18 - のどかな街の八年前
日曜日。
くしくもまたも、お昼過ぎ。
その二人のお客さんは、洋輔の家にやってきた。
僕とも一緒に話をしたいということだったので、お母さんも同伴の上、僕たちも洋輔の家へ。
通されたのはリビングで、洋輔は奥の椅子に座っていたから、その横に無理やり座ることに。
自然と、僕と洋輔の身体は接触するわけだけど、普段はともかく、今回のような状態ならばこのほうが都合がよい。
洋輔と接している側に仕込まれているいくつかの道具を、洋輔が使える状態になるからだ。
ともあれ、そんな僕たちと向かい合う形で座っているのは、おじさんとお兄さん。
歳をとっているほうが三好安良田さんで、若い方が田崎士織さん――どちらも僕たちの事件を追うデカさんだ。
「呼び立ててすまないね」
「日曜日なんで、そこまで迷惑ってわけでもありません……で、今日はどうしたんですか? 俺たちに話がある、って言ってたそうですけど」
「うん。田崎、例の物を」
「はい」
と、三好さんの命令で田崎さんが取り出したのは写真である。
男の人……、だけど、誰だろう。
「この男性に見覚えはないかな?」
「んー……? 佳苗はどうだ?」
「さあ。……誰?」
「見覚えはない、ということだよね?」
はい、と頷くと、洋輔とアクションが重なった。この場合は当然か。
「この男性については……、説明をするべきかどうか、悩んだのだが。どうかな、事件について思い出せるかもしれないし、一応聞いてみるかい? もちろん、忘れていたいというならば、聞かない方がいい。私たちはそれでも、かまわない」
ふうん……。
重要参考人、とまではいかなくても、現状でそこそこ怪しい人ってことか?
あるいは何らかのところで、僕たちと共通点があるとか。
どちらにせよこの人が冤罪を掛けられている可能性がある。
それを払拭するのは僕らの義務だ。
「聞かせてくれますか」
「俺も聞きたいです」
「そうか。……奥様方も、よろしいですか?」
三好さんの問いかけに、僕のお母さんは少し躊躇して、洋輔のお母さんはさらにもう少しだけ長く躊躇しつつも頷く。
それをみて、話し始めたのは三好さんではなく田崎さんのほうだった。
「この男性の名前は、来栖夏樹。小児外科医……この付近からは『反対側』になりますが、この街に『くるす小児科クリニック』を開いています」
小児外科……、小児科。お医者さんか。
ふうん。くるす小児科クリニックってお医者さんがあることは知ってたけど、そこを受診した事、少なくとも覚えている限りではない、はずだ。
もっと近くに小児科さんはあるし。
でも……。
来栖?
なんか、強い聞き覚えがあるな……。どこだっけ?
「来栖、というと、それは八年前の……?」
と、問いかけたのは僕のお母さん。
八年前?
「はい。彼は八年前、この町で起きた『もう一つの失踪事件』、その被害者。『来栖冬華』ちゃんの父親です」
…………。
来栖冬華……来栖冬華!?
「少し、表情が変わったね。聞き覚えがあるか、もしくは何かを思い出したかな?」
「あ、えっと……」
「教えてほしいんだ。ちょっとでも、情報になるならば」
……いやあ。異世界云々とは話せないよなあ。
「テレビで、最近。なんのテレビだったかな。僕たちの事件に合わせて、ほら、来栖冬華ちゃんの捜索がー、みたいなのをやっていたので。意外と近かったんだなって」
「俺も大体そんな感じ」
「そうか……」
建前はこれでいいはずだ。実際、テレビでそんなことをやっているのを見ている。
ただ、実際は違う。
来栖冬華。
『あちら』の世界で、その名前を僕も洋輔も、確かに聞いた。
もっとも、その名前を聞いたほぼ直後、その世界から地球に戻ってきてしまったから、確認もなにもあったもんじゃないのだけれど……。
ただ、世界をまたいだ移動をしているその最中、僕たちはとある野良猫のような存在からいくつかの事情を知らされている。
来栖冬華は僕たちより『前』にその存在が異世界に導こうと試み、そして失敗した存在……だったか。
つまり、テレビが何かとその八年前の事件と僕たちの事件を結び付けて考えているそれは、思いもよらない方向で正答だということである……もっとも。
立証できない以上、結局は迷宮入りなわけだけど。
「その八年前の事件って、俺たちと似てるんですか?」
「うーん……。『同じ街で』、『似たように突如失踪した』という点では、確かに似ている。直接結びつけることは難しいけれど」
でもあえてその写真を出してきたということは、警察としてはまだ関連性を確実なものにはできていないけど、この二人は少し怪しんでるってところかな……。
あるいは。
逆か?
