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第七十話

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 馬で戻った俺たちはコハナに血を渡した。

 けどナコの張る結界に、クルルを治すための場を作るための準備に俺はむしろ邪魔らしい。

 追い払われてしまう前に見た部屋の中で、ペロリがその力を全力で振るっていた。額に浮かぶ球の汗がすごい。胸元や背中の服がぐっしょりと濡れていた。それはナコも同じで、ずっと口を開いて精霊に呼びかけ続けていた。

 居場所がなくて宿の一階に降りると、食堂のテーブルに釜を置いてクラリスが調合していた。

 声を掛けようとしたけど……やめたよ。

 クラリスの顔は真剣そのもので、目元は真っ赤に腫れ上がっていた。

 何度も目元を拭って、それでも釜に入れた棒をかき混ぜることをやめようとはせずにいた。

 そんなの、声かけられないだろ。

 だから教会に行くというルカルーについていく。

 街の人はルカルーを横目に舌打ちをしたりするが、それでも……神父は迎え入れてくれたし、ルカルーは真摯に祈り続けた。

 俺は……俺はどうすりゃいいんだろうな。

 悩み出したらキリはないけど、痛切に思う。

 馬鹿なこと言って、やって。クルルのボケやツッコミに反応して……それでよかったのに。

 随分遠くまで来たし、魔王まで近づいてきているはずで。けど、最初に仲間になってくれたあいつはいま、傷つき惚けている。

 こんな時、俺にペロリの力やクルルの魔法みたいな何かがあればと願わずにはいられない。何も出来ずに仲間を信じてただ待つことしかできない今は、苦しくてしょうがない。

 力があれば。もっと。誰も傷つけずに済む力が。そうすりゃあ……あんなことにはならなかったのに。

 そう思い始めた時だった。視線を感じて顔をあげると、ルカルーと同じ耳と尻尾を生やした神父が俺を見て言うんだ。


「人を思い祈る彼女と違い、あなたは……自分を見ていらっしゃいますね」


 どきっとした。

 心底から、神父の言葉にはっとした。


「傷つき、落ち込んだ時に内省するのはいい。けれど、なんのために思い悩むのかを忘れてしまっては、ひどく痛い目を見ますよ」


 そう言われてしまうと、何も言い返せなかった。

 実際……俺の旅はそんな感じに進んできたと思うし、俺自身を……指し示しているようで。

 かちんとくるよりもいっそ、腑に落ちた気がしたよ。


「あんた……すげえ神父さんだな」

「名などなき、亡国を憂う男に過ぎません。女神を呼んだあなたには、ぜひ前を向いていただきたい……それだけですよ」


 そういって離れていく先で、神父さんはいろんな人に声を掛けていた。

 みんなルカルーを気にしてはいるが、神父さんに声をかけられるとその顔がほっとしたものになる。中にはルカルーにお詫びを言いに来る奴もいるくらいだ。


「なんだ……」


 良い国じゃねえか、ルーミリアは。

 俺がなんとか、なんて考えるのもおこがましいくらい……いい人たちじゃねえか。

 そう思って、ルカルーに声をかけて宿に戻る。

 クラリスの姿は一階にはなく、二階の部屋に近づくとコハナが出迎えてくれた。


「お待ちしておりました。そろそろ呼びにいこうと思ってたんです」


 眠りに落ちたクルルのそばで、ペロリとナコが倒れていた。

 淡く白く光る部屋の中は入っただけで心が洗われるような空気に満ちている。

 憔悴して椅子で眠るクラリスの手には空になった薬瓶が握られていた。

 ……そのおかげなんだろう。


「すう……すう……」


 クルルの顔色は随分とよくなっていた。

 ……俺の仲間はただただ、クルルを思い行動して、あと一歩のところへこぎつけてくれたのだ。


「みなさんの努力と、あとは……いただいた血の主の霊気のおかげですね。神獣は認めた相手にしか、正しい霊気の血を授けないんですよ?」


