第二章 17
雨は
その熱量を変えることなく、淡々と世界の熱を奪っていく
それでも
世界が凍えてしまうことはない
それは
地球に生きる全ての生命が世界を温めているからだと
諒は考えている——馬鹿げた妄想だと
言われることは分かっている——だが
諒の感覚は世界をそのように捉え
諒自身は
その感覚は間違っていないと思っている
きっと、正しい
隣には、久利正太郎が座っている
同じ景色を見ていて
久利は、この感覚を分かってくれるだろうか、と
諒はぼんやりそう思う——だが
きっと分かってもらえないだろうなと思い直して
また、降り続ける雨が奪っていく熱を捉える
無言——
久利は何も言わず
諒も、何を話していいか分からない——でも
久利の温度が少し上昇して
おかしな動きは落ち着いてきている
それだけで、今は十分だと思う
少し
体が冷えてきた
久利は寒くないだろうかと思い
声をかけようとすると——携帯電話が鳴った
少しだけ、暖かい音
久利が見つめてくる
わずかに彼の温度が下がり、不安そうな体温で
じっとしている
——電話は
深井希織からだった
「はい、現岡です
急にどうしたの?」
「邦雅から話を聞いたのよ
こういう場合の専門家の知り合いはいるかって聞かれたけど
すぐには分からないからとりあえず今日はうちに泊まればいいわ
まだバス停にいるから、通りに出たところのバス停まで来て」
「それは助かるけど、深井家は大丈夫なのか?」
「その人、困ってるんでしょ
だったら放っておけないじゃない
ちょうど両親とも出張でしばらくいないから問題ないわ」
「だったらとりあえずバス停まで向かうわ
ありがとな」
なんとか、なった
雨が
世界から奪っていた熱を返してくる
ひとつ、溜め息をついて
諒も自分の熱を少しだけ世界に戻す
「とりあえず今日の寝るところはなんとかなりましたよ
濡れますけど、近くのバス停まで行きましょう」
諒は、立ち上がる
久利に手を差し伸べて
少しだけでもその体温を上げてもらいたいと、思う
だが
「あの、本当に、すみません
私なんかのために、本当に
でもやっぱり迷惑をかけるわけにはいきませんから
適当に過ごします
本当に、ごめんなさい」
久利は、諒の熱を受け取ろうとしない
かといって世界から温めてもらおうともせず
冷たいままで
低い体温のままで震え続けようとする
だから
「遠慮しなくても大丈夫です
とりあえず一緒に行きましょう」
誠は、もう一度、久利に手を差し伸べる
その、行為に——
葛藤がないわけではない
本当に、久利の冷えた体を温めてもいいのだろうかと
自分は正しいことをしようとしているのだろうかと
思わないわけではない
だが
久利の持つ、変わった温度——煤けた別時代のような温度
それが
世界からむしろ拒絶されているように感じられ——だから
放ってはおけないと、そう思った
久利が
手を伸ばしてくる
指先が触れ、熱が、移動していく
自分の熱が久利の指へと流れ
久利の熱が
自分の指へと流れてくる
かさかさに乾いた、灰のような熱
感じたことのない、諒の知らない熱
何かに——
取り込まれた気がした
諒自身が、ではない
諒が立っている、この世界そのものが
その熱を変えられたような
そんな気がした




