第三十話
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執務に出る、というクラリスは妙にあっさりしていた。
「あれ。なんか……素っ気ない?」
「いえ……王家との繋がりを経験した殿方は、魂が縛られる。そういう薬を使いましたし、そういう夜を……過ごしたはずですから」
妙にどきっとする流し目つきでした。
股間によろしくない。
再会を約束して、宿の部屋に戻ったんだけども。
「……タカユキの裏切り者」
ほっぺたが膨らみすぎです。
ハムスターかな?
クルルの不機嫌が凄い。
「えっと……」
「皇女様としたでしょ」
「……ううん」
なんでバレてるのかな。
「耳はいいんだから。二日酔いをおして探しに行ったら、まさか館から声が聞こえてくるとは思わなかったよ……」
な、なるほど。
「クラリス様のことだから……後宮のこととか多夫多妻のこと明かして、流されたんでしょ」
っていうかお前、俺のことわかりすぎじゃない?
なんなの? 正妻なの?
「ま、まあ……その、なんだ」
「パンツが必要で、どうせだし皇女様のパンツをもらうついでにちょちょいと一発てきな考えだったんでしょ」
「その通りでございます」
「不潔だよ……最低だよ……変態勇者だよ……ぐすっ」
えっと。怒るよりもめそめそ泣かれる方がダメージ大きいんですけど。
「タカユキ正座」
「はい」
反抗できない。
罪悪感がマッハで極値です。
そんな俺の前に来て、クルルまで正座した。
向かい合う俺たち。
「そりゃあさ。色々あったけど。私はタカユキの一番そばで、勇者の従者として。お互いにかけがえのない関係を築けたらいいなあと思っていたわけ」
俺の膝をぺし、ぺし、と力なく叩いてくる。
「助けてくれたし。まあ。その。そろそろ、いいかなあ? って思ってたんだよ? なのにさ。これはさ……ひどいじゃん」
力ないスナップと一緒にぽた、ぽたと涙が落ちる。
「そりゃあ、さ。勇者は、さ。パンツが必要だから。かつての勇者たちは大勢の女の子たちとさ。えっちなことしまくりでさ。その時代の皇女と結婚してさ。他の女子を後宮に迎えてさ。世界を救った後は放蕩の限りみたいでしたけど」
そんな事実があったんすか、と言い出せない空気があった。
「……私はさ。タカユキはそういう勇者じゃないと信じてたの。信じたいから言わなかったし……そりゃあ流されて私としちゃう勇者だったけどさ。なんていうかな……やっぱり男なんだね」
手を俺の膝に置いて、ふるるっと震えながらぐすぐす鼻を鳴らす。
「私はタカユキの……なに?」
こ、このバッドエンド感!!!!!
ごめん! ごめんて! 謝っても謝り尽くせないけれども!
「きっと、きっとこの先もいっぱい女の子出てきて、タカユキはしちゃうんでしょ?」
目は涙でぐずぐず、鼻は真っ赤。ほっぺたも腫れて見える。
「そしたら、私なんてどうでもよくなるにちがいないよ……後宮にいれられて、たまに呼び出されるくらいの女になっちゃうんだあ!」
うわああああん! と。
全力で泣かれてしまいました。
と、とりあえずあれか? 謝って、思いを告げたりして、とかやる場か?
そう思いつつ、下手なことを言えない状況にてんぱっていた時でした。
クルルの背中に小さな光を背にした小さな女神がいました。
プラカードを手にしていて、そこに何かを書きこんで?
『やーい。ハーレム野郎は地獄へ落ちろ!』
てっめ! 睨んだ瞬間女神は消えた。
ああくそ。覚えてろよ……! でも確かにこれは身から出たさび。
なんとかせねば。
「な、なあクルル。俺が悪かった。クラリスは魅力的で、流されたのは事実だ」
「ひどいよおおおお! もう名前呼び捨てとかあああ! 関係が進展してるよおおお!」
幼稚化してる! ああでもそこまで追い詰めたのは俺だしな……。
「でも、後宮なんて実感がないし。俺にとって、お前は唯一無二の大事な仲間だ」
「で、でも、仲間であって、それ以外のなにものでもないんだああ!」
妙にネガティブ!
「いやだから、その……」
「口籠もる程度なんだあああ!」
「ああもう! お前が一番大事だっちゅうに!」
「……ほんと?」
ここでちょろいのはどうかと思うぞ!
