第四話
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あそこを見られて怒ったクルルにパンツを取り上げられた。
目の前で履いたクルルに待つように言われて、だいたい一時間ほどした頃だ。
部屋に戻ってきたクルルに連れ出されて、玉座の間に移動することになった。
道中で話を聞く限り、どうやらここはスフレ王国という国の王城の中らしい。
鉄製の燭台に刺されたロウソクがぼんやりと通路を照らしている。
硝子のない窓から差し込む風に吹かれて、影が揺れる。
「雰囲気抜群だな」
「ちょっと風があるの、寒気もきているし……寒くないの?」
「寒いといっても始まらん。服が着れないのはさっきお前が証明したばかりだからな」
「まあそうなんだけど……それより、大人しくしててよ」
「パン一の俺に何が出来るというんだ」
「……それもそうね。脱げないみたいだし、私のパンツはないわけだし」
そうは言いながらも微妙に納得のいかない顔をしたクルルについていく。
扉の前に立つ二人の衛兵に挨拶をしたクルルの後ろについていく形で、開かれた扉の向こうに出た。
そこは広々とした石造りの一室で、天井が何階分もあった。
さらには壁にパンツを掲げる男と乙女たちを描いたステンドグラスと来た。
部屋の奥には玉座ともいうべき豪奢な椅子。そこに至るは赤いローブの通路。
玉座の間なのだろう。
先ほど牢獄に来た騎士たちがずらりと並び、椅子にはクラリス嬢がふんぞり返っている。そばには彼女によく似た小さな女の子や老いた男達もいた。
みな、獣耳と尻尾が生えている。威厳溢れる空気のはずなのに、ミミと尻尾のファンタジー感がひどい。あれかな。俺これからアスレチック大会みたいなのに出るのかな? うっ、頭が痛む!
「こほん」
クルルの咳払いに我に返った。
彼女は不意に立ち止まり、その場に跪いた。
それから俺を睨むように見てくる。
騎士たちもクラリスもみな、俺を睨んでいた。
おいおい、待ってくれ。
パン一の上、みんなに見つめられながら跪くとか……
露出プレイの上にSMプレイみたいだぞ。
そんな趣味はないんだが、話が先に進みそうにないのでとりあえず跪いた。
満足そうに頷くなり、クルルは声を上げた。
「恐れながらクラリス様、勇者をお連れいたしました」
「……苦しゅうない、面を上げよ」
「はっ」
クルルが顔をあげると、クラリスはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「クルル、お主が申した魔王討伐の旅の件、その者は承知の上か」
「いえ。クラリス様のご承認なき段階での説明は、出過ぎた真似かと思い申しておりません」
……雲行きが怪しい。
「勇者さま。私は――」
クラリスがそう言った瞬間、そばに控えていたじいさんが咳払いをした。
「こほん! 勇者よ……妾はクラリス・ドゥ・カリオストロ第一皇女。そなた、名はなんと申す」
「名無しのパン一です」
愛想笑いを浮かべて言うと、即座にクラリスが指を鳴らした。
途端、その場にいる騎士たちが一斉に腰の鞘から剣を抜き放った。
「……もう一度だけ聞こう。そなた、名はなんと申す」
あ、これだめなやつだ。ぼけたら滅多刺しにされる。そんな気がする。
「その……記憶がないゆえ、名前も覚えておりません」
「ふん。難儀なヤツだ」
そう言うなり玉座に腰を下ろしたクラリス。その着席の瞬間に、騎士たちがまたもや一斉に剣を鞘に収める。
……助かったのか?
「便宜上にも名前が必要であろう。誰か、この者の名として適切な案はないか」
「恐れながら、クラリス様。タカユキではいかがでしょうか」
「なぜだ、クルル。申してみよ」
「はっ。伝承によれば、勇者の名は四文字と決まっております。濁音や半濁音にする場合、一文字減ってしまうゆえ、この四文字にいたしました」
「だが、なぜタカユキだ」
「なんとなくでございます」
「そうか、なんとなくか」
え。いいの。俺の名前そんな風に決まるの?
そんなRPGの名前入力適当に入れちゃいました、みたいなノリなの?
