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第二章 7

時計の音がして

古びた木のような色が目の前に広がる

どれくらい

しゃがんでいただろう

めまいも落ち着いてきて

今なら、少し、考え事もできる、と瞬は思う

台所に向かいながら、和真ならどう言うだろうかと、考える

荒神の病のことを思うと

和真には全てを正直に言った方がいいだろう——


台所で、水を飲む

手が、震えているのが分かる

口から水がこぼれて服を濡らし

白が

汚れた気がした

その汚れが心臓を刺激する

赤黒く何かがまとわりついてきて

鼓動が、速くなっていく

手足の先まで真っ赤な躍動が見えて

その、先に

今堀先輩の死体が浮かび上がる

吐き気、と、めまい

しかし

瞬は足を折らず、こみ上げてきたものを力強く飲み込む

巨大な白い雪で全てを押し流していくように

自らのなかの赤黒い重さを潰していく

これくらいで、取り乱してしまってはいけない——

瞬は、姉のことを思う

これからも姉と一緒に生きていくのなら

荒神の血も、先輩の死も、何もかも

全てを白くしなければならない——

力を込めて、瞬はまっすぐ立つ

もう一度水を飲んで、それから

台所を出ようとしたところで

——玄関のドアが開く音がした


しかし、声がしない

ただいまの一言もなく、開いたドアから動く気配もない

何かおかしい

景色がくすんで、淀んでいく

一度、深呼吸

自分が白であることを確認して

煤けた色となった台所を出て、玄関へと向かう

廊下は、どんどん青色になっていって

その先に

透明、というよりは灰色の雨粒で全身が濡れている姉が立っていた


「どうしたの姉さん!」


いろんな、不安がよぎる

姉のこと、自分のこと、今堀先輩のこと

姉はどこまで知っているのだろうか

自分を疑っているかもしれない

もしかすると嫌われたかもしれない——いや

しかし、姉の俯いた目には敵意などなく

むしろ

そこには姉が自分自身へと向けている鋭い青さがあった

そして

姉と目が合う

そこにはずぶ濡れの懇願があり、大波のような青さが渦巻いて

その中心に、瞬自身が力強く島のように浮かんでいる


姉の、膝が崩れる

玄関にしゃがみこみ

今まで聞いたことのない大きな声で泣きだした


「ごめんなさい、瞬、ごめんなさい

 もう、どうしたらいいか分からないの」


嗚咽が混じって

そこに

赤黒いものが現れる——それは

荒神の呪いの色だった


「どこまで聞いた?」


と、聞く


「今堀君が死んでるのを瞬が見つけたって

 あのね、瞬、私がね、きっと私が、

 今堀君を殺してしまったの

 また、記憶がないの」


色が、ねじれる

姉さんが殺した?

姉さんも、記憶がない?

姉の色がよく分からない

自分はまだ、白さを保っている

でも姉は、透明さをなくして薄青でもなくなっている

そこにところどころ見える、荒神の赤黒さ

いや

分からない


「姉さん、落ち着いて

 記憶がないなら、どうして先輩を殺したって思うの」


だが、姉は涙で咽せてうまく喋られない

瞬はそっと

姉を抱きしめながら、背中をさする


「大丈夫だから、姉さん

 落ち着いて」


「紅花ちゃんが教えてくれたの

 記憶がない間、私、屋上に行ってたの

 その後、瞬が今堀君を見つけたんでしょ

 だから、私が殺してしまったの」


頭が、いろんな色に支配される

入り乱れて、うまく考えられない

それでも

耐性を持った姉になら、自分と同じように荒神の力で先輩を殺すことができる

それだけは、はっきりと理解できた

そうだ、考えてみたらおかしい

自分が殺したのだとしたら、いったいどのようにして?

どのようにして、自分の体液を今堀先輩に投与したのか


腕のなかで、姉がまた、大声を上げて泣く

瞬は、力一杯姉を抱きしめて

その存在の最も深いところにある色を見つめた

透明で、薄青——


「大丈夫——」


自然と、そう、言っていた


「姉さん、大丈夫だから

 姉さんは何も悪くない

 大丈夫、何があっても僕が姉さんを守るから

 もう、荒神の血に引っ張り回されるなんてこりごりだよ

 大丈夫、大丈夫だから、だから——

 安心して」


そして、姉の唇に、自分の唇を重ねる——


それは


瞬の思いと存在と、その、色の全てだった


泣き声が、止まり、家のなかが

静寂の深みへと入り込む

姉の体から、力が抜けていく

かすかに、自分の名前を呼ぶ声が聞こえて


「姉さんのこと、愛してる

 だから、僕に任せて」


そう、答えた

姉の手が、力強く瞬の体を掴んできて

その指先から

薄青よりはいくらか濃い色の涙が流れ込んできた

それは

瞬のなかで勇気と力に変わっていく

もう

震えたりはしない

そう、決心する


濡れた唇から

瞬は全身が透明な薄青になっていくのを感じた

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