第三十九話
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まあ、覗きに行くよね。
お約束ですよ。夜の街に繰り出すのはそれからでも遅くはないし、せがれいじりは後ですりゃあいいさ! はは! 一度に三粒とるぜ、俺は!
宿の店主のおっちゃんにいい店ないか聞いたらさ。
「この街ならではってえと、飯とかもいいが……男の疲れを癒やすいいとこがあるぜ?」
「といいますと」
「おいおい、皆まで言うな。娼館だよ」
「……まじ?」
「良い子、揃ってるぜ?」
ぐっと親指を突き立てられました。
これはもう……行くしかないだろう!
「さっすが勇者。欲望に素直な勇気をお持ちだね」
「はは、照れるだろ……ん?」
街中を歩いていた時だった。
顔をあげると、お空に女神がいた。いつものパターンだ。
なぜかおでこに白い布を貼り付けている。
「……なにそれ。そのおでこの」
「ああ、冷たいシート。いやあ……怪盗団もうたわれもクリアしてさー。あたし頑張ったよ、女神がんばった。褒めて」
「なぜだろう。ちっとも褒めたくない」
「まあそれはいいや。今日はタカユキにありがたいお言葉を授けておこうと思ったの」
「……なんだよ」
「セーブは忘れずにね。クリアしたのにセーブせずにいたら停電して三時間巻き戻りとか……タカユキには味わって欲しくないから」
よく見ると目元のクマと腫れがひどい。
「……つまり? お前は失敗した、と?」
「うっさいわ! クリアしたからいーんだもん!」
ろくでもないな。
「とにかく! 教会でお祈りしないと城に戻っちゃうし、それだと時間の無駄じゃん? じゃ、そゆことで!」
「おい、それだけか! もっとこう、冒険のアドバイスはないんか!」
「甲冑と兜が手に入ったから新しい力が使えるかもねんねんねん……」
「セルフフェードうざっ」
消えやがった。
相変わらず雑だし適当なんだよなあ……まったくもう。
話しながら歩いていたせいでクルル達を見失った。
とりあえず目的地はわかっているわけだからな。迷わず温泉に向かう。
石壁と脱衣所などがある建物で覆われた温泉で、さてどう覗こうかと思ったんだが……
「あの、いったいなにを?」
男たちが闇に紛れて壁に張り付いていた。
その内、とりわけ屈強な眼帯男が俺に気づいて、人差し指を立てる。
「え? なに? いち? いち! いち! いーーーっち!」
叫んでみたら駆け寄ってきた眼帯男に頭を叩かれた。
「バカなの!? 静かにしろよ! 男の盟約だ。わかったら黙って立ち去れ」
「いやでも……なにやってんの?」
「ちっ……こい」
肩を抱かれて壁に引き寄せられる。
そっと覗け、と言われて壁に目を向けた。
男が俺の頭を掴んで動かす。するとどうだ、穴を発見したではないか。
「……お、おお?」
「静かに」
湯気にまぎれて風呂場の照明に照らされる――女体たち。
老いも若きも酸いも甘いも、女体にょたい。
まあみんな水着きてるけど。
「これは?」
「あんた、よそ者だな。いいか、女達は男のいない時間帯を見計らって湯に浸かっている」
「……つまり?」
「それを俺たちはこっそり覗いているというわけだ」
しょうもな! しょうもなさすぎて言葉を失うわ!