「失礼ながら、調べさせてもらったんだけれど。実は来栖冬華ちゃんって、君たちと同じ幼稚園に通っていたんだよね」
「え、そうなの?」
お母さんに聞いてみると、お母さんは少しためらって、それでも頷いてきた。
へえ。初耳だ。
いや、前にも聞いたんだっけ?
「幼稚園の頃のことなんて、全然覚えてないもんなあ……。洋輔は何か覚えてる?」
「いやあまったく。演芸会で妙な役をやった記憶はあるけど、それくらいか」
演芸会、そういえば僕も何かやってるはずだけど、何やったんだろう。
まるで覚えてない……。
「逆に言えば、関連性はその程度しかない。……だけど、どうにも気になっていてね」
「八年前の犯人が、僕たちをまた攫った……と?」
「まあ、可能性の話だけれど」
犯人というか犯猫ならば確かにそれは正しい。
「ところで、話は変わるけれど。君たちは中学校、どうかな」
「楽しいですよ。とても」
「勉強は億劫だけどなー。でも、やっぱり安心する、っていうか……」
「そうか……安心。安心する、か」
田崎さんは反芻するように繰り返す。
…………。
まあ……記憶が飛んでいる間の時間を、どう受け取るかという問題になるのだけれども。
「八年前。来栖冬華ちゃんの失踪事件。そしてつい先日の、君たちの失踪。……この八年間、この街は比較的のどかな、安全な街だったのだけれど。そのことは知ってるね?」
「はい。ひったくりの件数もすくないとか、学校で習ってましたけど」
「それは正しい認識だ」
が、と。
三好さんは否定の接続詞をつづけた。
「この八年間、水面下ではそこそこ事件が起きていてね。さすがに失踪というのは二件だけなのだけれど、ちょっとした事件……それも、奇妙な事件はいくつか起きているんだ」
「奇妙な?」
「うん。たとえば、野良猫がなぜか、特定の時間、特定の地域に密集したりね……結局それは事件というより現象で、とある大学の動物学者が調査していたそうだけれど」
「…………」
しらーっという視線を真横から感じる。
いや僕のせいじゃないよ。たぶん。
「奇妙なことに通学時間が殆どだったとか、そう聞いている」
……たぶん。
いやだって、確かに猫に好かれるような体質だけど、それはそんな広範囲にはたぶん意味もないし……。
「あとは、拳銃が見つかったりね」
「拳銃……!」
「目を輝かせているところ済まないが、拳銃は見つけても、拾っちゃだめだからね。お巡りさんに連絡するように」
「はあい」
でも拳銃が見つかるって、そんなことがあったらもっと大騒ぎしそうだけどな。
実はそんな事件がなかったのか、あるいはそういう事件が起きているのは事実だけど、あまり公表されていないのか……。
「他にも何かあったんですか?」
「うーん。あとは盗聴被害がちらほらと」
あー、それはうちも昨日……。
…………。
まあ、仕掛けてたのは元工作員っぽいけども。
拳銃とかも、あの人の『置き土産』というか『忘れ物』だったりして……さすがにそれはないか。
「八年前の事件……あれが起きて、この街が揺れた。それは時間を掛けて、結局はのどかな街に戻ったはずだった。でもその裏では、まだ揺れ続けているということなのかもしれないね。っと、失礼。これは関係のない話だった」
「はあ」
案外関係してそうなんだけどなー。
まあ、ここで彼女の名前を出したところで特に益があるわけでもない。
「うん。これ以上変なことを聞いて、君たちの生活を台無しにするのも本意ではない。今日も協力ありがとう」
「いえ、こちらこそ。大したことを答えられなくて、すみません」
「いやいや。……ちなみに、怪我の方はどうだい?」
「もうほとんど気になりませんよ。体育の授業も出れるようになったし。……一発目が持久走とは思いもしなかったけど」
