第七十三話
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コハナが運んでくれる酒を見た途端、ルカルーが切なそうな笑顔で「帝国自慢の酒だ。果実酒なんだ……ここの西と北に、いいぶどう園があって」とこぼすけれど、酔ったクルルが「じゃあもっとのむぞー!」と声高に訴えて流した。
「エカルジ!」
クルルが叫んだ瞬間にびかっと光が瞬いた。すぐに消えたけど、な、なんだよもう。
「急にどうした」
「景気づけ! なんか光ると元気でない?」
「よくわかんないし唐突だよ! え、クルル……実はなんか悪い病気とかじゃないよな?」
これまでがこれまで過ぎていっそ不安になった俺にクルルは笑って大丈夫だと繰り返した。
でもじゃあ、なんだ? なんで光らせるんだ? 花火的な何かですか?
「まあまあ、呑みましょう。コハナ、料理を持ってきてください」
「はあ……わかりましたけど、あのう――」
クラリスに指示されてコハナがためらいがちに頷く。コハナが何かを言おうとする前に、
「のむぞー! 湿っぽいのは抜き! 騒ぐぞ-!」
クルルが呼びかけて、他の女子が全員「おー!」とかけ声をあげた。
決戦が近づいているのだから、と……騒ぐ仲間たちを見ながら俺はジュースを飲んでいた。酒と同じ色をしたジュースを、コハナが敢えて運んできたんだ。俺のそばについてお酌をし続けるコハナの意図は明白。
ジュースをちびりと飲んで潰れたペロリを見るに、アルコール一滴か二滴くらいは盛ってそうだしな。
ハイペースなクルルに巻き込まれてルカルーもナコも早々に潰れ、最後まで粘りを見せたクラリスはクルルと共に前のめりに倒れた。
あいた酒瓶の数は……ちょいと数えたくないレベル。よくもまあ酒宴の開始にこれだけ持ち込んだもんだよ。
呆れながらも彼女たちのパンツをそっと脱がして、右腕に巻き付ける。
「勇者様、コハナのパンツをどうぞ」
「わりいな」
差し出されたコハナの赤いパンツも同様に右腕に装着。どれもほかほかなのが脱ぎたて感あって生々しい。
「提案しておいてなんですが、よろしいんですか? 何も言わなくて」
「まあ……そうだな」
深呼吸してから全員の顔を見る。
幸せそうに酔い潰れた女子達の顔……という風に見ると残念だけど。
でもこれがある意味俺ららしいっちゃ俺ららしいな。
やれやれ……さあ、いくか。
窓を開けて、ルカルーのパンツからフックショットを出現させる。
「それでも俺はいくよ」
「なら……せめて、お気をつけて」
微笑むコハナに頷いてから、フックショットのボタンを押した。
エルサレンの街よりも高い石造建築の建物があちこちに並んでいる。しかも魔王の根城になっているおおきな城まである。なら警戒だって厳重であってしかるべきなのに、エルサレンの時同様に建物の上に哨戒任務につくヤツは一人もいない。
案外、魔物にする魔法かなんかで電撃的に奇襲を仕掛けて乗っ取っただけ、ということもあるのかも。いやいや、そんなん雑すぎるだろ。
でもなあ……女神が女神だからなあ。魔王も大概残念クオリティのような予感がするわけで。
なるほど、こいつは確かにシリアスやってる場合じゃねえな。
さっさと一人で片付けちまうか、というのが俺の考えね。
「とはいえ」
クルル達のことを考えると胸が痛む。
怒られるんだろうなあ……。
うまくいっても、失敗してもさ。
でも、雑かも知れないとはいえ魔王は魔王だ。
元々ろくでもなかったニコリスをさらにろくでもない形に変えたらしいし、警戒せねば。クラリスの話を聞く限りではあるが、彼女が嘘をつく理由もないな。クルルとの関係の方がよっぽど彼女にとって嘘を吐きたいこと山ほどあるだろうに、彼女は清廉潔白であり続けた。なら疑うだけ無駄だ。とにかく。
魔王に俺の大事な仲間をいいようにされるのは、正直我慢がならない。
「さて」
