19 - 自己分析とたとえ話
最悪のパターンについて、まずは想定する。
可能性として、ほとんど無視できるレベルでも、万が一が起こり得る……範囲で。
ドラマの見すぎだと言われるかと覚悟していたのだけど、それでも洋輔と意見が一致する部分もあった。
僕と洋輔が真っ先に思いついたパターン、それは三好安良田さんと田崎士織さんという二人の刑事が功績を優先し、物証無しで来栖夏樹さんを捕まえて、冤罪を作ってしまう可能性だ。
その場合、来栖夏樹さんに対して賭けられる容疑は、僕と洋輔を拉致監禁したこと、および僕たちを怪我させたこと。その後山中に遺棄したことなどがまず最初に出てきて、余罪として来栖冬華という今もなお行方不明のままの少女を殺害、遺棄した疑いもかけられるかもしれない。
もちろん、これらの罪には証拠がない。物証がない以上状況証拠などから詰めていく形になるとは思うし、物証が無ければ『疑わしきは罰せず』の原則に従い、司法は無罪判決をするだろう。
そんなことは警察も当然、承知しているはずだ。つまり次の手が必要になる。
たとえば自白だったり、別件逮捕だったりか。
別件逮捕の上自白させる。その自白に信憑性が無かったとしても、警察の手でそれを裏付ける……。
そんな可能性は、まあ、否定しきれないところだ。
まあ、そこまで警察って組織が腐っているとも思いたくないけど。
一応僕たちの中では正義のお巡りさんなので、杞憂であってほしいなあと一方的に思っている。
それでも可能性として発生した以上、それに対する対策を用意しなければならない。
方法としては自白内容を知ったうえでそれを否定する要件を用意する、とかそのあたり。
「要件を用意って言やあ穏やかだけど、実際はあれだよな。証拠をふぁんってねつ造すんだろ?」
「考えても見てよ、洋輔。そもそも自白自体が嘘なんだから、それを否定する要件が出てくるのはおかしいことじゃない」
「嘘の自白をさせてまでやってりゃ、警察もそんな証拠は万が一突きつけられてもスルーしそうだけどな」
「スルーさせない方法ならあるよ」
「それは?」
「法廷に持ち込まれるなら僕たちも何らかの形で証言をするでしょ。そこでその証拠の存在を明言する。それに加えて、弁護士側に提出すればいい」
「んー……」
スマートとは言えないけど、まあ、確実だ。
可能ならばそれ以前のところで止めておきたいけれど……。
「やっぱりさ、万が一にも自白しない状態にしちゃったほうが早いと思うぜ」
「自白剤の逆を作れってこと?」
「まさか。……え? 作れるのか?」
自白剤は存在するらしい。
それさえ調達できれば、それを反転してやればいいだけだ。
科学的な原理で見れば困難極まっても、錬金術的な原理で見れば鏡と一緒にふぁんと一回するだけである。
「万が一にも作るなよ……」
「わかってるよ。でも洋輔には何か策でもあるの?」
「んー。まあ、『怪しまれてるぞ』って忠告くらいはしてもいいかなって思ってる」
ああ。そっち方向か。
アリかもな。
せっかくだし来栖冬華って子がどんな子だったのか、それを話してもらえれば僕たちにとっては収穫になりうるかもしれない……けど、それはきっと、来栖夏樹って人には酷なことだ。
直接話すのは、気が引けるなあ。
「……酷って、どうしてだ?」
「僕たちは帰ってこれた。たったの十何日かでね。でも、来栖冬華ちゃんは八年経っても帰れていないし……」
そして、今後も帰ることはない。
あの野良猫の言葉を信じるならば……だけれども。
僕たちが見つかったというのは、たぶんその人にって『希望』なんだ。
八年も経ってしまった。もう無理かもしれない。そう諦めかけていて、それでも諦めることなんてできるわけがない。
そんな中、僕たちが見つかった。同じように失踪した二人が見つかった。
もしかしたら娘も見つかるかもしれない。親ならばそう考えてもおかしくはない。
「僕たちが知っている『フユーシュ・セゾン』が、本当にこっちで言う『来栖冬華』の転生体だったのだとしたら、彼女が帰ってくることはない。それを僕たちは知っている。どんな顔してそれを隠すのさ」