 コハナに背中を押されて、クルルのそばにいく。

 ベッドに腰掛けさせられて、俺の手をコハナはクルルの手に繋がせた。


「最後の仕上げはあなたです」

「……俺にできるかな」


 不安……よりも、恐れ。

 一途な仲間たちほど、俺はたいしたヤツじゃない。

 こんな場面で弱気になるような俺に、と。


「コハナはね? 大好きなものがあるんです。死神ですけれど。それでも好きなものが」


 繋いだ手に重ねられる彼女の手はどこまでも冷たくて。


「なんだかわかりますか?」


 労る声は女神の慈悲となんら、変わらない。だから、


「……わからないなら、確かめてきてください」


 真実、この手は優しすぎる女の手に違いなかった。


 ◆


 瞬きした時にはもう視界は真っ暗闇で……クルルの匂いを感じて、意識が落ちていく。

 地の底に落ちて――……その奥底にある煌めく光の海に沈んでいく。


「クラリス様。この者に術を試してもよろしいでしょうか?」


 クルルの声がどこからか、聞こえた。

 それは……今でも覚えている。

 クルルとはじめて会ったあの、牢屋で彼女が割って入ってくれた瞬間だった。

 認識した瞬間に俺の手が光った。

 淡くピンク色に輝く光を思わず掴む。

 その瞬間、


『パンツだけ履いて一見、変態さんだったけど……でも、伝承通りだ。待ってたよ、私の勇者様』


 身体中に響くくらい強くて熱い思いが広がっていく。

 落ちれば落ちるほどに。


「悪いようには致しません。私は貴方の味方です」

「とりあえず貴方は助かった。私が助けたの」


 次々と、


「あによ、そのていどしかのめないの? げこ? げこなの?」

「ふへへへへ! うんんんん! 機嫌いいわあ! もーおまえらぜんいんのめー! ここはあたしがもつのらー!」


 あいつの声がして、思い出す。


『……この人に託してみよう。国の運命……世界を救う旅、それに……私の運命も。変な人だけど、今まで会ったどんな男の人よりも、楽しい……』


 浮かび上がってくる光に身体がぶつかった瞬間に響く、熱。

 クルルの……俺の大好きな、大事な女の子の熱だ。


「あまくてその気にさせるキス出来るんならいいよー……」

『してくれたよね……タカユキ』


 通り抜けたように見えた光は、俺の背中からいくつもの星になって頭上を照らしていく。

 最初は暗闇だったそこに、光が一つ、また一つ生まれていく。


「同情されるの一番嫌いなの。タカユキが勇者らしいところを見せない限り、何も許す気ありませんから」

『うそ。意地悪いって困らせたくて……拗ねてたし。でも……タカユキは、私が知ってる男の人と違って許してくれた。怒らなかったし……だからどんどん、素直になっちゃう……』


 くそ……くそ。

 必死でもがいて、あちこちに見えた光を掴む。

 そのたびに感じるこのぬくもりは、ああ。

 コハナのやつ……思い知らされるよ。


「つ、強くしないでよ?」「掴んだりしてもだめ」「触れるときは優しくして」

『耳かき……すごくきもちよかったの』


 くそ。


「うれしいよ。助けてくれたこともそうだしさ。色々言っちゃったけど……ペロリちゃんだって、一度はしっかり怒った方がよかったと思うし」

『助けてくれたよね、タカユキは』

「いいよ……タカユキに……してほしいの」

『いっぱい……愛してくれたよね』


 くそ。

 こんなの、反則だ。

 虚飾のない、けれど一つとして欠けて欲しくない思いを掴んでいく。

 その端から星になって、瞬いていく。

 ……落ちていく、どこまでも。


「……さむい」

『さむいよ、タカユキ』


 待ってろ。


「つぎは、たかゆきの、ばんだよ」

『きっと、助けてくれるよね』


 待ってろ。


「あは、ふひ……」

『待ってる。待ってるから……タカユキのこと、どんなになっても』


 待ってろ――……!