城の外壁の出っ張りを掴んで登り、フックショットが届く限りフックショットを使って移動して……なんだろう。勇者ってよりアサシンかなにかだよね。そういう血筋の人間だよね。
まあ、ついたから――
「いいけど……っと」
いかにも王の寝室らしき部屋のバルコニーについた。
帝都が一望できるそこからの眺めは格別のものだ。
でもここで生活するべき狼の人々はみな、魔物に変えられている。
あるべき繁栄が歪んだこの場所からの眺めを……正しく元に戻して、ルカルーに見せてやらないと。
◆
寝室を出て、気配を探りながら王の間を探す。
何が意外って魔物らしい魔物が一人も出ないことだ。
ドラゴンだのアークデーモンだの、そういうラスダンに出る魔物が出ても……うっ。
「いててて。結局……ついちゃいましたけど」
アーチ状に築かれた門の先をそっと伺ってみれば、なるほど。玉座がある。そこにふんぞり返るように幼女が座っていた。
背後の壁に設置されたステンドグラスから差し込む街の明かりに照らされて、幼女の銀髪がきらきら輝いて見える。ペロリに負けずとも劣らない可愛いロリだ。犯罪を犯したくなるような、胸元から腋から脇腹、背中が露出した蠱惑的な黒いドレス姿で小さな足を組んでいる。
頭の上にはクラリスのような王冠がちょこんと乗っていたし、片手に握る杖の先端はいかにもなドクロだ。なにより幼女の額からは角が生えているわ、背中からはコハナがたまに出す類いのコウモリの羽根を生やしている。
とはいえロリには違いない。まさかとは思うが、あれが魔王とかいわないよな?
「おなかすいたー。だれかー」
幼女が声を上げると、狼型の魔物がのっそのっそと歩いてきた。
「おかしだせー。いたずらすんぞー」
うおう、と声をあげた魔物が懐からクッキーの入った袋を差し出した。
受け取ったロリはクッキーをばりばりむしゃむしゃ食べ始める。
「んぁー……もういっていいぞ」
威厳ってなんだっけ。うおう、と鳴いた魔物はのっそのっそと、俺がいる所とは違う門から出て行った。食堂か何かに近いのだろうか。見ていたらロリは何度となく狼たちを呼んでは、お菓子を持ってこさせている。
このまま見ていてもろくでもない光景しか見ることはできなそうだ。
「やれやれ」
「ほんとにやれやれだよね」「まったくです」「あんなのに王座を奪われたなんて」「お菓子うまそうだけど、感心しない」「くっきーたべたい!」
「……んっ?」
ふり返ったら仲間が勢揃いしてました。
笑顔のまま硬直する俺を一瞥した仲間たち。
「クラリス様、私たちのばかでしょうもない勇者をどうします?」
「縛っておしまいなさい」
クルルの問い掛けにクラリスが言うなり、ナコとルカルーが手早く縄で俺をがんじがらめに縛り上げた。ふん! と怒りの蹴りを食らう俺です。怒りの蹴りといいつつみんなから踏み踏みされる程度でした。ちっとも痛くない。むしろご褒美でした。ありがとうございます!
ちらっと見たら、俺のようにがんじがらめにされたコハナが恍惚の顔で俺を見つめてきました。
「はあ、はあ。こういうのも悪くないかもしれません」
「いやいや」
目覚めてる場合かよ。そうじゃなくて!
「なんでここに――ぅおっ」
大声をあげそうになった俺の首根っこをルカルーがひょいっと持ち上げた。
しい、と人差し指を立てるクルルが説明してくれる。
「タカユキとコハナの二人を見ていて何かしてくるだろうからって。コハナがお酒出した時点で既に、クラリス様がみんなにこっそり酔い止め薬わたしてたの」
「効果覿面でしたわね。クルルが光の魔法を使った瞬間に、さっと飲んだんです」
「ペロリの寝たふりがあまりに早くて下手すぎてひやっとしたけどね。何も盛られてなかったらむしろアウトでした」
なるほど。
ちらっとコハナを見たら「怒られちゃいましたあ」と嬉しそうに言っている。
ところで……あ、あのう。
展開的な山や谷は? いっそ俺が窮地になるまで待ってくれてもよかったのでは?