「…………」
洋輔は視線を僕から逸らして窓に向けると、ゆっくりと目を閉じた。
「それでも、俺は会うべきだと思う。俺たちが原因で、無実の人が罪人扱いされるのは嫌だ」
それは僕も同じだ。
だけれど、直接会うのはリスクが大きいと、僕は判断しているだけで。
「リスクって、何がリスクなんだよ」
「僕たちが会いに行けば、警察もそれに気づくよ。そしたら何らかの取引をしている、と邪推される可能性も出てくる」
「……それは?」
「僕はそれが、僕たちにとっての最悪だと思ってる」
すなわち、『狂言誘拐』をでっち上げられる可能性だ。
僕たちは一貫して事件について覚えていないと言い張っている。
が、実際にはこれがかなり不自然なことだというのは言うまでもない。
なにせ僕たちは十三日間も失踪していて、ひどいけがまでしていたのに、その怪我は治療され、また栄養面でも全く問題が無かったのだから。
栄養面で問題が無いということは食事を無事にできているということである。
そして怪我も即座に治療されているとみられる点も厄介で、次の図式が組めないこともないのだ。
『僕と洋輔が来栖夏樹さんと協力して失踪を演出した』。
その場合動機は、夏樹さんとしては冬華ちゃんの事件に関する『提起』になるだろうか?
一方で僕と洋輔には動機が無いように見えるし、実際わかりやすい動機はないけれど、消極的な動機ならば発生しうる。
例えば学校がめんどくさい、親関係が煩わしい、お金がほしい、そのあたりだろうか?
一番最初は学生ならば誰でも一度は考えること。
二番目は男子女子限らず、思春期に入り始めたこの時期ならばやはり考えるだろう。
そもそもとしてこの二つ、僕も洋輔もあの事件を経ていない状態ならばそういう感情が全くなかったと言えば嘘になるしな。
で、最後、三番目の動機は、夏樹さんからの『報酬』という形になる。
僕たちは当然、お金を受け取ってはいない。でも受け取っていないことの証明はことのほか難しく、無理やり理論づけることはできてしまうのである。
筋書きとしては……僕たちが夏樹さんと結託し、狂言誘拐を受けることを決めた。
現場で手早く簡単に傷をつけ、輸血パックか何かで僕と洋輔のものをまき散らし、致死量付近にしておいて、現場から車などですばやく移動。
どっかの隠れ家に僕たちが保護され、そこで傷の調整と治療を行った……とか、そのあたり。
これを立証することは限りなく難しい。
だが、不可能ではない。
証拠は警察が気合いを入れれば、錬金術などを使わなくても『作れる』だろう。
もしも彼らが僕たちにも疑いを向け、そのように方向付けて自称を観測し始めれば、人間は『見たいように物を見る』のだと、よくテレビでもやっている。
なにかとつけて、僕たちが犯人である証拠として本来は証拠になりえないものを集め、それを証拠足らしめようと細工をすることだってあるかもしれない。
一方で、反論をすることもやっぱり難しい。
いや、実際に面識がないしそんな事実は無い以上、証拠にそれぞれ反論していくくらいしか手がないような気がするけど、ここで僕たちの『設定』、何も覚えていないという点が足を引っ張る。
何も覚えていないのだから、実際に来栖夏樹さんが関与していないと断言できない。
もし覚えていて、それを覚えていないと言い張っているならば――その理由は、『不都合な真実』がそこにあるからで、それこそが狂言誘拐をした根拠にさえされかねない。
「あー……そうか。佳苗はその観点が強い……とかそれ以前の問題か」
「え? なんか変な事言った?」
「まあ、変なことは言ってるぜ。そこまでドラマ的な展開にはなんねーだろ」
それはそうだけど、なんか口ぶりがおかしかったんだよね。
洋輔は僕に視線を向けつつも困ったような洋上で、とんとんとん、と指で膝を叩いていた。
「……うん。まあ、詳しく説明するわけにもいかねえからざっくりというと、結構あるんだよ。『被害を受けたけど、被害を受けたということを秘密にしたい』って事件が」
「うん?」
被害を受けたけど、それを秘密にしたい……?
