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勇者タカユキと魔王の戦い~異世界パンツ英雄譚~  作者: 月見七春
第十章 海、ヘビ、ご機嫌取り
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第四十八話

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 床の下からリコの檄が飛んでくるのが聞こえる。


「おまえらご褒美が欲しいか!」

「「「「欲しいです!」」」」


 ぴしぃ!


「欲しがるお前らには蹴りの一つで十分だ!」


 べし!


「ありがとうございます!」


 べし!


「もっとぉ!」


 べし!


「あああ!!」


 以上、オール漕ぎのみなさんの模様でした。

 手伝いに行こうとするルカルーを止めて正解だったな。

 変な属性に目覚められても困る。

 みなさんの奮起のおかげでぐんぐん船が進んでいく。

 だからどんどん近づいていくし、それにつれて船上の連中は俺たち含めみな言葉もなかった。

 見上げれば分厚い雲。そこから海まで真っ白な柱のように降り注ぐ大量の雨。

 その轟音たるや尋常じゃない。


「おーすげー」


 と言えるペロリはまじすごい。


「だ、だだだだ、誰か下の人たち止めてきた方がいいんじゃない?」


 って素に戻ってるクルルの方が俺たちにとってのリアルだった。


「な、なんとかなるんだよな!? 絶対倒せるんだよな!?」


 半泣きのジャックよ。お前は海の男で船長だからそんな顔しちゃだめだと思う。

 そのせいで俺も泣きそうです。

 なにせ雨煙の中に浮かび上がる大蛇の頭は見上げても見えないくらいに高い。

 おそらく胴体を輪切りにしてみたところでその半径は、この船の全長を四倍はしないと足りないだろう。

 つまりなにがいいたいかって?

 ばかでかい! でかすぎる! そんなのむりだよぉ!


