第七十二話
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ランタンを手にしたルカルーを先頭に、俺たちを街を出て歩いていた。
ここから先は馬車を使えないらしいのだ。
ルカルーに先日詰め寄った騎士らしき男に訳を話してなんとか馬車を預かってもらい、俺たちは徒歩で進んでいた。
だいたい半日も歩いたころだろうか。
雪の降る道のりを進んですっかり身体も冷えた頃になって、切り立った崖に辿り着いた。
崖の下はどこまで繋がっているかもわからないくらい深い穴があいている。
だいたい村の幅一つ分はありそうな溝の先に大地が広がり……そこにあった。
「あれがルカルーのいた帝都だ」
指差すルカルーに説明されるまでもない。
常闇の雪降る大地で、煌々と明かりの灯るおおきな石造建造物だらけの立派な都市が見えるのだ。
けど俺たちの目の前は崖で、その先は落ちたら死ぬのが目に見えている穴がある。
どうすんの、という俺たちの気持ちを察してルカルーが周囲を見渡した。そして道ばたに咲く、淡い光を放つ花びらをそっと摘んだ。
見守る俺たちの前で、ルカルーは花びらをそっと崖の下に向ける。
中からとろりとした光る蜜がぽた、と落ちた途端、なんということでしょう。蜜が空中でぴちゃんと跳ねて、何もない空間にきらきらと光る橋をかけるではないですか。
まあ人が一人やっと通れる程度の道幅なんだけどな。なるほど、馬車は無理なわけだ。
「北まで回るか、ここを通るかの二択だ」
「……高いところか」
苦手なんですけど、と言ってもいられないな。
「あの帝都に、確かに魔王がいるのか?」
「間違いないよ、これまで感じたことのない魔力を感じるもん」
「あくまでの勘ですが、恐らくいらっしゃるかと」
クルルとコハナが言うなら間違いないか。しょうがねえ。
「よし、行こう! ……ロープでみんなを結んで、だな」
安全策を取ろうと提案しようとしたその隙に、
「わー!」
ペロリが歓声をあげて走りだした。
ナコが続き、不安げなクラリスの手をコハナが取って歩いて行く。
クルルは「フーリ!」と唱えてふわっと浮かんで飛んでいった。ずるっ!
「追い掛けないのか?」
「あーその……最近ちょっと、高いところ苦手でな」
「しょうがない」
「えっ」
ふわっと身体が浮かんだと思ったら、俺はルカルーに抱き上げられてました。
雪の降る中を疾走するルカルーは、飛んで、跳ねて、先陣を切るペロリの前まで出て……最初に大地に降り立つ。
降雪の激しい大地に降りたった俺たちを見て、最初にそばに降りてきたクルルが呆れた顔で聞いてきました。
「ねえねえ、今どんな気持ち?」
「勇者と一緒にここまでこれて、なんだか特別な気持ちになれた。たまらなく嬉しい」
もうやめて。俺ははずかしくて死んでしまいそうです。
◆
恐ろしい魔物がわんさか出たけど、クルルのパンツはもちろんナコのパンツの威力も異常に高く、その上コハナのパンツを使うことで倍加される身体能力と鎧の相乗効果を使える俺の敵じゃない。
だから案外すんなり帝都に潜入できたのは……まあいい。
だが街中を闊歩するのは狼型の魔物と化した住民たち……待てよ?