「くっ」
なんだ、今の脳内ツッコミは。
RPGとは一体……思い出せない。頭がずきずきと痛む。
「勇者が痛みをこらえるような顔で俯いておる。もしやタカユキという名が彼の記憶に何らかの絡みがあるのやもしれんな?」
「そうかもしれません」
いや、完全に偶然だから。
なぜ女子二人してどや顔しあっているのだ。
せめてツッコミを入れようと周囲を見た。
騎士たちがみな柄を握って俺を睨んでいる。
下手なことを言ったら、斬る。
そんな空気だ。
「タカユキでいいです」
彼女を作った挙げ句、その彼女は事故がきっかけで寝たきりになり、目覚めるまでの間に女友達といい仲になってめんどくさいことになる……。
そんな名前のような気がしたが、この場はしょうがない。
「よかろう。勇者タカユキよ、魔王の呪いが特に色濃く出ている村がある。従者を連れていき、見事問題を解決してみせよ!」
大仰に手を振りかざしたクラリスに、恐る恐る尋ねる。
「出来なかったら、どうなる?」
「そなたは死ぬ」
どや顔だった。
「そんな、中二病の人間が考える必殺技みたいに言わなくても」
「ん……ちゅ? ん? 中二病とはなんだ」
「……いえ、俺もよくわかりません」
「とにかく行け、勇者タカユキよ! クルルを連れて旅に出るのだ!」
クラリスの命にクルルが「ははーっ」と頭を垂れた。
立ち上がったクルルに押される形で、俺は玉座の間を後にした。
とことこ歩く彼女に手を引かれて、城の外に出る。
見送りや旅の支度金的なもの、一切なし。
「勇者を旅に出すなら、何かくれてもいいのでは。銅の剣とか旅人の服とかないのか」
「まあまあ。私がお供としてついていくし、渡すものならあるわ。はいこれ」
そう言ってクルルが差し出したのは、あのショーツだった。
俺の記憶の唯一の手がかり……かもしれないものだ。
だがこれだけか。
「お金とかは」
「支度金なら私が持っているわ」
あ、すでに持ってるのね。納得した。
「……なら目的地までの地理とか、移動手段は」
「徒歩になるけど、王国の地理は頭に入っているから大丈夫」
自慢げに胸を張るクルル。
ウサギのようなピンクの獣耳もぴんと立って見えるのは気のせいか。
改めて見るとやや小柄な子だ。
胸の膨らみを強調するような、肩だしニットとコルセット。スカートは短く、そこからすらりと伸びた長く細い足。赤い外套を取っ払えば、魅力的な体付きをよりはっきり目にすることが出来そうだ。
だからこそ問題だ。
「若い男女で旅とか、倫理的にどうなんだ」
「これでも筆頭魔法使いなの。だから下手な真似はしない方がいいよ」
唇の端をつり上げて笑う女ウサギ。
「牢獄で会った頃はもう少し猫をかぶっていた気がするんだが」
「タカユキ相手に無駄かなって」
「あのな……というか、なぜにタカユキ」
「最近、東の国で人気の役者さんの名前らしいの! すっごいかっこよくて――」
きゃあ、とほっぺたを両手でおさえている。
いやいやいや。
「お前な! もっとマシな名前の付け方あったんじゃないか!」
「うるさい変態!」
「それを言ったらお終いじゃないか……」
パン一に抗う術なし。
へこたれてショーツを握りしめた時だった。
「勇者……勇者よ、聞こえますか?」
空から妙な声が聞こえてきた。
「クルル?」
「私じゃない……あ! 空を見て、タカユキ!」
空を指差すクルルにつられて見ると、黒髪の美少女のバストアップが見えた。
後光が差している。
「勇者……えー、なに? え、タカユキ?」
その美少女は右隣に話しかけて、うんうんと頷くと俺たちに視線を戻した。
「タカユキ、あなたを異世界に召喚したのは他でもありません。そう! この私が召喚したのです」
「誰あんた」
思わず素のトーンで聞いてしまう俺である。
「私は女神、私の命令は絶対。いいですか?」
「え、なに。え? 王様ゲーム的なこと?」
「違う、いいか、おい黙れ。いいかタカユキ、あなたは私の命令に従って魔王を討伐するのです」
自称女神から隣に視線を向けた。
惚けた顔をしているクルルの肩を揺する。
「……クルル、お前の魔法か?」
「ち、ちがうわ。本物の女神さまよ!」
「ええ、あれがあ?」
おい、あれがってなんだよ! と怒鳴る女神を睨む。
「確かに可愛いけど、空に浮いてるし後光も差しているけども」
「いかにもそれが女神の証。いいかタカユキ、王国を救いなさい。魔王を倒すのです」
「……それよりも。俺、記憶喪失なんだけど」
抗議の声をあげると、女神はまたもや右隣に「ねえちょっと、記憶喪失とか言ってんだけど。マジうける」と笑いかけている。
「おい、おい! 誰と話してるんだ。せめてこっち向け!」
「おうおうおう。せいせいせい、タカユキ。一度女神のそばを通り抜けたときの衝撃で記憶が吹き飛んでしまったの……だと、おもわれ? おもわれ! おもわれます! うん、そういうこと!」
「不安を誘う言い方するなあ!」
「ちなみにあんたなんでパン一なの」
「こっちが聞きてえわ」
「え? こっちの世界のなにかを持っていった代償だって? ねえタカユキ、何か持ってる?」
誰と話しているんだ! その声聞こえないし! 気になるな、もう!
