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第一章 20

「潤子、今日は誰と帰る予定?」


放課後のざわつく雑多な音のなかで

紅花のまっすぐ伸びる声が当たって

潤子は水晶のように綺麗な音を返し、微笑む

自分の音が、こんなにも澄んでいる、と、今になって気が付く

瞬に言われた時は、まだ実感が持てなかった

遠い国の音のようで

おとぎ話の笛の音を聴いているようだった——それでも

自分の水面の深いところでは

しっかり瞬の音の隣に自分の音を置いて、高らかに鳴り響かせている

——瞬も

全然違う響き方をしていた

今まで聴いたことのない透明さの、上昇していく混ざり気のない鐘のような音

瞬は必死に抑えて隠そうとしてたが

ぜんぜん隠せていなかった

瞬の声の至るところ、瞬の存在のあらゆるところから

次々に漏れだしていく眩しい朝陽のような音——それが

自分でも不思議なほど強く嬉しかった


「なんか潤子、午後からすっごく嬉しそう

 こんなにきらきらしてる潤子、珍しいね」


紅花が、少し抜けた音を出す——でも

それは潤子を受け入れるための空洞なのだと分かる


「意外に今堀君とうまくいってるとか?」


今堀の名前に少し自分の音を歪ませてしまう——が

そう言われるのも仕方ないと

今なら明るい波紋を立てながらそう思うことができる

潤子は首を横に振り


「お昼にね、瞬からちょっと嬉しい連絡をもらたの」


ああ、自分も——音を抑えられない、と思う

まだ今堀とのことが解決したわけではない

クラスメイトたちには付き合っていると思われている

たぶん、これからもしばらくは突き刺されるような音を聴かなければならない

それでも

もう、何が起こっても大丈夫と、今ならそう思える


「潤子ってさ、瞬君のこと大好きだよね

 仲がいいの羨ましいけど

 弟離れもしないとだよ」


そう言って、紅花は笑う


「え、普通だよ」


と返す潤子に

紅花は優しい溜め息をひとつ


「少なとくとも

 今堀君よりも瞬君の話をしている時の方が

 潤子はきらきらしてるよ」


すっ——と

紅花の音が入ってくる——紅花は

よく誤解される

髪の毛を眩しいくらいの金に染めて

言葉遣いは少しきつめ

友達は少なくないけど

彼女と周りの音が綺麗に調和していることは少ない——でも

潤子には紅花の音が、本当はとても綺麗に響くことを知っている

それはまるで、彼女の金髪のように純粋にまっすぐ広がっていく


「じゃあ今日は、瞬君と帰るんだ

 よかったら私も途中まで一緒していい?」


紅花の笑顔が、撫でるように潤子の音と重なる

瞬とのことをちょっとだけからかわれているようにも聴こえるが

悪い気はしない

自分が紅花を誤解しないように

紅花も潤子のことを誤解しない

まるで息の合った演奏者たちのように

互いに欲しい音を鳴らすことができる


「うん、一緒に帰ろう

 あ、でもちょっと待ってもらっていい?

 瞬がもうちょっと遅くなると思うの」

「私はぜんぜんいいよ

 今日は部活もなくて暇なんだ」


そう言えば——と

潤子は思い出す

——忘れていたわけではない

しかし、自分のなかで重い重低音ではなくなっていたこと——

もうすぐ瞬と今堀君が会って話をする

いやもしかすると、もう始まっているかもしれない

昼間に電話をした時にはお願いしてしまったが

やっぱり自分が言うべきだったと、今更になって思う

今ならちゃんと断ることができる

今堀の鳴らすどんな音にも怯むことなく自分の音をぶつけられる


わずかに——不協和音がした

瞬が行くことで、逆にこじれてしまわないだろうかと思い——

それは

ほんの一瞬だけ生じた虫の羽音のような雑音

だが

今の瞬は大丈夫だろうか、と、羽音が潤子の水面を刺激する

波紋が、乱れる

瞬が、自分のことをとても大切にしてくれていることは分かっている

同時に

その瞬の音が

潤子以外の全てのものを遮断することがあるのも、知っている

瞬が冷静だということも分かっている——が

今日は、違う

昼間の電話であれだけ隠せていなかった瞬は、いったい

今堀君とどう話をするだろうか——

今堀君が素直に別れると言うとは思えない

だとすれば

もしかすると——


やっぱり間違っていた——

自分の音が、自分を否定する

潤子は

波紋に波紋を投じて、自分のした判断を掻き消す


——やっぱり、自分が直接言うべきだった


「ご、ごめん

 ちょっと用事思い出しちゃった

 玄関で待ち合わせでいいかな」


紅花の音が、する——でも

それが届くよりも先に

潤子は教室を飛び出す


「ちょっと潤子!」


追いついてくる、紅花の音——乱れている音

乱したのは、自分——だけど

紅花なら後で話せば分かってくれる


音が、おかしい

金切り声のような不快な音がわんわんと鳴って

心臓を、震えさせてくる

気付きは、心配となり、今は

嫌な予感がする

どうしてこんな音がしているのか、よく分からない

だけど

この音を放っておいてはいけない


きっと屋上——瞬なら屋上で会おうとするはず

一瞬、音が調和して、自分の勘は正しいと直観する

周りの音が渦巻いて

そのなかを鋭いナイフのように突き進んで

足音と鼓動が重なる

急がないと

急がないと——


ただ、瞬が心配だった

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