第六十九話
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墓の内部に入った瞬間、ああ……ここ最近は本当にシリアスだったんだなあって俺は痛感した。
通路の先、火の点いた松明に照らされて寝転がる神獣とやらがはげた狼だったことに俺は軽い絶望と実家に帰ったような安堵を同時に抱いていたよ。
そんな安心感いらないんだけども。
けどルカルーは緊張しまくりで、手と足が同時に出ているんだから……なんともいえない。
でもなあ。そういや死んだ勇者はみんな残念クオリティーだったし、そもそも女神からしてああだし、悪魔で死神のコハナの弄び方はニコリスのそれとは陰湿さのレベルが違うしなあ。
これくらいでいいのかもしれん。クルルが助かる確率は今のところ俺の中でうなぎのぼりですし。
逆に言えばこのノリでいったら山も谷もねえけど、この冒険大丈夫か? ってことくらいだな。
……あ、だからコハナがあれこれ俺に悪戯してくんのか。コハナが楽しむために。
くそ、いやな事実に気づいちまった! なんてこった! むしろ山とか谷があった方が俺の冒険は安全なのかもしれん! ……って、それ矛盾してない? あれ……?
「何をぐにゃあってなっているんだ、勇者」
ぷるぷる震えているルカルーに揺さぶられて俺は我に返った。
「そうだった。すまん、神獣だな」
「お、おそれおおい、どうしよう、帝になるのに不適格だったら食べられてしまう」
ううん。なんだろう。なんていえばいいんだろう。
横になって背中のノミを取ろうと転がりまくる頭のはげた狼が、今度はふわあぁと欠伸をした。
前足で顔を掻いている姿は狼というか……そもそも犬科なのか? あれ。
どっちかというと猫科のような。
まあでも行くしかねえか。近づいて「おいそこの」って声を掛けると、狼は両目を細めて俺たちを見つめてきた。
顔を間近に寄せてくる。ちょっと、その。線香みたいな匂いがする。
周囲を見渡してみたら、段になって設置された墓の前に線香が供えられていた。誰がいつたいてるねん。ってか、そうじゃねえな。
「顔が近い」
『んんん……すまんのう。近頃はとんと目が悪くなってのう』
「真っ暗闇の大地で線香と松明の明かりに囲まれてたら、そりゃ目も悪くなるだろ」
『ぐうの音も出ないほどの正論じゃのう……』
「おいルカルー、こいつ怖くないぞ」
あれだけドシリアスやって良いこといったぜとどや顔も決めた後で、俺としては非常にはずかしいのだが。
「おいでー。こわくなーい。こわくなーい」
涙目になって広場になっている狼の居場所の入り口付近で震えているルカルーに手招きをする俺……なにやってんだろう。
「か、かみつかないか?」
勇気とは。
ルカルーのそれは全力で逃げ出していった様子である。まあいい。信心深い教徒が神さまにあっちゃった、みたいなノリだと思っておこう。
俺の譲歩力……き、気にしないぞ!
