24.男/俺の望むもの
春の終わりに始まった戦争はなかなか終わらなかった。戦況が思わしくなかったのもある。
戦争の発端でもある鉱山を境にして開戦した戦は、標高の高い共和国の方が有利だった。我が国は鉱山の麓の平原での戦いに持ち込みたかったが、武力で劣る共和国が下りてくる事は無かった。山を越えて進攻したくとも雨の様に降らしてくる弓に阻まれた。
それに火薬の類は鉱山という事もあり使用出来なかった。戦争によって採掘作業は中断となっていたが、作業途中の穴が崩れ塞がってしまう可能性があったからだ。
鉱山を盾に砦化されている様だった。
共和国からしたら戦争を起こしたのは我が国であり、敗戦さえしなければ良いと言う考えなのだろう。
我が国からしたら敗戦でもしたのなら賠償金を支払わなければならない上に、国境変更が叶わず鉱石の採掘量も減るだけになる。それに戦争が長引けばその間の鉱石の採掘作業も出来ないので鉱石の採掘量は無くなる上に鉱夫への給金も支払えない。経済的損失も多くなると言う訳だ。
早く戦争を終わらせて帰りたい気持ちはあっても、俺一人でどうにか出来る規模では無いのが現実だ。
でも攻め手に欠けるからこそ被害が少ないのは良かったかもしれない。なるべく人の命を奪いたくないし失くしたくない。
しかし動かない戦況に業を煮やした我が軍は戦場を広げる事にした。鉱山から離れた町に攻め入ったのだ。そこまでは良かったが、さすがに鉱山の軍を全て動かす訳にはいかないので、また別の町や村を攻めるにはさらに軍を分けなければならず、さすがの軍事力があってもそれ以上の展開は難しかった。鉱山の相手国側から進攻し挟み打ちにするのが理想だったが、途中で断念せざるを得なかった。
そして冬が来た。冬は雪が積もるので一時休戦となった。しかし戦場を離れる事は出来ず、麓の町で一冬を過ごした。
雪が解け春になりようやく再開された。ガブリエルとの約束の春だった。
迎えに行くと言ったのに、俺は今戦場にいる。一刻も早く戦争なんて終わらせたい。雪が解けた草地から小さな青い花が咲いているのを見つけては、もどかしい気持ちになった。オオイヌノフグリだ。邸周辺の農道や用水路の土手にも咲いているのを見る。
コンスタンにガブリエルを探す様に頼んであるので、それを信じ戦争が早く終結する事を祈り、その為に尽力するしかないのだ。
しかし仕切り直したとしても戦況に変化は無かった。そして大きな変化も無く季節が変わって行き、再び戦場に雪が舞う季節がやって来てしまった。
「火薬を使います」
上官会議である歩兵中隊長が突然の提案をした。火薬の使用については反対する上官が多い中、彼は既に歩兵連隊長と歩兵大隊長への根回しを済ませ味方に付けていた。
会議で議論はされたものの、提案は採用された。戦争はこの冬に何もしなければ二年が経つ事になる。兵も騎士も誰もが終わらせたい気持ちが強かったのだと思う。
提案をした歩兵中隊長の隊が相手の視界も悪くなる雪の中鉱山を登り、密かに共和国側の鉱石採掘穴に火薬を仕掛け、雪崩を誘発させ敵兵を混乱させると言う。昨年の冬は休戦となったので今年も休戦になるだろうと油断している隙を狙う。
俺の隊は騎兵隊なので鉱山の下に待機し、雪崩が起き敵兵が混乱している中に突撃する隊の一つに組み込まれた。
決行当日、この日も雪が降っていた。敵陣地に潜入するのであれば良い目眩ましにはなるが、突撃する者としてはあまりにも視界が悪かった。
近くに居る者の姿しか分からない。少し離れれば僅かに影が分かるだけ。隊全体の隊形を把握するのは無理だった。
こんな雪の日は、ガブリエルが去って行った日を思い出してしまう。あっという間にガブリエルの影が見えなくなった雪と同じ。目に写したいモノを見えなくしてしまう。
「もうじきです」
ルーイに言われてはっとした。俺はこんな大事な時までガブリエルの事を考えてしまっていた。
「そうだな」
作戦決行の時間が近付いていた。ルーイは副官として隊連携の為に士官に伝達を回した。
その時、ドドーンと大きな音が響いた。そして続けて音が数度鳴った。もう作戦を実行に移したらしいと分かった。雪雲が空を覆っているせいか、音はとても響いた。山が噴火でもしたような迫力で、振動や地鳴りも感じ、馬が暴れ出した。馬をなだめながら、少し異変を感じた。馬が逃げ出そうとする。それは俺の馬だけではなく、近くにいるルーイの馬も、他の騎兵隊の馬もだった。振動や地鳴りは収まる事なく続き、計画通り敵陣地側で雪崩が起きているのだろうと思った。しかし音が近付いている様に感じた。
急に前方から、「雪崩だ!」と声がした。瞬時にこちら側にも雪崩が起きたのだと思った。
「全員退避!」
可能な限りの大声で叫んだ。何度も何度も馬を走らせ後方に下がりながら隊の皆に届く様に。
暫くして振動や地鳴りを感じなくなり、雪崩が落ち着いたのだと思った。しかし相変わらず降り続いている雪のせいで、状況を把握するのは難しかった。どの位の者が雪崩に巻き込まれたか分からなかった。
「ルーイいるか!」
「はっ!」