「じゃあなんで浮気したの?」
……やっぱりちょろい方が助かります。
「それ、は、だな……」
「また浮気するんでしょ……?」
「その、だな……」
「パンツもらう関係になるために……私のパンツだけじゃだめに違いないよ……」
う、ううん。
いっそ「どういうのが理想?」とか聞けたらいいんだけど。
それは最低野郎感がひどいので難しい。
「これから先の戦いは激しくなる可能性がある。だからパンツは必要だ」
「……うん」
俯いて、ぽたぽた涙をこぼすクルルに罪悪感が。つらい。
「一発やれるくらいの関係でもなきゃ、パンツはそうそう貸してもらえないだろう」
「……ひっく、ぐすっ……うん」
「でも、それでお前が傷つくならもう、やるのはやめる」
片っ端からもらう、みたいな方が武器は豊富になるだろうけど。
それは昨夜、クラリスが試す機会をくれたから無駄だとわかっている。
そんじょそこらのパンツじゃだめなんだ。
「俺の仲間……俺にとって大事なヤツのパンツじゃなきゃ駄目だと思うんだ」
「……だから、するの?」
「最低限、な」
「……やだよ」
俺の膝の布地をきゅっと握ってくる。
いじらしくて可愛くてしょうがないし、頷きたいけど。
コレから先、何が起きるかわからないから……言えるのは。
「俺のメインはどんな武器が出てこようがお前のパンツから出たあの大剣だけだ」
これだけだ。
「タカユキぃ……嬉しいけど、それでも、やだよう」
そして当然、それじゃ足りないのだ。
ぽろぽろ泣きながら訴えてくるクルルに頷く。
「最低限っていったろ? これ以上増やす気はない」
「……ほんと?」
「おう。ルカルーとはそんな空気にならないだろうし、ペロリは言わずもがなだ」
「クラリス様は?」
「……なるたけ、頑張る」
「ばか、さいてい、かはんしんやろー」
ぺしぺしぺしぺし。
そんなに叩かれても何も出ませんよ。
「そっちも、なんとかするから」
「……ぜったい? うそつかない? ちかう?」
「おう」
「……私のこと、好き?」
「そりゃあ……好きだぞ?」
「じゃあ……証明して」
「……ええと」
「上書き! するの……タカユキのした最近がクラリス様なのは、いや。ぜったい、ぜったい……クラリス様としたら、私で上書きするの」
独占欲……。
いじらしくて可愛いんだけど、いいんだろうか。
俺にとっては幸せなんだけども。
「ん……っ!」
口づけしてすぐ、目をくわっと見開いてクルルが離れた。
「なんか前と違う! やだ!」
「えー」
違わないって。考えすぎだって。
「もっと、こう……」
鼻を鳴らして甘えてくるクルルの言いなりになるばかりです。
こんなことばっかりしているから、旅とかする以前に時間が過ぎていくばっかりなんだな。
夜になってやっと疲れて眠ったクルルの頭を撫でて、服を着て出て。
減りまくりの腹を満たすべく一階の食堂に降りたらルカルーがあきれ顔で言った。
「勇者様はおさかんだな」
「おさかんってどういういみだ? ぼくにもわかるようにせつめいしてよ」
「ペロリは知らなくていいこと。それより、パンツ」
半目のルカルーにパンツを返したら「んぅ?」小首を傾げるペロリ。
あれだな。パーティー間で関係があるとこういう時の気まずさがやばいな。
まあでも俺たちはこうなのだから、やっていかねばならない。
さて、どうしたものかと悩んでいたら、ルカルーが女将に注文してくれた。
「精のつくもの用意してもらった。大人しく食べろ」
「……意外。ルカルーは俺のこと軽蔑するかと」
「雌をどれだけ抱えられるかは雄の甲斐性。ルカルーはまだ値踏みしているが……ともあれ。ウサギの面倒をみるのはお前の役割」
結構サバサバしてるのな。
ありがたし。
実感するわ。
俺は仲間の好意や優しさ、思いやりでここまできているな。
大事にしよう。
クラリスの誘惑には抗えなかったが、もう二度とクルルを裏切る真似はするまい!
どんな魔物だろうとかかってこい! ってもんさ!
つづく。