「くっ、クルル、ここから倒せたりしないか?」

「さ、さささ、さっき津波やったときに見たでしょ? 雨というか雲がたぶんあいつの魔力で出来てるから、むりだよ!」

「そ、それでもなんとか!」


 声を掛けながら見たら涙目で首を横にぶんぶん振っていた。


「無理もないかなあ。彼女は魔法使いとして傑物だと認めるところですが、相手はいわば大陸で。人間が敵う道理がないですねえ」

「コハナ! それ行く前に言って!」

「でもぉ、勝機ないでもないですよ」

「はよう! はようせんと船が雨にぶつかるんじゃあ!」

「動揺しすぎですね……はむっ」


 俺の前に来たコハナが俺の鼻に噛み付いた。その途端に「あーっ!」クルルが泣きそうな叫び声をあげて、あわてて駆け寄りコハナを引きはがす。

 それからはっとした顔で俺を見た。

 あまぁい噛まれ方で骨抜きの俺を。


「あ、あ、あ、あ」


 絶望の表情になるクルルの耳にコハナが唇を寄せた。


「悔しかったらぁ……ごにょごにょ」

「えっ……あ、うん……って、なんでコハナに言われなきゃいけないの!」

「コハナの勝利でいいんですかぁ?」

「う~っ」


 二人が何かをやりとりしてジャックがたまらず「今ひつよう!? それ今ひつよう!?」声を上げてますが、俺はあまぁい噛まれ具合がたまらなくて前屈み。

 そんな俺の頬をクルルが突然ばちん! と叩いて挟む。


「な、なに」

「……えっと」


 がんばえーと囁き声をあげるコハナ。


「なんであんたに」


 噛み付くような顔をして言い返そうとして、クルルが……次いで俺も気づいた。

 みんなが俺たちを見ていた。

 船首がどんどん雨に近づいている中で、何かをするなら今しかない。

 そう悟ったのか、赤面して俯き「ううう」と足踏みしてから、クルルが顔をあげた。

 微かに触れるようなキスの後に耳元で囁かれる。


「こ、これがおわったら……いっぱい愛してくれますか?」


 台詞はコハナが考えたんだろう。

 けどなにが憎いってクルルが言いそうな台詞なんだよなあ。

 そしてみんなが見ている前で(恐らく耳がいいみんなに聞こえているだろう状態で)恥ずかしい台詞を口にしたクルルに見つめられて、俺は思わず頷いた。


「いいんですね」


 どや顔で。


「そ、そのどや顔いや!」

「いつでもどんとこい」

「そういう雑なのもいや」


 いやいや。今かよ。

 ラブできゅんなこと言い合うの今かよ。

 でもどういう理屈を考えているのか知らないけど、コハナが親指をぐっと立てていっちゃえーとはやしたててくるし。

 目の前にいるクルルの肌に、ピンクの紋様が浮かび上がっている。

 その輝き方がどんどん増しているように見えるから。


「……ちゃんと、こないだの時みたいに言って」


 ううん。みんなが耳をぴんと立ててるし。

 ペロリの耳だけはルカルーがおさえてくれているからごまかせている、としてもだ。

 さすがにちょっと恥ずかしい。

 後頭部をわしわししていたら「ゆうしゃあああああああああああ!」ジャックが泣きそうなので、ひと息吐いた。

 クルルの耳を手で引き寄せて囁く。


「――」


 クルルにしか聞こえない声で言ったよ? ちゃんと。

 泣いても叫んでも止めないからなって。


「うんっ」


 そんな台詞に頬を赤らめて蕩けるほど嬉しそうな顔をするヒロインはどうかと思う。

 けどクルルにとってはその言葉こそ活力源になるそうです。


「――……~~っ」


 もうね。濃厚なやつでしたよ。

 傍から見てもわかる。濃厚なやつでしたよ。

 ペロリの目をさっとルカルーが隠すくらい、濃厚なやつでしたよ。


「いくよ」


 ふり返ったクルルに「はやくして!」と悲鳴をあげるジャックと男達。

 クルルが両手を雨の柱へと突きつける。

 マントがたなびいて、服越しにはっきりと身体中の紋様が光り輝いている様が見える。


「トゥス・レヘトヌ・リベラシオ!」


 淡いピンクの髪が津波の時同様に真っ白に染まった。

 マントの布地がはじけ飛び、背中の布地が切り裂かれる。

 二筋の隙間から生えたのは翼だ。白く無垢な翼。

 頭の上に浮かぶ緑色の光る輪の意味はなんなのか。


「いきましょうクルルさん! 愛は無限です!」


 蘭々と赤く輝く瞳、綺麗に整ったいつもの歯とちがう乱ぐい歯、角さえ晒してコハナが笑う。

 ――……取り返しのつかない何かを感じた。けれど、


「ルシエル!」


 詠唱はもう始まってしまった。

 ばき、と。

 クルルの身体から何かが割れた音がした。


「カシル・ルシエル!」