「隊を半分に分ける!半分は傾斜が比較的緩く森の深い左側から鉱山を登り向こう側へ!残りは雪崩に巻き込まれた者の救出を!」
「……宜しいのですか!」
恐らくこの計画が失敗すれば戦争がまた長引くか敗戦となる可能性がある。この機を逃さない為にも総攻撃を仕掛けるのが良い判断であろうとは分かっている。他の隊も敵国側に向かう筈だ。それでも隊員を見捨てられなかった。雪崩なら直ぐに救出すれば助かる可能性が高い。幸いにも冬は始まったばかりで雪がそこまで深くは無い。
「責任は俺が取る!突撃隊の指揮は第一中隊長に命ずる!俺は救出に回る」
そして突撃隊は直ぐに鉱山を登って行った。本来なら俺が突撃隊の指揮を執るべきだが、責任を取るならこちらに回った方が明確で後に隊員からの証言も取られやすい筈だ。
救出隊も速さが大事だ。手分けして雪崩に巻き込まれた者を探し、雪を掻き分け救出していった。
全員は助けられなかった。それでも救えた命があって良かった。自己満足であろうと、その家族や大切な人々が悲しまずに済む。
しかし雪の下に埋もれていた者は低体温症を引き起こし、救出隊の中には凍傷になる者もいた。折角助かった命を失う事が無い様に救出された者も救出隊の者もどちらも野営地で休ませ、比較的元気な者は救護隊の指示を受けながら看病の手伝いをして貰った。
とにかく必死だった。あっという間に時間は過ぎていた。翌日になってから野営地に伝令が届き、鉱山の制圧に成功した事を知った。
やっと、戦争が終わるのだと思った。
共和国は雪崩によって多くの兵を失った。木を組んで作った砦や塀も雪崩で崩されていた。沢山のモノを飲み込んだ雪の上を我が軍が踏み潰しながら占拠し、残った兵達を打ち倒した。
共和国は被害の大きさに鉱山を取り返す事を諦め降伏をした。両国間の会談によって鉱山の国境が変更され、八割を我が国の領土となった。鉱山全てを占有しなかったが、残りの二割は採掘があまり見込めない採掘量が減少した穴があり、今回の戦争で使われた火薬によって潰された穴でもあった。この戦争によって共和国との仲は以前よりも悪くなった事だろう。鉱山の共和国との国境付近には警備兵が置かれる事になった。
鉱山近辺の治安が多少落ち着き、会談の終了と共に中止していた鉱山での作業が再開され、それを見届けてから軍の大半が帰還する事になった。俺が王都に戻った頃にはもう春が来ていた。
邸の皆は俺やルーイの帰還を喜び、温かく迎えてくれた。皆の顔も、ポプラ並木も、ガブリエルの為に作った青い花の庭も、全てに帰って来た事を実感出来た。
「ガブリエルの居場所は?」
戦争の話をせずに、一番にそれをコンスタンに聞いた。
「それが、一切足取りが掴めないのです」
「一切?」
やはり五年過ぎてから探すのは、一年掛けたとしても足取りを追うのは難しいのだろうか。
「ブラノワースの孤児院には戻っていないんだな」
「はい。ブラノワースには戻らなかった様です。彼女がこの邸に来る時に町を去ってから目撃情報が何もありませんでした」
「では別の町に……」
「王都で働いているという事も無く、王都近郊の町やブラノワースの近くの町でも情報は何も得られませんでした。今はもっと範囲を広げて国内中に調査を広げております」
「そうか……」
戦争が終わったら直ぐに迎えに行くつもりだった。そう容易い事では無いらしい。ガブリエルは見つからない場所を選んだのだろうか。俺が探しに来る筈無いと思いながら、万が一来ても見つからない様にと、見つかりにくい場所を選んだのか、もしくは偽名を使っているか。
それとも……
そこまで考えて直ぐに否定する。それは考えたく無かった。あり得ない事では無い。身寄りも無く頼るツテも無く若い女が一人で生きて行くのは簡単では無い。
やはりどんなに嫌われようと、どんなに憎まれようと、ガブリエルを捕まえて離さず、邸に閉じ込めてしまえば良かったのだろうか。あの雪の日に、彼女の意思なんて無視をして去ろうとする彼女を気絶させてでも止めさせれば良かったのだろうか。
今更後悔しても遅い。
どこかで無事に生きている事を願うしか無い。
「戦後処理は忙しくなりそうですか?」
「いや。前回程にはならない。今回の英雄は俺じゃ無いからな。功労者への叙勲式が終われば暫く休暇になる。その休暇の時期にガブリエルを探しに行く」
「承知致しました」
椅子に深く座ると息も深くついた。
「……指の具合は?」
「ああ……」
コンスタンに指摘され思わず右手の小指を見た。小指は膨れ上がっている。
「痺れが残っているが動かせない程では無い」
雪崩に巻き込まれた隊員を救出する作業により凍傷になったのは俺もだった。他の指は軽症で済んだのだが、小指は症状が重かった様で、腫れがなかなか引かずに痺れが残った。皮膚が硬くなり腫れはもう引かないのだろうと思う。
剣は一応握れる。しかし握る力は多少落ち、剣の腕も落ちてしまった。これからの鍛錬でどこまで回復出来るかは分からない。でも正直、もう剣を握れなくても良いと思っていた。誰の命も、誰かの大切な命も、もう奪いたくは無い。
ガブリエルと共に穏やかに暮らす日々だけを望んでいた。




