第一章 19
瞬のことが気にならないわけではない
——いや
やっぱり、それは口実かもしれない、と桐登は思い直す
回り回って瞬のためにもなると思いながら
しかし自分が今一番考えているのは今堀先輩と潤子さんのこと
自分の両手を見ながら
その間で、いったい何が邪魔しているのだろうと考える
「おい桐登、携帯鳴ってたぞ」
昼食を一緒に食べたクラスメイトが話しかけてきて
敏感に反応する筋肉が
桐登の指を彼自身の指へと戻す
「ああ、携帯、か」
たぶん、と、思いながら開く携帯には瞬からのメール
一人で食べたいと言って教室を出ていった瞬が
桐登の筋肉に重りのような鈍さを与えた
頭まで回らないのはきっとそのせい、と
思いながら携帯を触る指は
その動きの一つひとつが二の腕の筋肉を棘のように刺激する
やっぱり今堀先輩と話がしたいから
今日の放課後に会えないか聞いてもらえない?
との瞬からのメールに
どこで会う?
連絡はすぐに取れるかと
と返すと
屋上で会いたい
と短い返事——しかし
何かが違う、と、桐登は感じる
うまく説明できないし何なのかも分からない
ただ
瞬からの返事や反応が
彼の指に陽気な躍動を与えてくる
瞬に対して指がこんな動きをするのは珍しい
地平線の彼方まで同じ景色のなかを歩くような——
瞬はいつもそんな感覚を与えてくる
何かあったのかと、聞いてみたい——だけど
桐登の指は、ただ跳ねることだけを望み
瞬への深入りを拒否している——ならば
たぶん、聞かないほうがいい
荒神さんの弟が今日の放課後に先輩と話したいって言うんですが
会ってもらえますか
向きを変えて、今堀先輩へとメールを送る
こっちは、見上げるような感覚
自分と先輩との間には無数の矢が落ちていて
もっと側まで行けそうなのに、足が動かない
弟さんだったら俺も会いたい
潤子さんのことも聞きたいしね
すぐに返ってくる今堀先輩からのメール
桐登の腕は——
伸ばされない
けっきょく自分は瞬の味方なのか、と、思う
いや——
たぶんそれも違う
瞬から腕を伸ばされても
自分はそれに触れなかった——つまり
どちらの味方もできずに、桐登はただ二人を会わせるだけ
ただ、会わせるだけ——
よろしくお願いします
瞬は放課後に屋上で会いたいって言ってました
送信してすぐ
桐登は携帯を鞄にしまう
これでいい——今堀先輩と潤子さんがどうなったとしても
もう結果を受け入れるだけ
瞼を閉じて
何の作用も受けていない自分の指を自覚する
動かして、自分の周りにいつもの世界があることを確認する
ふっ——と
教室の反対側で友人たちと昼食を食べている深井希織を意識する
全身の筋肉が収縮して、そのなかを
熱く血液が流れるのを感じる
彼女との間には——そんなに長い距離があるわけではない
足を一歩踏みだせば
彼女をもっと自分の筋肉のなかに感じることができる
なぜか——
三度も断られた
腕も足も嫌な震えが起こるわけでもなく
むしろ深井希織を前にして
彼女はずっと桐登の足に心地よい反動を与えてくれていた
次こそは、と挑み続けて三度も失敗したら
四度目は——ちょっとやりづらい
だから
自分は本当に失恋している
今堀先輩は——どうだろうか
潤子さんは、瞬は……
指が
傾く
それは、痛みだった