『聞こえますか、勇者さま……コハナです。あなたの心に直接語りかけています』

「ああ!」

『おわかりになりましたか? 彼女の思い……本当に、大事なモノ』

「わかってる!」


 空に落ちていくのは光だけじゃない――……ださいくらいに流れる涙と一緒で。


『なら、もう……あとは願うだけ。空を見上げてごらんなさい』


 慈悲深いその声に振り向いて、息を呑んだ。

 驚くほどに大きくも美しい――……満月。


『あなたの世界の言葉で――伝えて。あなたは彼女を、どう思うのか』


 ふっと浮かんで頭痛と共に霧散する元の世界の知識よりも。

 恋に落ちていく俺はただ願った。

 好きな女の子の笑顔をもう一度見たいと。

 もう一度……いや、これから先ずっと、抱き締めていたいと。

 手を伸ばして――……掴めない月に笑って。


「クルル――……」


 溢れる思いの数だけ俺の手から光が空へと落ちていく。

 暗闇は満天の星に埋めつくされ、それでも足りずに。

 もはや――そこにあるのは。


「――してる」


 誓いの言葉は溶けて、光に満たされた。


 ◆


 身体に衝撃を感じて目を開けると、コハナが寄り添っていた。

 俺に微笑みかけると彼女はそっと離れ、示す。

 眠りについたクルルを。彼女は、


「ぐう……ん、ぅ」


 目元を顰め、それから目を開けて……俺を見て微笑んだ。


「あれえ……タカユキだ」


 布団の中からそっと手を出して。


「やっぱり……来てくれた」


 力の無いその手をあわてて取る。


「遅くなって……ごめんな」


 そんなことしか言えなかった。


「ううん……なんか、昔のこと思い出してた……」


 囁いて、俺の手を引き寄せて……頬にあてがい、愛しげに頬ずりをしてくる。


「最初の日のこと、おぼえてる? 私の手を……握ってくれたよね……」


 それはきっとクルルが俺に魔法を使う、あの瞬間のことだった。

 あの時と同じ、冷たくて柔らかな手だった。


「お前が、握れっていったんだろうが……」

「ためらいなく……にぎられて、どきっとしたの……すごく、きゅんってしたの……あたま、ふわふわしてたんだよ?」

「そいつは……知らなかった」

「えへへ……ざまあみろ」


 そう言って悪戯っぽく笑うと、クルルは目を閉じた。

 手の力がすうっと抜ける。あわてる俺の肩にコハナが手を置いて言うのだ。


「だいじょうぶ、眠っただけですよ」


 それでも確かめずにはいられなかった。

 クルルは息をしていて……胸も上下していて。

 手も頬も、その熱は変わりなく。けど、本当に大丈夫なのかと不安になる俺に、


「尽きぬ愛が特効薬です。もう大丈夫……だから、ね?」


 寄り添って、囁く。


「泣いてもいいんです」


 安心していいの、というコハナに泣きつきそうになって、たまらずに部屋の中を見た。

 心配になったのかルカルーが来ていて、けれど……どれだけの時間が過ぎたのか。疲れ果てて寝ていて。それはペロリやナコ、クラリスも同じで。

 こんなに素敵で最高の連中が仲間で、俺たちを導いてくれたコハナは本当は悪い奴どころか……きっと女神と大差ない存在で。

 ああ、そうか。確かに……神父の言うとおりだ。

 俺がどうのとか考えるよりもよっぽど、素敵なものが俺のそばにあるだろ……確かに、そこにいてくれるだろう。


「ありがとな……コハナ……ありがとな……」

「そんな素敵な泣き顔でお礼を言われちゃうと、悪さする気もなくなっちゃいますね」


 俺の頭を撫でて微笑み、あくまで死神だと言った少女は「食事を用意します」と部屋を出て行った。

 死に寄り添う彼女がクルルを救ってくれたのなら、無事を疑いようもない。

 そして……もう二度と、クルルをこんな目に遭わせないと誓おう。

 それをするのは俺だけじゃない……俺たちみんなで、みんなを支え、助け合う。

 それが真実、仲間なのだと思うから。




 つづく。

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