「感動のあまり言葉も出ないか、無理もない」
「こういう風に隠れて見るの、たまらないよなあ」
「ああ、娼館とはまた違う味わいがある」
「どうせなら水着も脱いでくれりゃあいいのに!」
「みんな黙れ! ウェイトレス一番人気のコハナちゃんが湯から出るぞ」
いっせいに黙り込む男達。
なぜだろう。
実は内心わくわくしていた気持ちが沈むのは。
「はあ……ん?」
ため息を吐きながらもコハナちゃんとやらを探していた時だ。
湯船に浸かっているクルルたちを見つけた。
クルルの耳がぴんと立っている……ことに、違和感を覚えた時だ。
「……え、なんで」
水着姿のクルルは俺のいる方をちらっと見て、軽く手を振ってきた。
隣にいるルカルーが鋭い目つきで睨んでくる。こちらも水着姿。
……あれ? もしかして、もしかしなくとも。
「ねえ、誰かさ。これバレてないか知らない?」
「バレるわけないだろ。バレてたら入るわけないだろ、混浴にも入ってこない女子たちだぞ」
眼帯男にいいから覗くなら黙れ、と言われて腑に落ちない気持ちで穴から離れる。
というか……なんだろう。
俺は無修正の直球ドストレートなエロを求めてここにきたのに。
健康的な肉体美(じゃない人もいたけども)を見せられて、これじゃない感。
考えてみればクルルの耳はすげえよくて、それはルカルーだって同じはずで。
にも関わらず素知らぬ顔で入っている。
しかも裸じゃなく水着で。
ううん……。
「やば! コハナちゃんが出てくるぞ!」
「髪を洗ってないからすぐにくる! 散開!」
男達が走って物陰に隠れるけど、俺はついていけずに立ちん坊。
だから噂のコハナちゃんとやらが出てくるところに出くわしてしまった。
物陰から一斉に慌てたような息づかいが聞こえてくる中で、
「あら? あなたは」
黒髪の長い髪をしたネコミミ尻尾の可愛いたゆんな女の子は、俺たちパーティーにお風呂のことを教えてくれたあのウェイトレスさんだった。
「やだもう。好きなんですね、こういうの」
「え、えっ」
恥じらうように笑う彼女に思わずどきっとしていたら、周囲を見渡した彼女が俺の手をきゅっと握って歩き出した。
「ちょ、ちょっと」
「ここじゃなんですから。ね?」
ふり返って微笑む彼女の笑顔は……なんだか懐かしさを覚えるものだった。
隣に並んで彼女の横顔を見る。
人形めいた美少女だらけのうちのパーティーに限らず、王国で出会う人たちと……どこかが違う。それは黒髪とか、顔立ちがそう見せるのかもしれない。
なんとなく……俺が元々いた世界でよく目にした顔に近いのだろう。
「そんなに私の顔、おかしいですか?」
「あっ、いや、可愛いなあ、と」
「そういう冗談言うの?」
「じょ、冗談なんかじゃ」
「あんなに可愛い女の子だらけの仲間と旅をしているから、慣れてるんだ?」
からかうように笑う彼女はお店で見たときよりも無防備に笑う。
「お酒入ってないのに、なんか本気にしちゃいそう。手を繋いでるからかな」
ふふ、と笑う。
……なに、これ。なんなの、これ。
可愛いんですけど!
「そろそろいっかな? 手、離す? それとも……繋いでる?」
指先をわざと絡めて微笑む彼女にてんぱる。
え、なにそれ。なにそれ。繋いでるっていったら繋いでいられるんですか。
それってなんか思わせぶりじゃないっすか。なんか期待しちゃうじゃないですか!
やだもー!
「なんてね」
そう言って一度きゅうと握ってから離される。
くるりと身を翻した彼女の尻尾が俺の顔をそっと撫でた。
思わずどきり。
一歩、二歩。
三歩進んでふり返った彼女は海と月明かりを背に立っていた。
それがまた……妙に絵になる光景だった。
この街の男達が夢中になるだけの何かが彼女にはあったんだ。
やばい。
ほぼほぼ初対面なのに、落ちかけてる。俺、落ちかけてる。
「変な街でしょ、ここ」
「お、おう……」
「覗かれるの承知でお風呂に入ってるんだよ? あの時間にいる女の人はね」
「な、なんで」
「ちょっとした……まあ、アピールかな。男の人たちは気づいてないけど、声よく聞こえるの。温泉の管理人さんがそういう魔法をかけてるんだよ」
えっと……それはつまり。
「俺たちが誰をどう見て、なんて感想をこぼしたのか筒抜け?」
「そういうこと。それで、意中の男の人の気持ちを探りつつ……体型を少し変える魔法をかけてもらって、好きな人を狙い撃つの」
マジで。それは、じゃあつまり。
「この街ならではの美容術なんだ。教会勤めの修道女さんとか、操を立ててる人以外はね? 夜に結構利用している社交場なのよ」
て、手玉に取られてる!
この街の男達の下心が! 見事に!
「娼館のお姉さま方も結構利用してるから……みんなの性癖も筒抜け」
……マジかー。
行く前でよかった。お世話になった嬢とクルルたちが会おうものなら死ねてたわー。
まあ、ナニに他の子の体液ついたら俺しぬんですけど。ははっ! ……はあ。
「きみの目当ては仲間の子かな? どの子だろ?」
やばっ。下手な返事をしようもんなら、クルルたちに変な伝わり方をして即死に繋がる予感!