「犯罪とされることを『されてしまって』、本当は訴えたいけど、訴えるということは『何かをされた』ということを表明するってことだ。そしてそれ自体が逆に、被害者を追い詰めるケースがある。『されてしまった何か』を思い出して動けなくなるような人もいれば、『されてしまった何か』を公表することで社会的地位への影響を考える人もいるだろうな。今のところあの二人の刑事さんは、俺たちを疑ってると言えば、そっち方向だと思う」
「根拠はあるの?」
「ああ。俺たちにあの写真を見せて、俺たちが名前を聞いた途端に反応しただろ。その時、年上の方。三好さん、あの人が少し目を細めてた」
よく見てたな……。
「それに、俺たちを追い出して、親とだけ話してるってのもちょっと気になっててな」
「それはでも、保護者だからってことじゃないの?」
「それも多分にあるだろうさ。けど、その意味合いはちょっと違う。『俺たちに対して事件の、忘れたがっていたことを思い出しかねないことを教えてしまったことへの謝罪』とか、そういう点のほうが強いと思う」
「…………?」
ふうむ。
「なんかさ、僕、やっぱり何かを知らないんだね。それを知ってれば洋輔の言ってることもちょっとはぴんとくるんだろうけど……。教えてくれない?」
「教えない。ていうか、これは他人から教わる類のものでもねえし」
「錬金還元術みたいなものか……」
「え? ごめん。俺それ知らないんだけど、何?」
錬金還元術。
錬金術の基本がマテリアルの足し算であり、僕を含むごく一部の錬金術師たちにとっては、その基本がマテリアルの掛け算になっている。
その本質は材料から完成品を作り出すという点で一致し、ごく一部の例外を除けば掛け算のほうがより良い結果を得ることができる。
で、錬金還元術はそんな錬金術において、『マテリアルの引き算や割り算』を試みた技術だ。
錬金術の派生でありつつ、錬金術とは全くの別物――ただし、錬金術の感覚からそれを見つけることができるかもしれないという、極々珍しい技術である。
「マテリアルの引き算、割り算……?」
「要するに錬金術ってさ、『マテリアル、足す、マテリアル、イコール、完成品』って式でしょ?」
適当な紙とペンをとって描いて説明することにする。
言葉だとどうしても難しい。
錬金術とは『マテリアル+マテリアル=完成品』、もしくは『マテリアル×マテリアル=完成品』という式になっている。
で、これを『移項』するのだ。つまり、『マテリアル=完成品-マテリアル』、あるいは『マテリアル=完成品÷マテリアル』である。
「あっちではこれがいまいち理解できなくて全然成功しなかったんだよね。感覚もわかんなかったし」
「ああ、お前にも使えないのな」
「いや、今は限定的に使える」
「は?」
というのも、中学校の数学で『移項』という概念を知ったから……っぽい。
まだまだ簡単なものでしか成功はしてないけど、ちょうどそれを授業で習ったあたりで使えるようになったし。
「でも、かなり難しい。なんか不向きっぽいんだよね」
「へえ。佳苗がお得意の錬金術で『不向き』って自覚するとは大概だな」
「洋輔の魔法だって、『不向き』な部分があるじゃん。それと似通ってるんじゃない?」
って、あれ。
今適当な事言ったつもりだけど、結構これ重要なことかもしれない。
僕の錬金術の根本的な部分は掛け算で成立している。それは少し、あるいは大分珍しいのだとあちらの世界でも突っ込みを受けている。
で、洋輔の魔法は『魔導師だから仕方がない』とみられていた点はあるけれど、魔導師の中でも洋輔の魔法を分析する能力は尋常ではない。
組み立てるのにはほかの魔導師と大差のない時間がかかるのに、分解するだけならば一度二度見ればそれで充分であるほどに。
その才能を言い換えれば、『魔法の割り算』ってことにならないか?
……ちょっと苦しいか。
「ともあれ、洋輔が知ってて僕が知らないそれは、自分で知らなきゃダメな奴なんだね」
「うん……その理解が近いが、正解か、と改めて聞かれると回答に困るかもな」