 桜色の輝きが増していく。

 それだけじゃない。

 白い布地に朱色が広がっていく。


「おねえちゃん……いっちゃうの?」


 ペロリの呟きが妙に心を揺さぶった。

 駆け寄ろうとした俺をコハナの片手が制する。


「えと・る・けっすぃー!」


 叫び声と共にクルルが両腕を左右へとこじあけた。

 その動きに呼応するように、雲が――……割れた。

 歓声を上げる男達の声に紛れてしまったけれど――そばにいたからはっきりと聞こえたんだ。

 果物が踏みつぶされるような音が。

 ふり返ったクルルの目は鮮血に染まっていて。

 白く染まったはずの髪が真っ赤になっていた。


「つぎは、たかゆきの、ばんだよ」


 笑って倒れる身体を受け止めた。

 けれどぞっとするほど冷たかった。


「どいて」


 頭が真っ白になった俺に優しくそう言うのはペロリで。


「ぺろりがなおすから」


 クルルの身体を抱き上げると、幼女ははっきりと宣言した。


「あんしんして、たおしてきて」


 船は進んでいく。

 雨が降り注ぐ左と右の間を。

 無傷で真っ直ぐ突き進んでいく。

 見上げる先にはウミヘビがいる。

 見上げて見える頭はどれほど高い位置にあるのか。


「あくまでコハナのお膳立てはここまでです……勇者の力を見せてもらいますよ」


 コハナに言いたいことは山ほどある。

 ペロリに「頼む……絶対に、頼む」とクルルを預けた。

 すぐさま治癒の奇跡を発動させるペロリ。


「みろ、だいじょうぶだ」


 豪語する幼女の言葉通り、クルルの顔色は少しずつ改善されていく。

 だから今は任せる。

 彼女の身体から放たれた魔力の大きすぎる反動ゆえ、か。

 足の隙間にちぎれかけのパンツがあったから手に巻き付けた。


「ルカルー。船を護ってもらえるか」

「それよりいい手がある」


 パンツを差し出してくれたルカルーに礼を言って、もう片手に巻き付けた。


「では――……いくぞ、勇者」

「おう」


 掴まれ、空にほうり投げられた。落下し始めた時には船から跳んだルカルーが俺の身体を全力で蹴り上げた。

 凄い勢いで発射されながら、俺はその手に大剣を掴む。もう片手にはフックショット。

 上昇の勢いが止まった時には、ウミヘビの身体を蹴るように駆け上がってきたルカルーが叫んだ。


「勇者!」


 咄嗟にフックショットをルカルーの進行方向だいぶ先めがけて発射する。

 海蛇の皮に無事突き刺さり、引き寄せられる。

 なにせ敵が巨大だから、相手はなにをされているのかもよくわかってないみたいだ。

 だからこそ、近づいた俺を跳んでルカルーが掴み、空へと最後の投擲を行った。

 なだらかになっている海蛇の背を越えて、やっとあいつの頭の上に到達した。

 そうそうチャンスはない。願い通りの位置に転移するような技があるならまだしも、だ。

 身体のうちにあるのは見下ろして見える高さに対する恐怖でも、それほど巨大な敵に対する畏怖でもない。

 落下していくルカルーは俺に親指を立てている。自分の心配をしろと叫びたい。

 それ以上に――……ああ。むかついている。

 見通しが甘いせいで、クルルに酷い目にあわせた自分にむかついている。

 その怒りに呼応するように全身の鎧が軋み、身体中を覆い始めた。

 食い込んでくる痛みはそのまま俺の怒りそのものだった。


「ねえタカユキ、聞こえる?」


 女神の声が頭の中に響いた。


「鎧の力は使いすぎないでね。元の世界に戻れなくなるから……女神との約束だよ」


 なら……ちょうどいい。戻る気なんてとうに失せてるさ。

 力がいるんだ。なんでもいい、全部持っていけ。

 クルルがそうしたように、俺だって。


「大丈夫だよ。あの魔法使いは天使の領域に片足を踏み入れた。繰り返せばただの人じゃいられなくなるけど……まだ戻れるから。だから泣かないで、タカユキ」


 泣いてない。風が目に当たって出た汗だ。


「あの子がいるなんて気づかなかった。あの子はすごく厄介なのに……ごめんなさい」


 俺も甘く見ていたからいいさ。気をつける。


「じゃあ……いい? いける?」


 ああ。

 鎧から身体中に何かが刺さってきた。

 心臓にもだ。

 冷たく痺れる痛みが熱に変わった直後。

 海蛇の頭が緩やかに俺を向いた。

 出来るなら――……数時間はあんたと戦闘していたいけど。


「悪いが待ってる女がいるんでな!」


 ただの一閃。

 すべてはそれで終わった。

 ――……かっこよく決めるならまあ、ここまででいいんだが。

 どんどん左右に割れていく海蛇の隙間をね。


 ひゅん!


