14.男/小柄な使用人
よく見る夢がある。
その夢を見て目が覚める。魘されることは無くなった。慣れなのか、それとも自分の中で受け入れられる境地にまで来られたからなのか。またこの夢か、と思う位だ。
でも体の重さや後味の悪さは無くならない。きっと一生付き合って行くものなのだろう。
戦争に行ってから見るようになった。それまではあくまで訓練でしか剣を握った事は無かったから。人を斬る感触は良いものでは無かった。戦場の生と死が狂った様に入り組んで絡まった空気は、思い出しても息苦しくなる。
戦争がもたらした物は何なのだろうか。
この国の繁栄か。
武器武具の商売をしている者の利益か。
騎士や兵士の心の闇か。
敗戦国の貧困か。
名ばかりの侯爵位を与えられ、何の教育も受けていない俺には剣を握り続ける事しか出来ない。
「旦那様。新しい使用人を雇い入れたいと思っております」
騎士の訓練から邸に戻ると、執事のコンスタンが提案してきた。
「新しい使用人か……」
「はい。ジャネットも結婚していつ身籠るか分かりません。安心して仕事が出来る様に仕事を共有する者が居る方が良いでしょう。それにずっと働いて貰っておりますから、もっと定期的に休暇を与えてあげたいと思いまして」
「いいんじゃないか。最近は襲撃も無いし」
ルーイがコンスタンに同意をする。
襲撃に遭い怖くなって使用人が何名か辞めていって数年が経つ。辞めずに残った少数の使用人とそれなりに良好の関係を築いて生活してきた。
「分かった。選考等はコンスタンに任せる」
「承知致しました」
領地は無い。だから基本的に俺の給料や報奨金等で使用人の給料を払っている。勿論それだけではやっていけないのでこの郊外の邸周辺の土地を利用して自給自足で田畑や果樹園、山羊や馬の放牧をしている。そして果実や山羊乳は厨房の者が加工して売ってくれている。自身で稼いでくれるここの使用人達はとても頼もしい。
賜った邸での生活がたった数年で安定したのは皆のお陰だろう。
それから数日が経ち秋を迎えた。侯爵位の権利として議会へ出席を求められ、開会期間はまだなのに新しい議長選出の為出席しなければならなかった。俺は議会への出席が嫌だった。堅苦しく面倒なのだ。頭も悪くよく分からないし派閥も特に無い。それに貴族院の連中から蔑みの目で見られ、遠回しのイヤミを言われる。疲れる。俺だって別に侯爵なんて欲しかった訳では無い。国王陛下に利用されただけだ。陛下の命を断れる筈が無い。
軍関係に携わっている貴族の中には友好的な態度の者もいるが、本当に少ない。俺が昔世話になった伯爵や、騎士仲間位だ。
ぐったりして邸に戻った。
「いつにもまして顔が無表情ですよ」
訓練に参加していたルーイと合流して早速言われた。いろいろと我慢していたのだから仕方が無い。
ルーイは俺が小隊長となった時から何故か懐いて常にそばにいる。副官の様な立ち位置で俺の気が回らない事にも上手く立ち回って動いてくれる。助かっている。
でも俺が邸を賜って、「俺も住まわせてください」と遠慮の無い図々しい態度に「好きにしろ」と言ってから、ずっと一緒に邸で暮らしている。そしてズケズケと遠慮無く何でも言ってくる。その厚かましさに俺は思い上がらずに済んでいる。多分、有難い。
邸の中に入るといつもの様に使用人達が出迎えてくれる。こういうの特にしなくても良いのに、コンスタンが頑なに止めなかったので諦めて受け入れている。
その使用人達が並ぶ端っこに、見かけない使用人がいた。
「……新人か?」
「今日から仕事して貰っております。新しい使用人です」
「そうか」
小さな体を震わせている様だ。緊張しているのか、怖いのか。
俺に出来るのはさっさとここを去り、緊張を解かしであげる事位だ。なので自室に足を向けた。