ここはなんとかごまかさないと!
「い、いやあ! そのう、たまた――」
「たまたま通りがからないよねえ。こんな時間にあんな場所へは」
「おふっ……お風呂に入ろう、と」
「多分入れなかったと思うよ? この時間は清掃中ってことにして、女性しか通さないの。男の人も文句言わないし」
そりゃあまあ……覗けるもんな。単純か。
「ふふ、まあいいよ。ちょっとからかってみたかっただけ」
秘密にしといてあげる、と人差し指を立てたコハナちゃんに見とれる俺。ちょろし。
「またお店に来てね? うんとサービスするから」
「あ、ああ……」
「じゃあ……んー」
アゴに人差し指を当てて少し考え混むと「よし」小さく頷いて、彼女は俺の前に歩み寄ってきた。
「――……え」
そのまま背伸びして、俺の頬にキスをくれる。
「ん――……え、と。可愛いって言ってくれたお礼」
すごく、その。やわらかかったです。
「きみを見てると故郷を思い出すの……それに、初めて好みのタイプに会ったから!」
照れたようにはにかむ彼女は「いつもはしないんだよ? きみだけ」と俺に笑いかけて、すぐ。
「またね!」
手を小さく振ってから、駆け去って行った。
……やばい。
通おう。明日、あの居酒屋に行こう。
そう決意する俺。
実にちょろし。
ちょろくていい! こういうときめきはなんというか、新鮮で楽しいぞ!
デレデレしながら宿に帰ると、先に戻っていたクルルが半目で睨んできた。
「……鼻の下のびてる。それにお風呂出たら会うかと思ったらいなかったし」
「え、ええと」
「待って……すん? すんすん……」
俺のそばに歩み寄って鼻を鳴らすクルルが、ジト目で睨んできた。
「他の女の匂いがするよ」
お前なんなの。その、なんなの!
「え、と」
「服と靴を燃やされたくなかったら今すぐ吐いて」
両目から一切の光を失い、魔力の渦巻く右腕を突きつけてきたクルルに洗いざらい白状しました。怖い。嫁怖い。
「……はあ、ったくもう。タカユキって私より年上っぽいのに、そういう営業に弱いよね」
「えい、ぎょう?」
「タカユキたまに私のこと凄いばかあつかいするけど、今回は私の番かも」
腰に両手を当てて鼻息を出す俺の嫁。
「温泉がどう利用されているか聞いたでしょ?」
「そりゃあ、まあ」
「ルカルーとペロリは普通にすぐお風呂浴びたいから行ったけど、私の場合は察しの良いタカユキが追いかけてくるだろうと思って行ったの」
おいこれ……凄い自爆してないか?
「そこいくと、娼館やああいう客商売で行く子なんかは、男性の人気を集めるために利用しているってわけ」
「……え、と?」
「つまり、男心をくすぐって自分の愛好家を増やそうって魂胆かな」
「まじか」
「それだけかどうかはコハナって子の本音を聞かなきゃわからないけど」
「キスも嘘か――いでででで!」
ほっぺをぎゅううっと摘ままれました。
「勇者だから女の子を落とす不思議な力があるのかな。でもルカルー達はそうでもなさそうだし……ううん、とにかくその子は要注意かな」
「いたたたったたたっ! ちょ、ほっ、ほっぺ!」
「下手なアプローチするより素直に二人で入れる時間を探ればよかったかも。タカユキを一人にしたら危険……待って? お風呂覗いたあと、素直に宿に戻る気でした?」
なにその嗅覚。
ほっぺたから指は離れたけど、足が。足が。俺の足をめっちゃ踏んでる!
逃がさないから、といわんばかりに! 力強く!
「そういえば店主さんがタカユキは今日帰りが遅いかも、とかいってた」
ちょ、おっちゃん! なに気ぃつかってくれてんの!
ありがた迷惑だよ! うれしいけど!
「……たかゆき?」
光の灯らない目で見つめられて、思わず言ってしまう。
「い、いってない! 娼館とかぜんぜん、ちっとも!」
「……へえ。なんで、娼館があるって知っているのかな?」
「ひっ」
感情の抜けた顔で見つめられた俺は死を覚悟した。
「これはおしおきが必要かな」
「ちょ、まっ、あー!!!」
えっちな夜遊びは二度とするまい。
そう誓うのに十分な夜でした、まる。
つづく。




