20.男/心を手に入れるには
「何だ?」
急に止まった馬車を不審に思い、剣を手にした。話に夢中になり、周囲への警戒が疎かだった。静かに様子を伺う。すると御者台の小窓をノックされた。
「申し訳ありません。雪で車輪が動かなくなりました」
御者が窓を開けて事情を伝え、ホッとして警戒を解く。またガブリエルが襲撃の巻き添えにならずに済んで良かった。
御者と話をしてこれ以上進むことは不可能だと判断した。そうなればどこかの宿を取るしかない。出掛ける前にルーイが「戻りは明日でも良いですよ」と言っていたのを思い出してしまう。本当にそうなってしまった。
ガブリエルを馬車に残し馬車の外へ出て行った。近くの宿屋に向かったが、一軒目は満室だと言われた。この雪だ。足止めされた人が多いのだろう。二軒目に行ってみたら一部屋だけ空いていると言う。
…………
一部屋、だ。
別の宿屋を探すか。こうも一杯だと他に空いている所があるとは期待出来ない。
もし探しに行っている間に折角空いているこの一部屋を他の客に取られるかもしれない。さすがにキープは出来ないし。
もう覚悟をするしかない。
一部屋だ。二人で使うには狭いシングルルームで無くダブルルームだと言うのも良しと思うべきだ。
いっその事、理由に使ってしまおう。
少しの緊張感と逸る気持ちを抑えつつ、ガブリエルが待つ馬車に戻った。直ぐに馬車から降ろして抱えた。驚いて慌てていたがそのまま抱えて宿屋に入った。ここはもう勢いだ。
「部屋を取った。今晩はここに泊まる。御者には明日の朝迎えに来る様依頼した」
宿に着いて屋内に入ったが降ろさなかった。そして気にせずズンズンと進んだ。
「この雪で宿泊者が多いらしい。反対側にある宿は満室だった。ここもシングルルームは満室でダブルルームを一部屋しか取れなかった」
階段を上りながら全部説明した。
どんな反応をするかと思ったが、特に何も言わなかった。
部屋の前に着いて降ろし、部屋の鍵を開けた。その手が緊張していた。久しくこんな風に緊張した記憶は無い。扉を開くと逃げられない様にと、ガブリエルの腰に手を回しぐっと彼女の体を押して部屋に入れた。そして扉を閉めて鍵も掛けた。
仄かなランプの光の中、目の前には大きなベッドがあった。
「あ、あの……、私、ソファを使っても───」
「さっきも言ったが」
主人である俺に気を遣う言葉を言うのが分かって、その言葉を遮って話し出した。そして先程入ったばかりの扉に手を突いて彼女を囲い込んだ。俺の体で影になり、暗闇の中でもうっすらと表情が分かった。
「俺はお前が良い」
俺を見上げる顔からは真っ直ぐ向ける瞳が分かるだけで、感情は読み取れない。
「ガブリエルが欲しい。でも嫌なら言ってくれ。何もしない。広いベッドの半分を使ってくれて構わない」
ガブリエルはどう思うだろうか。
自分の父親を殺した男だ。嫌いか憎いか殺したいか。
それでも俺は気付いてしまった気持ちと、覚悟を決めた想いのままにぶつけたかった。
俺の気持ちを知って意識して欲しかった。気にして欲しかった。考えて欲しかった。
それなのに……
「……旦那様は私の主人です。主人の命に逆らう事はございません」
あくまで俺はガブリエルにとって主人なのか。
主人の為なら身を差し出すことも出来てしまうのか。
選択肢を与えて断っても良いと伝えているのに、彼女はそれをしない。
これまでも別の所でそうだったのだろうか。邸の主人に求められれば身を差し出していたのだろうか。
ガブリエルの肩に頭を置いた。
「命、か……」
ガブリエルの方から抱いて欲しいと言う訳は無いと分かっていた。少しでも気持ちがあるなら想いをぶつけてしまおうと思っていた。
でもそうでも無く、嫌とも言わず、自分の感情を持たずに命だからと受け入れてしまう。
既に誰かに奪われているのかもしれない。それで平気になってしまっているのだろうか。
もしそうだとして俺以外の男に触れられていたなんて許し難い。誰にも触れられない様に俺のそばにずっと居続けさせたい。
今夜これから彼女に触れたら主人という立場を利用した最低な男になるだろう。
そう思われても良いから彼女が欲しかった。俺の事を忘れられない存在にさせたい。俺の事を恨んでいるとしたら既に忘れられない存在ではあるのかもしれないけれど、俺が求めるのは別の感情が根底に欲しいのだ。
ゆっくりと頭を上げ、ガブリエルと視線を合わせた。いつもは直ぐに外されてしまう視線が逸らされる事は無かった。彼女が本当は怯えていないかとか、本当は嫌だと思っていないかと反応を見ながらゆっくりと顔を近付けた。でも震えている様子は無かった。
もしかしたら彼女は、これを好機と見ているのかもしれない。俺により近付いて油断した所を狙って復讐をするつもりなのかもしれない。つい最近まで俺に近付くだけで震えていたんだから。