とりあえずショーツを掲げてみせる。
「これのことか?」
そう言った時の女神の顔と言ったらなかった。
「――……うそ」
血の気が引いていた。青ざめた顔がすぐに真っ赤になった。
「ちょちょちょちょ、待って! それ、え? なんで? なんで私のパンツ持ってんの?」
お前のパンツかい!
「待って待って、ねえなんで女神のパンツ持ってんの? ちょ! 握りしめるな! 匂いをかぐな! クロッチマジマジと見てんじゃねえ!」
後光の枠を掴んで身を乗り出してくる女神だが、空と大地ではあまりに距離がありすぎる。
彼女の手は届かない。
「く~っ! 俗世には普段降りることが出来ないしきたりが邪魔! ……いいわ、何が目的?」
「それはこっちの台詞なんだが」
「んーっ、いいでしょう! あなたの願いを一つだけ叶えてあげます。だからパンツ返して!」
「……ううん」
ぽかんと見守っているクルル。小声で「あれ、女神ってこんななの」とか「信仰とは」とか言っているのでそっとしておこう。
それよりも……女神を見る。
身を乗り出していた時に見えたのは、ふくよかな胸とくびれた腰。
おまけに顔はモロ好みだった。
「女神と一発」
「不許可! なんでパンツ返してもらうのにパンツ以上のものを差し出さなきゃいけないのよ! この不心得者!」
「じゃあ狙った相手と一発やれる能力」
「狙っているでしょ! 女神の身体を狙っているでしょ! 絶対不許可!」
「じゃあ……相手を言いなりに出来る能力?」
「何をする気!? もしや一発どころじゃ済まない感じ!?」
「いっそ女神そのものとか」
「それはあんたの元いた世界にある本でも読め! アニメ化もされてるわ! この変態が!」
ぜえ、はあ、と息をした女神はびしっと俺に指を突きつけた。
「女子のパンツから力を引き出せる能力があるんだから、それで我慢しろ! じゃないと女神レーザーが炸裂するわよ!」
「……ふむ」
手の中にあるショーツを徐に顔に装着してみた。
「~~~~っ!」
涙目になった女神に手を突きつけて、俺は言うのだ。
「ここにこい」
女神のパンツが光り輝き「え、やだ嘘ちょっと待って、きゃああああああ!」という悲鳴が空からして……瞬きした次の瞬間、目の前に女神が立っていた。
「うそ」
大地に降り立った女神は、俺としばらく見つめ合った後、真っ赤な顔をして俺の顔からパンツをはぎ取ろうとした。
その瞬間にはもう、光り輝いて消えてしまった。
「く~~っ! あとちょっとで取り返せそうだったのに、強制的に戻されちゃった!」
空から聞こえた女神の声に見上げると、真っ赤な顔した涙目の彼女と目が合った。
「そ、そのパンツで変なことしないように! いつか返してもらうからね! っていうか、いい加減脱いでええええええ! うわあああああああああん!」
泣き声をあげる女神は残念だし、
「……なんか、女神さま……思ってたのと違う」
一つ大人の階段をのぼったクルルは可哀想だった。
「……とりあえず、旅に出ようか」
「……うん」
かくして、俺たちの旅はとぼとぼ歩きで始まったのであった。
つづく。