほぼ敵軍を殲滅したのだ。つまり手柄の総取りだ。
中隊長は男爵家の次男であり今回の功績で侯爵位を与えられる事になり、今日は叙爵式も行われ他の新しく騎士爵を与えられる者達と共に叙爵される。
俺は叙勲式に参加しても相変わらず好き勝手言われた。
「エッケンベルク侯爵も終わりだな」
「陛下の新しいお気に入りが出来て主役交代」
「怪我をしたとか」
「上官として不適任だ」
「素質、素養が無い」
「所詮学の無い孤児だから」
態々聞こえる様に言わなくても良いのにと思う。
英雄として持て囃され身分不相応な爵位まで与えられた男が数年で転落したのが面白くて仕方無いのだろうか。人の不幸を笑って優越感に浸っているのかもしれない。
こう噂されるのは気持ちの良い物では無いが、主役が交代したのは有り難い事だった。自分でも身に余る物だったとの自覚は十分にあったのだから。陛下からの変なプレッシャーも軽減されるだろう。命を狙われる機会も減るだろう。
ガブリエルとの結婚もしやすくなるかもしれない。邸での暮らしが安全に保てるかもしれない。その為なら俺の評価が下がる事も勝手に優越感に浸られる事も苦に思わない。いや、どうでもいい。
「叙勲式、どうでした?」
帰り、叙勲式が行われた王宮の外で待っていたルーイに聞かれた。ルーイは爵位が無いので式典には参加出来ず、終わるまで待機していた。
「無事に終わった」
「何か言われました?」
「疲れたな」
「言われたんですね」
聞けばルーイも言われたらしい。今回侯爵位を与えられた中隊長の隊員もここに来ていて、爵位が無く式典に参加出来ない者が王宮の外で待機しており、ルーイに優位性を見せつけるかの様に鼻で笑われたらしい。「おたくの大隊長のお怪我の具合は?」「何も叙勲されないのに過去の功績のお陰でここに居るだけでは?」等など。
「悪かった」
「過去の俺もああだったかもしれないので」
「そうなのか?」
「人のふり見て我がふり直せですね」
「まあ、良い心掛けなんじゃないか」
邸へと二人で馬を走らせながらそんな話をしていた。
これから暫く休暇になる。ガブリエルを探しに行くのだ。当てはないが、やっと探しに行けると考えるだけで浮き足立った。国中を探し回ってでも見つけ出す。必ず。
いつもの邸へと続くポプラ並木の道に入る。雪が解け地に緑が芽吹き始めるのに合わせてポプラの木も美しい緑を色付かせて行く。邸の庭も青い花でいっぱいになりすっかり春となった今は、ポプラ並木も新緑で眩しさを感じる程だ。
そのポプラ並木を歩く者が居た。馬の音で気が付いたのか、後ろを振り返ると直ぐに慌てて道の端に寄った。年配の男に手を引かれた幼い子どもだった。粗末な身なりから平民だろうと思われた。
このポプラ並木の先は我が邸があるだけだ。ここを通ると言う事は邸に用があるからであろう。
俺とルーイは馬を降りて二人に近付いた。それに驚いたのか、年配の男は手を繋いでいた幼い子どもの手を離して地べたに座ると頭を下げた。怯えている様に見える。
一方の幼い子どもは、じっと俺を見つめて来た。距離を詰めてはっとする。
「……ジェス様。隠し子ですか?」
ルーイがそう言うのもその筈、髪の毛が俺と同じダークブラウンの髪色に強くうねる癖毛なのだ。この癖っ毛がこうもそっくりなのも珍しい。そっくりと言うか瓜二つと言うか、同じなのだ。
「馬鹿な。隠し子なんて居る訳無いだろう」
「じゃあ何でこんなにそっくりなんですか!?いつの間につくってたんですか!?ここ数年ずっと禁欲生活みたいな様子だったのに!」
「つくって無い!俺はガブリエルが去ってから───」
ガブリエルが去ってから……?
この幼い子どもは四、五歳位か。ガブリエルと出会ってから彼女以外の女を抱いてはいない。ガブリエルと出会う前も、侯爵になってからは色々と謀られるのが面倒で娼婦の世話にもなっていなかった。英雄侯爵の妻になりたい女がわざと既成事実をつくろうとしたからだ。
でもどう見ても血筋であろうこの癖っ毛。孤児の俺に実は家族でもいたのか?俺は両親を知らない。親類を誰一人知らない。今更親族だと名乗り出てくるだろうか。普通なら俺が侯爵位を賜った時に名乗り出てくるだろう。
だとしたら可能性は一つしか思い当たらなかった。
そうだ。さっきから俺をじっと見つめて来る子どもの瞳。
水色の、瞳だ。
癖のある髪を後ろでひとつ結びしている。細い体で簡素な服だから子どもの性別は分かりにくいが、綺麗な水色の瞳が大きく、鼻や口は小さくて顎も細い、可愛らしい顔つき。恐らく女児だ。
「……そこのご老人」
「はっ、はいっ!」
声を掛ければ声を震わせて返事をする。
「この幼子の……、幼女の母親を知っているのか……?」
「はいっ!しっ、知っております!」
「名は?」
「ガっ、ガブリエルと言う者です!」
そうだ。やはりそうだ。この綺麗な水色の瞳はそうなんだ。
じゃあこの幼女は俺とガブリエルの娘だと言う事。
何もガブリエルの所在の情報を得られなかったのに、こうして得られようとは思いもしなかった。
「ガブリエルはっ……!ガブリエルは、今どこに!?」
年配の男に詰め寄る勢いで聞いた。ガブリエルを知っているのだから。近しい存在ではある筈なのだから。
分かれば会える。ガブリエルに会いに行ける。迎えに行ける。必ず見つけ出して迎えに行くと約束したのだから。
「母親は……亡くなりました」
「は……」
亡くなった……?今、亡くなったと、言ったか?
