第七十一話
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翌日の夜までクルルは熟睡だった。
そのいびきたるや……同室のクラリスと俺が顔を見合わせて苦笑いするレベルです。
女子のおっさんみたいないびきってただただ残念だが、色々ありまくったクルルの元気ないびきと思うと止められなかったよ。起きたときは妙にすっきりした顔してたし、気にしないことにしよう、そうしよう。
食堂で豪華なごちそうを食って酒を浴びるくらい呑んで、やっとみんなで笑顔になることができた。あんまり飲み過ぎたから夜にちょめることは思いつかなかったレベルで酔ったな。
クルルに勧められて泡酒を呑んだクラリスは泣き上戸、対するクルルは笑い上戸。ナコは一口飲んでぶっ倒れた。ルカルーは潰れると黙ってめそめそするタイプで、コハナはまんまイメージ通りの絡み酒。クルルとコハナは脱衣癖があって、宿の食堂に集まった男性客の盛り上がりが半端なく。
すぽぽぽぽんと脱ぐクルルとぶっ倒れたナコを早々に部屋に押し込んで戻ってきたら、コハナがストリップ(ただし肝心な布は決して脱がない)で男達を誘惑していたので、こいつも騒動に発展しそうなので部屋に押し込んだ。
声もなく倒れたクラリスとルカルーを交互にベッドに運び、ロリコンらしきオッサン共のアイドルと化していたペロリが満腹による眠気にうとうとしはじめたのでこれもベッドへ。
そんなことをしていりゃあ酔いも冷める俺です。
宿の外に出ると、粉雪が降っていた。
この国は……雪国なんだな。
食堂の熱気が心地よく冷めていく。街を照らす魔法の照明の淡い光と相まって、なかなかに幻想的な光景だ。綺麗な街なんだな。
一人ぼんやりしていたら、外套を羽織ったクルルがコップにあつい飲み物を入れて、二人分を手に隣にやってきた。
「どうした?」
「コハナに絡まれてたら落ち着いちゃった」
あはは、と笑うクルルに手渡されてコップを受け取る。
燻した豆のほろ苦さと甘さの混じった飲み物だ。ミルクがたっぷり入っているから、案外呑みやすい。
「常闇の街ルナティク。ルカルーの名前にもじって改名された街なんだって」
「……ふうん」
「ここを北へ行くと……いよいよ、滅ぼされし帝国ルーミリアの帝都がある。魔王が……いるよ」
「そっか」
旅の終わりが近づいているのか。
万感の思いで頷き、飲み物をちびちびと飲む。
「魔王はどこからきて、何をしようとしているんだろうな」
本当は、違うことを聞きたかった。
けれど……お互いに遠くを見つめて感慨に耽る今を、まだ壊したくない。
そんな俺と同じ気持ちなのか、クルルも微笑む。
「勇者禄第一項にあるの。魔界より出でし王者の名、それが魔王なり」
寒いから、と外套を広げて俺に抱きついて……寄り添う。
「魔界の入り口が帝都のそばにあってね? 魔界との衝突を繰り返して、産業などを戦による特需で発展させてきた……強くて負けないのが、ルカルーの祖国なの」
それを倒した今回の魔王は手強いかも、と呟く彼女の身体を片腕に抱いて。
「この戦いが終わったら……クラリス様はきっと、ルカルーを軸に帝国の復活に力を貸すだろうし、同盟を結ぶと思う。そうなると……この島から逃げてきたペロリはルカルーのそばで支えた方がいいのかも。あの子は、女神の御技に届く奇跡の持ち主。宗教的にも意味がある子だから」
戦いの先を語る彼女に頷く。
「今のままじゃあ、いられないんだよな」
「コハナはクラリス様のそばから離れないだろうし……私はタカユキのそばにいるけど」
自由なのは、そうか。
「俺とナコくらいなんだな。どこへいって、何をしてもいいのは」
「訂正が必要かな。ナコはペロリ同様にその存在から、帝国の柱になるべき子だし……タカユキはスフレ王国にとって、王様も同然なんだよ?」