それでも、それも良いかと思えてしまう程ガブリエルが欲しくて、止めることなく唇同士を触れさせた。何も抵抗されなかった。それを良い事に何度もキスをして、舌を絡ませた。次第に乱れ始めた息遣いにもっとと体が求め始める。ガブリエルを抱きかかえてベッドに連れて行きドレスを脱がした。
彼女は何も抵抗しなかった。全てに従順だった。そこに虚しさを感じても、止めようとは思わなかった。
そして彼女が生娘だと気が付いた時は驚いたけれど嬉しかったしホッとした。
このまま囲い込んで誰にも奪われない様にしてしまえば良い。
声を出す事を必死に耐えている。耐えなければいけないと思っているのか、「我慢するな」と言っても口を引き結んだままだ。あくまでこの行為が命を受けての仕事だとでも言っている様で悲しくもなるが、我慢出来ない程に攻め立ててやりたくもなる。
でも細くて力を込めれば折ってしまいそうな体に、自然とブレーキが掛かる。抱えても全く重さを感じない体。邸に居れば食に困る事は無い。少しずつで良いから健康的な体にしてやりたい。
ガブリエルが逃げる事を選択しないのなら、俺は与え続けるだけだ。彼女が求める物は何でも与えてやりたい。何も求めなくても喜んでくれる物が何か分からなくても、俺が与える事が出来る物なら何でも与えてやりたい。
与えて貰う喜びを知って、俺無しでは生きていけない様にしたい。そうすれば俺の元を去る事は無いだろう。
そうして俺という男を彼女の体に刻み込んだ。
翌朝、ガブリエルはよく寝ていた。疲れたのだろう。パーティに行って、さらに初めての行為に付き合わせたのだから。
眠っている顔は余計に幼く見えた。彼女が目を覚ますまで、ただ寝顔を飽きずに眺めていた。
昼頃邸に戻ってからルーイに「本当に帰りが今日でしたね」と言われた。雪のせいではあるけれど、実際に夜を共に過ごしたのだから言い訳もしづらい。
翌日、コンスタンに「ガブリエルをどうされるおつもりですか?」と聞かれた。
「……どう、とは?」
「私にはガブリエルの本心は分かりません。本当に旦那様に復讐をしようと考えているのかどうかは分かりませんが、旦那様がガブリエルを大切に想っているのは分かります」
「……」
「私は良いと思います。気持ちに真っ直ぐになっても良いと思います」
「国王陛下には俺にとってマイナスになる女は止めておけと言われた」
「マイナスになるでしょうか。寧ろ私にはプラスになる気がします」
「支援してくれる家門がバックに付いていなければ意味が無いとも言われたぞ」
「旦那様には必要無いでしょう。全て国王陛下の言いなりに人生を歩む必要は無いと考えます」
さすが強気の発言だ。
コンスタンは元は俺と同じで伯爵家に仕えていた。俺が侯爵位を賜った時に伯爵がコンスタンを執事として連れて行けと言ったのだ。コンスタンは伯爵家を離れる事を嫌がるのではと思ったが、意外にも快く引き受けた。使用人として働いていた昔は息子の様に可愛がってくれていた。今も執事でありながら親の様な事を言う。
「ガブリエルと婚姻を結ぶのは難しいかもしれませんが、不可能では無いでしょう。彼女も受け入れてくれるのなら、その道を探してみても良いのではありませんか?」
使用人として邸に囲い込むのでは無く、妻として抱え込むと言う事か。
使用人で無くなれば主人の命だとも思わなくなるのだろうか。
「婚姻か……」
「ガブリエルは旦那様を拒まなかったのでしょう?」
「……俺は一言も言って無い筈だが」
翌日に帰って来てルーイに軽口は叩かれたが、はっきりと夜を共にしたとは言って無かったのに、コンスタンは確信している。
「ガブリエルの首裏に虫刺され痕がありますが、こんな寒い冬の時期に虫がいる筈無いですから。彼女は気が付いていない様ですが恐らく使用人の殆どは気が付いています」
……俺は虫らしい。使用人皆に悟られるというのも何だか気恥ずかしさを感じてしまう。
「旦那様にとって心を休められる存在であるのなら私は喜ばしく思います」
「そうか……」
だからコンスタンはずっとガブリエルの事となるとニコニコとしていたのだろう。俺が惹かれていくのに気が付いていて、親心の様な気持ちで見守っていたのかもしれない。
「でも、ガブリエルの心は簡単には手に入らない」
「そこは旦那様に頑張って頂かないとなりません」
あくまでも見守るという事なのだろう。
「……ガブリエルを、呼んで来てくれるか?」
「承知致しました」
暫くしてガブリエルが部屋にやって来た。今日も誘えば従順に受け入れる。命では無く、ガブリエルから求めて来てくれる日が来るだろうか。こうして体を重ねる事で絆されて欲しいと願いながら、朝まで離せなかった。
それから数回、同じ様に夜を過ごした。