「オホン! おい、じいさん。あんた若い女に噛みつくか?」
『そういうのはのう……何百年か前に卒業したのう……何年前じゃったかのう……』
何百年か前じゃね? 具体的にはわからんけども。
眉間の皺を何度か揉んでから、深呼吸を数回やって。
それからルカルーを抱え上げて狼の前にぽいっと放った。
「あばばばばばば!」
あわてて俺の足にしがみついてくる。
わからない……ルカルーにはこのじいさん狼が、あの海蛇並みの化け物に見えるのだろうか。
「だいじょぶだって、噛み付いたりしないぞ。いかにも優しげな顔してるだろうが」
「か、香りがすごいんだ! 身に纏う王気と神気も!」
……そうなのか。俺にはさっぱりわからん。ただの人間だから理解できないのかな? だとしたらちょっと疎外感。
「でもまごまごしててもなんにもならないだろ。ほら、見ててあげるから」
「ううううっ」
「だいじょぶだって。食われたりしないから。な?」
「うううううううううっ」
なんだろう、この……ちっちゃな子供に買い物任せて見守る親感。
「おい、じいさん。あんたからもなんとかいってやってくれ」
『んんん……懐かしい匂いがするのう』
鼻をすんすん鳴らす狼。改めて見ると……そうだな。強いて言えば大きい。海蛇で麻痺しているから実感がないが、俺の身の丈の三倍はあるだろうか。
でもなあ。はげてるし。目元の皺やばいし。鼻水垂れてるし。威厳らしい威厳はないぞ。失礼かもしれないけども。
『継承者か……久々じゃあ。前に来たのは……いつじゃったか。力に満ちた、気持ちのええ男じゃったのう……』
「に、兄様のことか?」
ゆっくりと微笑む狼にルカルーがはじめて警戒をゆるめた。
『ほうか、ほうか……あれの妹御か。あれが言うておった。言葉足らずで周りに合わせてしまうが……』
うう、と俯くルカルーは普段の大人びた態度が嘘のように、子供丸出しだった。寧ろそれが地なのだとしたら、こいつは普段どれだけ背伸びしているんだか。
『気の優しい、意地っ張りじゃが、いい狼じゃと……いうておったわ……』
「兄様が……そんなこと」
のんびりとしたしゃべり方に溢れ出る優しさにゆっくりとルカルーの身体から力が抜けていく。
「で、でも……ルカルーは、狼じゃ……」
気が緩んだせいで弱気が顔を覗かせた。だからルカルーの頭を撫でる。
「ま、俺も同意見だな。いい狼だと思うよ」
「勇者……」
『うむ……そういう、匂いがするのう……』
ふふ、と笑うじいさん狼にルカルーが意を決した表情になる。
「たっ、頼みがある! 友を助けるため、あなたの一滴の血が欲しい」
お、言った! いいぞ! 内心で喝采をあげる俺ってルカルーのなんなんだろう。な、仲間かな?
「それから……空位となった国の導き手になれるかどうか、教えて欲しい」
『別にのう……血は、のう。ええが……次の願いは、叶えられんのう……』
「えっ」
なんで、と慌てるルカルーにじいさんは笑った。
『それは、わしが決めることじゃ、ないのう……おぬしが、なるか、ならんか……それだけじゃ』
ああ……そういう。そういうやつね。俺しってるよ、このパターン。
あれだろ? みんなびびってここにくるけど、このじいさんに優しく背中を押されて頑張ろうって決意するんだろ? でもってそれ自体が大事な儀式だーとかなんとか思いつつ、ちょっとの悪戯心で次にここにくるヤツに真相を教えない的な。あるある! そういうの! 新人が通る虎の穴的なやつね!
「勇者っ、な、なにを一人で頷いてるんだ!」
「悪い、ちょっと考え事な。まあ……ルカルー、要はお前次第ってことだ」
そうだよな? じいさんにそう尋ねたら頷かれた。ほら、やっぱそうだ。俺の思った通りだ。
「……納得いかない」
ルカルーの気持ちもわかる。
「兄様、すごいこわいぞ食べられちゃうぞって毎日いってた」
ああ……それは、なんていうか。ご愁傷様だな。
「……(むすっ」
あ、怒ってる。ルカルー怒ってる。
そっとしておこう……さて。
「じいさん、血なんだが……どうすりゃいい?」
『毛ぇでも抜けばよかろう……』
いいんだ。はげてるだけに毛は残り少ない命感半端ないけど。
ま、まあ……すでに頭はげてるし、ちょっとくらいいのかな?
いやむしろ、そのちょっとが致命的って敏感になるところか?
でももうじいさんだしなあ。
「えい」
『あいた』
ルカルーがぷちっと毛を抜いたら、微かに血がにじんできた。
それをコハナから託された小瓶になんとかにじませて、蓋をする。
「帰る」
「お、おう」
やばい、お怒りだ。これは下手なことが言えないぞ。そう思ったんだが。
「……また、来る。今度は兄様の話をしに」
じいさんにそう告げて、ルカルーは微笑んだ。
そりゃあ綺麗な笑顔だったから……こめかみに浮かんでいる血管は見なかったことにしよう。そうしよう。
つづく。