「鬼畜王ならぬパンツ王か」
女子二人を孕ませてその上ナコにも手を出した俺は、王なんて本気でやってもろくでもないことにしかならないだろうから……その気はないが。
「最近のタカユキはお洋服着てるし、戦ってもかっこよさげな気がするから……それを名乗るなら頭にかぶらないとだね」
「どん引きするくせに」
「うん。だから……クラリス様には悪いけど、旅に引っ張ってっちゃおうかと思って」
繋いだ手に指を絡ませて、クルルが頭を預けてくる。
「城でのんびり過ごす気なんてないんでしょ?」
「ばれてたか」
「わかるよ……わかるの、タカユキのことだもん。私も、クラリス様も……みんなも、わかってると思うよ」
なんだかくすぐってえな。
「どこまでいきたい?」
「とりあえず……もっと旅してみてえな。あの海蛇みたいな化け物も、はげた狼の神獣みたいなのももっと見たいし」
「うん」
「帝国に築かれた壁の理由を調べたりとか、ジャックとリコの船に乗って余所の国の海賊と戦ったりとかもしたい」
「……うん」
「クルルが俺の名前をつける切っ掛けになった東の国ってのも見てみたいし、魔王が生まれる魔界ってのがあるなら……そこを旅するのも楽しそうだ」
「……そう、だよね」
俯いてしまう彼女の憂鬱の理由を、俺はしっかりと理解しているから。
「ただし子供が無事産まれて、きちんと育つまでは全部お預けな」
「え――……」
「元の世界でも俺はぜってえ家庭なんてもったことねえから、すげえ大騒ぎになるぜ。毎日……だからお前の言うとおり、のんびり過ごす気はないよ。元よりな」
「あ、う」
言葉につまったクルルの頬に、それから唇に口づけて……笑う。
「まず結婚しなきゃならねえから。幸せにするよ、お前のこと」
「ゆ……指輪、ないのが残念かな」
涙ぐんで俺を見上げるクルルを抱いて、抱き締めて――……。
◆
部屋に戻って眠るクルルの代わりに、耳まで熱くなったクラリスが抱きついてきた。
気持ちよさそうなコハナと服が乱れたクラリスを見る限り、そうとう……やられたっぽいな。
まあいい。クラリスを連れて外に出る。
向かった先は教会だった。
「勇者さま……?」
不安げな彼女と最前列に座る。
時間なんかあってないようなこの街で、幸いにして今は神父さん以外誰もいなかった。
「クルルは付き合いが長い分、かけた言葉で気持ちを理解するけど」
それで十分というわけではない、とはいえ。
「クラリスは行動に示さないと、ずっと不安で苦しむだろうから……魔王の待つ帝都に行く前に、先にしておきたいことがある」
「――……」
不安げに両手を重ねて握りしめる彼女の背を押して、神父さんの前に立った。
「神父さん、お願いがある」
「なんでしょうか」
「略式でいいんだ……誓いを見届けてもらえるか」
笑顔で頷く神父さんに礼を告げて、不安げに俺を見上げるクラリスを見つめる。
「俺は旅に出て色んな経験をするまで、この世界で最初に出会った女の子の苦悩を知らずにいた」
「勇者、さま……?」
「君もまた、俺との運命を望んでくれた……俺にとって大事な女の子だ」
一人じゃなくて申し訳ないけど、と苦くこぼす俺に彼女は首を緩く、それから強く横に振った。
「俺でよければ……幸せにしたい。君の望みをすべては叶えられない、ただの男だけどな。それでも……それでも、君が望んだ家族を俺は君と築きたいよ」
「……わたくしには、それだけで十分です」
涙ぐむ彼女の頬に手を当てる。
「都合が良い駄目男だぞ?」
「それでも」
「出来ることといったら、パンツから武器を出して戦うことくらいだ」
「それでも……」
目を閉じて、彼女は囁く。
「いつも、助けてくださいました。悪漢から、ニコリスから……それだけじゃない、それだけじゃないんです」