部屋に入り堅苦しい服を脱いでやっとホッと出来た。
「新しい使用人は随分子どもなんだな」
「幼い男子かと思ったけど、お仕着せが女物でしたね」
部屋について来たコンスタンに何となく聞いてみると、ルーイも似た様な感想を持っていた。
「小柄で驚きましたが十六歳の女性ですよ」
「そうか」
「まだ初日ですが、真面目に仕事をしてくれている様です」
「それなら良い」
コンスタンのにこやかな表情を見る限り、気に入っている様だと思った。コンスタンの人を見る目は俺よりずっと良い。あとは彼女にとって働くのに良い職場と思って貰えれば、と思う。
それから数日、彼女は出迎えの時にしか見掛けないが、少しずつ震えが収まっていった様だった。コンスタンの話では真面目に働き、ジャネットが相当気に入っているとも言っていた。他の使用人とも特に問題無く仕事が出来ているらしい。
それに安心した。出来るなら邸の中は穏やかに過ごしたいから。
ある日訓練に参加した時に腕を怪我した。騎士隊本部での訓練なら救護所も併設されているが、運の悪い事に野外訓練だった。もともと怪我の危険性が低い事もあり救護隊も帯同しておらず、自身で応急処置するしかなかった。
恐らく俺に怪我を負わせたのも故意であろう。騎士の中には貴族もいる。平民出身の者を蔑む貴族は多い。孤児だった俺が上官であることに不満を持っていたか、別の貴族に示唆されでもしたのだろう。本人は事故だと主張しているし証拠は無いので軍律で処罰は出来ない。まあ、いちいち処罰していたら騎士が居無くなるかもしれないので仕方が無い。邸の皆に迷惑が掛からずに職場で済むのならそれで良い。
いつも通りに邸に戻った。でも思ったより傷は深かった様で出血は止まらなかった。ルーイが心配してコンスタンを巻き込みあれこれ使用人に指示を出して行く。大袈裟ではないかと思いながらも大人しく従った。
部屋でジャネットが手当てをしてくれた。その周りで新しい使用人がちょこちょこと動き回っていた。小さく小回りよく動くからか余計に気になり目で追ってしまった。ジャネットの手伝いに専念しようとしているのか、未だに俺が怖いのか、俺の顔は見ようとしない。
ふとした時、顔が良く見えた。目が合った訳では無い。でもあの目。見覚えのある宝石の様な透き通った水色の瞳。
まさか、と思った。
そんな事があるのか。
いや、有り得なくは無い。
言葉を失っている間に手当てが終わり、ジャネットと新しい使用人の二人は部屋を出て行ってしまった。
「ジェス様、途中から新しい使用人をじっと見ていた様ですけど、どうかされましたか?」
「いや……」
この世には水色や青系の瞳の人は何人も居る。さらにあの位の年齢の女性に限定したとしても何人も居る事だろう。
そんな訳が無いと思いながらも否定はしきれない。
「コンスタン」
「はい」
「……彼女の出自は?」
「出自ですか?孤児院と言う事しか……」
「どこの孤児院かとかは分からないか?」
「求人募集した紹介所に問い合わせれば分かるとは思います」
「可能な限り調べてみてくれないか?」
「承知致しました」
使用人の出自はこれまであまり気にした事は無かった。自分も孤児だったから、出自が理由で雇用を断る事は避けたかったし、変な同情もしたく無く、先入観を持たずにその人となりや仕事振りを評価したかったから。
「何ですか、急に」
ルーイが不思議そうに聞いてくる。
「……確信が持てるまでは言えない」
「そうですか」
少しつまらなそうに言う。信用して貰えていない様に感じるのかもしれない。
でもそう気軽に言える事でも無い。ルーイなら過剰に心配するかもしれない。確信も証拠も何も無いのに彼女を解雇したくは無かった。
よく見る夢に出てくる少女かもしれないとは、まだ言えなかった。