「ルカルー、お前の父ちゃんや兄ちゃん達はころされた、みたいに言ってたけど。実際に見たのか?」
「…………」
目をそらすな。
「たぶん、魔王だし、きっと、たぶん」
「まあ希望的観測をもてないくらいショックだったのはわかるが」
帝都の有様はエルサレンのそれと似ている。
違うのは狼型の魔物以外にも、ニコリスに似た元精霊とかそういう連中が山ほどいることだ。そいつらは帝都の民のような顔をして普通に生活していやがる。
「定番でいけば……あれだな。魔物に化けて情報収集しつつ、魔王に接近なんだが」
ふっと浮かぶ考えには頭痛が伴う。
やれやれ……それはさておき。
「クルル、コハナ、そういうことできないか?」
「覚えはあるけど……みんなはできないかな。天使になるのと一緒で不可逆だし」
「……んん」
クルルの苦い顔に対して、コハナはクラリスに寄り添いながら顎に手を当てて一人を見つめていた。ルカルーの腕の中で街のあちこちをきょろきょろ見渡すペロリをだ。
「まあ、聖女さまのお力を使えば魔物にすることはできますけど……理性などはなくなっちゃいますねえ」
「おー? まえにおこられたきがするぞー?」
ううん。だめか。となると……。
「捕まえられた体で侵入、一気に攻め上げる流れか」
「タカユキの策はなんていうか……あれだね。伝承で読んだことある手ばっかりかな」
クルルの指摘が耳に痛い。
「それだけ有効ってことだ。幸い、こっちには都合のいいヤツが一人いるんだからな」
俺の発言にコハナが「どうしよっかなー」と笑顔。
あれ……なんだか強烈に嫌な予感がするぞ。
「あの……コハナさん? 君はあくまで死神で、魔王の命令で俺たちを張っていたわけですよね?」
「そうですねぇ」
「でも、なんだかんだいって俺たちの味方になって、俺の監視をしつつ人生楽しんでいらっしゃいますよね?」
「まあ……そうですねぇ」
「……じゃあ力を貸してくれてもよくない?」
「んー……どうしよっかなー」
みんながさあ困ったぞ、という顔になる。
お前がなんとかしろよ、という空気も感じる。
おろおろしているクラリスはいい子。関わったら酷い目に遭うと思って黙っているクルルは賢明。
「何を考えている」
「コハナがやらなきゃ誰も何もできなさげな状況ってことはぁ」
久々に、ぞくっとするような笑顔でクラリスを抱き締めるコハナに。
「コハナはいま、何をおねだりしても許されるってことですよねぇ」
嫌な予感が止まらない俺です。
そうでした。優しかろうがなんだろうが、こいつはあくまで死神なのだった。
「ねえタカユキ、いっそ突撃したら?」
「ばか。クルルのおばか! こんな状態の街の教会が頼れるか。死に戻りたくはないんです」
だからコハナも勝ち確定、みたいなどや顔をしているわけで。
「お願いがあるんですけどぉ」
かつてない笑顔でコハナは俺に言った。
「純愛路線も満足したし、飽きたんでぇ」
ほらきた。ほら、嫌な予感きた。
クラリスからすっと離れて、コハナが俺の耳元で囁いた。
「みんなと、一発……やっちゃいません?」
「……なんですと?」
「えっちなとこみたいなあ?」
あ、あのな! 流れや空気というものがだな!
「どうせならどっぷりつかっちゃいましょうよぉ。興味……あるでしょ?」
俺にしか聞こえない内緒話を続けながら、ふに、と押しつけられるコハナの乳。
途端、なぜか仲間たちから殺気を感じる俺です。
そっとコハナを押し返します。
「全然魔王と関係ないから却下です」
「でも……どちらかといえば、したいですよね?」
あ、悪魔の囁きだな!
「したくないんですかぁ? 死ぬかもしれない状況下で、燃えるものってありません?」
「股間に手を伸ばすなっ」
ぺしっとはたき落として、ため息を吐く。
「保留だ、保留! その手のてこ入れに誘導されている場合じゃないの! 魔王がいるんだぞ? 策はないか、どっかに隠れて考える!」
あら残念、と呟いたコハナは俺から離れて、肩をすくめて言うのだ。
「しょうがないなあ……考える必要はないですよ」
「え」
まさか手を貸してくれる気に? 気が変わりすぎじゃね? と思った俺を見て。
「思い返してみればいいんです。あなたの手にした全てのパンツの力を。そうすれば……答えは一つでしょう?」
きょとんとするみんなの前で、俺だけはコハナの言葉の意味を知った。
なるほどね、そういうことか。
「どうします?」
笑顔の悪魔はこう言っているのだ。
お前一人で行くなら、手段も力も揃っているだろう、と。
それで十分ではないのか、と。
仲間の大事さを思い知った俺に、ただ一人で立ち向かえ、と。
そう言っているのだ。
やっぱりこいつはあくまで……死神だ。
教会に死に戻るなら俺一人で、か。
「タカユキ? よくわからないんだけど」
「……勇者さま?」
「自分たちにもわかるように話せ」
「ルカルーは城に行きたい。どうすればいい?」
「それよりおなかすいたぞ」
眉間にいつしかできていた皺を指でほぐして……それから息を吐く。
「コハナ、宿の手配を。それくらいはなんとかしてくれるんだろ?」
意図的な俺の言葉に、果たして彼女は頷いた。
「ええ、もちろん」
俺を一人で行かせるために。
みんなが休める場所へ行く。
コハナが何を企んでいるのかわからない。
ただ……何も企んでいないはずもなし。
やれやれ……さあ、どうする?
つづく。