「あはは。持久走は嫌いかい?」
「大っ嫌い」
僕と洋輔の言葉が、示し合わせるまでもなく重なった。
そんな僕たちを見て、田崎さんは面を食らったようだった。
「あんな走るだけのことを好きな子なんて、よほどの物好きさんくらいですよ」
「だよなあ。好きな奴は好きなんだろうけど……」
「ね。持久走するくらいなら猫と猫じゃらしで遊んだ方が絶対楽しいって」
「いやそれはもう比較対象になんねえだろ。ていうか、遊びになってるじゃねえか」
ごもっとも。
僕たちがそんな、どうでもいい方向に雑談を向けたからか、刑事さんたちはそれぞれに僕たちのお母さんに視線を向ける。
と、洋輔のお母さんが言った。
「洋輔。それと佳苗くん。私たちはこの後も、少しお話をするから。洋輔の部屋か、佳苗くんの部屋で遊んでいてくれるかしら」
「はあい。じゃあ洋輔、どっちにする?」
「佳苗の部屋のがいいんじゃねえかな。ゲームの続きやろうぜ。今日こそあの城完成させる」
「ええ……。じゃあ、僕は地下の湧き潰しししようっと」
「湧き潰しっつーか、お前の場合は戦闘したいだけだろ。モンスターハウスでも作れば?」
「一度やったんだけどね。あれはちょっと、つまんない。勝手に同士討ち始めちゃうし」
雑談をしながらリビングを出て、洋輔の家から僕の家へ。
…………。
「ま、部屋に着いてから」
「うん」
僕の家に戻ったら、そのまま僕の部屋に直行、きちんと戸締りして、っと。
これでよし。
「来栖冬華……か」
「まあ、実際テレビとかで見てたけど。こうなってくると因縁みたいな感じなのかもね」
「どうだかな」
来栖冬華。
あちらでの名前は、フユーシュ・セゾン。
まあ、あちらでの名前も何も、僕たちとは違って、彼女は地球のことを覚えていなかった。
ただ、だからこそ僕たちの世界、この地球の法則を取り入れるための導となり、結果、彼女はあちらで勇者となったのだけれど……。
「今回の訪問。十中八九、あれだぜ。来栖夏樹って人を『消去法』で疑い始めたってことだろ」
「消去法で疑い始める……って、どういうこと?」
「そのままの意味さ。まるで捜査が進展しない。けれど、八年前の事件におけるある意味の当事者が……小児外科医。子供専門の『外科医』なんだ。俺もお前も、『傷つけられた後治療されていて、犯人には治療の専門的な心得がある』――だろ?」
「あー……」
つまり、あれか。
「八年前の事件は娘を手にかけ、今回の事件では僕たちを……。いや、苦しいでしょこれ」
「うん。来栖冬華をイコール、フユーシュ・セゾンとするならば、きっとこっちにはその『真相』につながるような証拠はない。世界から『千切られている』とみるべきだ。だから証拠がない。証拠がないけど、現状で一番怪しいのは関係者……類似する八年前と今回の事件の両方に関わりうる人物。証拠があるから疑ってるんじゃなくて、証拠がないから消去法で、この人は関係していないとかで排除していって……それで、残ったのが来栖夏樹さんってことじゃねえかな」
「……冤罪じゃん」
「でも、冤罪であることの証明も難しいぜ。俺たちが失踪している間、その人に鉄壁のアリバイがあればいいけどな……」
もしそのあたりが無いならば、物証からその人物についての痕跡が一切出てこなくても、あるいは犯人に仕立て上げられる、可能性がある。
そしてもしそうなったとき。
「『少なくともこの人は犯人じゃない!』……って言い張ると、思いっきり怪しよね」
「うん。そういう訳だから、佳苗。ちょっと口裏合わせの続きと行こうか」
続き?
「最悪の想定……来栖夏樹って人に迷惑をかけてしまうパターンを、まずは想定しよう。で、それにどう対処するかも決めておこうってことさ」
なるほど。
そういうことなら、大歓迎だ。