「どういうことだっ!?」
年配の男の胸ぐらを掴んでいた。
「もっ、申し訳……!」
「ちょっ……!ジェス様!」
ルーイが慌てて間に入って来て胸ぐらを掴んでいた俺の手を無理矢理引き剥がした。
「落ち着いてください!話をちゃんと聞きましょう!」
ルーイに落ち着けと言われても何かが頭の中をぐるぐると回り、気持ち悪い程だった。さっきまで胸ぐらを掴んでいた俺の手が震えていた。
「この子の母親であるガブリエルは本当に亡くなったのか?」
怯えている年配の男を庇うように男と俺の間に入ったルーイが、俺の代わりに尋ねた。
「はい」
「いつ亡くなったんだ?」
「三ヶ月程前に……」
三ヶ月前と言ったら戦争が終わって鉱山周辺で警備をしていた頃だ。
「どうして亡くなったんだ?」
「病で……。彼女の母親と同じ病です。医者の居ない町でしたのでまともな治療を受けられず、助かりませんでした」
そうだ。ガブリエルの母親もガブリエルがまだ幼い頃に亡くなったと以前聞いた。その母親と同じ病だった?
戦争が終わって適当な理由でもつけてガブリエルを探しに行けば、間に合ったのだろうか。
それとも戦争さえ無ければ五年経って直ぐに探しに行けて、ガブリエルに治療を受けさすことが出来たのだろうか。そうすれば助かったのだろうか。
いや、もう、邸から出すべきでは無かった。そうすれば運命は変わっていたんじゃないか。病が判明した時点で医者に見せていれば治療も投薬も出来た筈だ。そうすれば命を落とす事も無かったんじゃないか。
そうすれば、そうすれば……
もう、立っていられなかった。膝をついてしまった。
ああしてれば、こうしてれば……
全てもうどうしようも無い事だ。後悔しても戻りはしない。もうガブリエルに会う事は叶わないのだ。どんなに願っても、どんなに望んでも、どんなに悔やんでも。
膝をついた事で、視線の直ぐ先にガブリエルと同じ水色の瞳が映った。綺麗な、ずっと会いたかった水色の瞳だ。
「……あなたが……」
ポツリと、小さい声が聞こえた。この幼女の声なのか。
「あなたが、私を、助けてくれるの?」
「助ける……?」
ずっと俺を見つめている。その真っ直ぐな瞳は、本当にガブリエルに似ていた。
「この子の母親に、『自分が死んだ後このポプラ並木の先の邸に行けばこの子はきっと助けて貰えるだろう』と言われて連れてきました」
年配の男はそれでここまでこの幼女を連れて来たんだ。
……いや、幼女じゃない。俺の、娘なんだ。
髪の癖っ毛が似ているからだけでは無く、ガブリエルがここに、俺の元に連れて来る様に言ったのは、紛れもなく俺の娘だからだ。
死んでから娘に会わすなんて……そんなにガブリエルは俺に会いたく無かったのか。俺を頼れと言ったのに、死の間際になっても俺を頼ってはくれなかった。お腹の中に居ると分かった時点で俺に伝える事もしてくれなかった。一人で育てようとしたのだろうか。一人で働きながら育てて、病にかかってもどんなに辛いと思っても、俺を頼ってはくれなかった。そんなにも、死んでも頼りたくない程に俺を憎んでいたのだろうか。
……例えそうだとしても、俺の娘なんだ。ガブリエルが残してくれた命なんだ。生きている間は決して頼ってはくれなかったのに、死んでからこうして『助けて』と頼ってくれたんだ。
目の前の、小柄だったガブリエルよりもずっと小さな体を抱き締めた。
「助ける。助けるよ。必ず、俺が助ける」
強く抱き締めたら潰してしまいそうなか弱い娘。俺にそっくりなうねる癖毛。ガブリエルと同じ透き通る様な水色の瞳。
抱き締めながら涙が出た。もうガブリエルに会う事は叶わない、失ってしまった悲しみの涙なのか。突然現れた娘に戸惑いつつも、俺の子を生んでくれたガブリエルに感謝する気持ちなのか。死ぬまで頼って貰えなかった自分への情けない思いからなのか。
きっと全部だ。心の整理なんてつきそうに無い。
でもこの娘は必ず助けるし、ガブリエルの分まで幸せにしてやりたい。
それがガブリエルへの贖罪なのかもしれない。