そう思いはしたけど、考えてみれば最初の頃からそんなノリでここまできたっけな。
だからそれでいいって話じゃねえけど! でもいいか! 開き直るしかねえな! ここまできちゃったし!
「しょうがない、いくぞ!」
決め顔の俺はぴょんと飛んで、意気揚々と玉座の間に乗り込んだ。
「やい魔王! 俺が相手だ!」
と叫んだ後ろで、
「え、その状態で出る? 普通出る? 違うじゃん、タカユキ」
「縄そのままなんですか? 一度撤退する流れでは? そのための縄のつもりだったのですが」
「侵入経路を掴んで、次は万全の体制でいくのかと。ルカルーもしないレベル……え、大丈夫?」
「まあ手っ取り早くていいけど。畜生に落ちたとはいえ、ニコリスを歪めたヤツ相手だから逃げる気なかったし」
「どうでもいーから、くっきーくれ!」
以上、仲間たちのツッコミでした。
自分の姿を見下ろしてなまぬるい顔でいる俺です。
そうね。一度出直せばよかったね。
なんかまどろっこしいし、ここまできたら自棄だとか。あとはもういっそ、このノリならなんとかなるだろう的な思考がありましてん。
「こほん!」
クルルのパンツから念じて大剣を出して、縄をちぎってロリへと突きつける。
「お前が魔王か!」
あ、つづけるんだ、という仲間達のツッコミは気にしない方向で!
「なんだ、おまえら……まて、勇者だって?」
「いかにも俺が勇者タカユキだ!」
幼女は本当に不思議そうな顔をして、俺の右腕に巻き付けられたパンツたちを見た。
「なんで右腕に女の人のパンツたくさん巻き付けてるんだ?」
「仕様です。諦めてください」
「かぶった方が絵的に面白いんじゃないか?」
「まあ、たしかに」
……え。そういうツッコミ? 魔王のツッコミそれ? なんかおかしくない?
思わず頷いちゃったけど。その通り過ぎて頷いちゃったけど。
「いわばここって決戦の場じゃん? 面白い絵にしてくれない? 魔王、そういうの気になるぞ」
「なるほど、それもそうか。最初で最後の決戦だもんな……みんな、かぶってもいいか?」
ついつい魔王のツッコミに乗っかって、ふり返って女性陣を見たよ。
なにがそれもそうかだよ、とお怒りの目でみんなに睨まれました。みんなに。
「だめだね。うん、わかってた。怒られるし引かれるの、俺わかってた。だからかぶらないわけで……諦めろ、魔王よ!」
「ノリだけでなんとかしてる感」
「ぶっ飛ばすぞ、この野郎!」
「暴力でなんでも解決しようとする勇者一行か。なるほどな、精霊が歪んだ本質を露わにするわけだ」
立ち上がった魔王はくっくっくと暗黒微笑。
「確かに我は魔王。魔王クロリア・ハスハスタル!」
クロリアが杖をかざすと、ドクロの目の穴に光が灯る。
「石にしてやろうか、それとも魂と身体を分けてやろうか。或いは……そうだな、勇者一行相手だ。いい手を思いついたぞ! 魔物にするなんてちんけな手は使わない、くくく!」
「勇者さま、お急ぎを!」
「くッ」
コハナの緊迫した声に咄嗟に飛んで大剣をふりかざす。
けれど、遅かった。
「もっとひどいめにあわせてやる!」
遅きに失していて、だから……腐っても魔王相手に油断しすぎたと痛感した。
「あくまになっちゃえー!」
ドクロの目から放たれた光が俺たちを包み込んでしまったのだ――……。
つづく。