頬に落ちる涙は。
「行き詰まって苦しみ喘いでいたスフレにとって、その舵取りをするわたくしにとって……あなたの存在は希望です。救いなのです」
俺の手に流れてきた。拭うだけで、本当に幸せそうに笑うクラリスの願いは。
「あなたがいいのです。あなたでなくては、だめなのです」
純粋なものだ。
「……愛しております」
彼女の唇に、誓いの口づけを。
抱き締めて、呟く。
「俺もだ」
◆
神父さんに礼を言って宿に戻り、横になったクラリスを見守っていたら扉をノックされた。
今日はマジで千客万来だな。
そう思っていたら、コハナだった。外の冷気に当てられて酔いの覚めた俺にあたためた酒を持ってきてくれたのだ。
「すまん」
「いいえ。今のコハナはあくまでメイドですから」
グラスに注がれた透明な酒を呑む。
喉がかあっと熱を持つそれは、果実のように甘酸っぱくて……けれど強烈に刺激的な酒だった。
「きくな」
「実は秘蔵品なんです。あなたの世界の古びた酒造に足を運んで買ってきました」
「……なんでもありかよ」
「これでも死神ですからね」
「怖いな」
「祝い酒です。他意があるとすれば……大変だという忠告くらいでしょうか」
「え……」
「あなたの世界と違って、多夫多妻はその身分によってはあまり咎められない世界です。強い女性も成功を山ほど掴んだ男性もたくさんいるのが、この世界ですから」
それだけではもちろんないですが、と注釈を添えて。
「けれど……家庭は宝であると同時に、たいへんな魔物です。勇者タカユキは無事幸せにできるでしょうか?」
くすくすと微笑むコハナの……本質を、俺はもう知っている。
「尽きぬ愛情が特効薬、なんだろ?」
「あら」
「俺は二人とも大事だ」
罪の告白。
「ひねず、こじらせず。そりゃあ内心で思うところは山ほどあるだろうけど、それでも……互いを認めて寄り添えるクルルとクラリスなら……俺は二人を愛し、尽くし、幸せにするだけだ」
それに伴う、現実の理解。目標の設置。それと、
「それができない俺なら、お前はとっくに見放していると思うしな」
確認だ。
「コハナ。お前の好みは……愛情と、笑顔。障害を越えた先にある……あったかい感情だ」
それを確認するために、自分で関係が壊れそうなほどの障害を設置しはするが。
「取り戻せて、直せる希望が僅かにでもある悪巧みしかしないお前が……俺に祝杯の酒をくれるのなら、俺は覚悟を決めこそすれ、不安は抱かないよ」
「そこまでおわかりになっているのなら……勇気をもってお進みください」
空になったグラスに、コハナが瓶を出しておかわりを注ぐ。
「……いい月が出ていますね」
分厚い雲に覆われているこの街で、薄らと雲が流れて月が見えていた。
クルルを救った時に見たそれと同じ、おおきなおおきな満月が……。
窓の外を見るコハナの手から瓶を取り、空のグラスに注いで渡す。
「月見酒に付き合えってことだろ?」
「大好きなんです。月を見て呑むの」
「だろうと思ったよ」
グラスを手にするコハナと月を見た。
部屋に眠る二人の少女の寝息が聞こえる。
ふとコハナを見ると、月よりも二人を見つめている。
その目はどこまでも優しく、愛しげで。
女神が本当に窮地になった時に俺たちを助け、見守る時のあたたかさと何ら変わりなく。
世界の理からなのか率先して関わることをしない女神と違って、介入し、引っかき回しながらも確かめずにはいられないコハナが求めるもの。
「……綺麗だな」
「はい……月が、二つ。美しく輝いてますね」
俺には三つに見えるよ、コハナ。
お前は……人を愛しすぎる、あくまでそんな死神なんだろう。
けれどそれを今語るのは、あまりにも無粋で。
俺は彼女とただ、笑って酒を飲み明かしたのだった。
つづく。