 って通り過ぎた時に「あ、これは死ぬな」って思いました。

 凄い落下速度で落ちていくんだよな。

 鎧から感じる痛みもなにもかも失せて、点のように小さくなった船がどんどん大きくなっていくのが見えるね。

 ああ。無理だ。

 せめて海に落ちたなら、と思ったけども。

 確実に船に落下するルートでした。

 みんなを巻き添えにして、死ぬね。間違いない。

 船首にいるペロリとクルルが見えて「また教会に戻るのかな」って思った俺の身体は空中でびたりと制止した。

 船首の縁に腰掛けて人差し指を突きつけているのがコハナだ。ぱちんと指を鳴らすと、ちょっとの落下で俺は船に無事落ちた。

 へぶ!? くらいの衝撃で済みました。なにその擬音表現。雑か。


「だ、だいじょうぶか!?」

「さっきのねーちゃんの時も同じような落ち方だったけど」

「勇者さま一行ってのはすげえんだなあ」


 男達の話を察するに、ルカルーもコハナに助けられたみたいだな。

 しかもコハナの仕業ってばれてない。

 さっきは露骨に出ていた角も歯も目も、なにもかもがいつも通りに戻っていた。

 歓声をあげる男達をジャックがなだめ、行けるところまで行こうという話にまとまって船はどんどん北上を続けるんだけど。


「おねーちゃん……めをさますまで、じかんかかる」


 クルルに付き添って離れず、その手をかざして淡い光を注ぐペロリは汗だくだった。

 一仕事を終えたルカルーが付き添ってペロリの汗を拭う。

 ぐしゃぐしゃになったクルルの服を整え、隠しているコハナの腕を取って俺は船室に連れ込んだ。


「やん、もう……なんですか?」

「冗談はいい。さっきのクルルに起きたあれはなんだ、説明しろ」

「……へえ。のらりくらりしてただけで、実は本気なんですね。あの子のこと」


 鼻先を擽ろうとする尻尾を払い落として壁に追いやる。


「やん」

「クルルをどうする気だ」


 俺の怒りに向き合う気はないのか、視線を退屈そうに逸らす。


「魔王を倒すなら、人のままじゃ無理かなあって……前に説明しましたよね?」

「なにを」

「あの子の身体はもう、悪魔となんら変わらないって……さてここで問題。呪いを解いて悪魔と離れたあの子の身体はどうなるでしょう?」


 浮かべる笑顔は邪悪そのものだった。


「神に近づき、愛を糧に魔法を放つけもの。きっと魔王だっていちころですよ」


 黒目が割れた。

 黒く染まった白目に赤々と輝くヘビの目。


「まあ人の身で居続ければやがて愛の重さに身体が耐えられなくなって――ぱぁん!」


 手を強くたたき合わせたその音にびくっと震える。


「弾けちゃうでしょうけど……でもぉ。魔王を倒すくらいまでなら、もつんじゃないかなぁ」

「てめえ」

「怒ってもだめ。既に悪魔の手を離れている。だってあの子は女神と契約したの。そういう風にうわがいちゃった。やだー。コハナ有能すぎー」


 からかう声はこちらの激情を意図的に誘うものでしかなかった。

 だから精一杯深呼吸して、それから尋ねる。


「戻し方は」

「ないですよ。前にも言いましたよね? あの子が印と魔力を手放さない限り、戻れないって」

「なら!」


 戻ろうとした首を尻尾で締め付けられた。


「止めても無駄ですよ」


 何も言わずにふり返った俺に、悪魔は笑顔で言うのだ。


「ざぁんねんでした! 愛のためにあの子は死ぬまで魔法を使うの! だってそれが、あの子の存在意義だから!」


 吐き気を催す邪悪そのものだった。


「恋心を満たすために、あなたの愛をもらうために……自己主張するために。あの子は魔法を使い続けるの。そして愛を求めて死ぬんだわ! なんて美談なのかしら!?」


 心底、ぞっとした。


「何が……目的なんだ」

「べつにぃ? ……ちょっと面倒だから魔王を倒してもらえればいいかなって」

「嘘だ」

「だってコハナぁ、退屈は嫌いなんですよねぇ」

「お前は――……誰だ」


 後退る俺に背中からコウモリの羽根を生やして宙に浮かぶと、その影が彼女を包んだ。

 黒く燃える炎にこがされて影が晴れると、そこにいたのはもはやコハナではなかった。

 コハナの顔立ちをしている。けれど髪は赤く、長さは元とあまりにも違う。

 肌も病的なまでに白い。

 角と尻尾をもはや隠そうともしないで、懐からメガネを取り出して装着すると悪魔は言うのだ。


「あなたと契約した……あくまで死神デス★ きゃは!」


 二重苦かよ、と引きつったように笑えたのはむしろ僥倖に違いない。

 元ネタがさっと浮かんで消えるけど、今抱えている頭痛は今までに比べて深刻だった。




 つづく。

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