第十九話
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快眠を貪ったクルルは警備を担う騎士団駐在所に連絡しに行くと言って外出した。
そのため朝食後は妙にテンションが低いルカルーと二人きりになってしまった。
「……がう」
ぶすっとした顔でベッドに寝そべるルカルーはたまに、俺を睨んでくる。
その時は決まって頭の上に生えた両手で耳をぱたんと閉じるのだ。
「な、なにアピール?」
「耳を……襲われるかな、と」
なんですと。
「おおおお、起きてました? 昨夜」
「すごい技を持っているようだな、勇者は」
も、物凄い不機嫌そうな声でいらっしゃるー!
っていうか起きていらっしゃいましたよね-!
「す、すまん。うるさくして申し訳ない」
「別にいい……だが、ああいうことする日は二人と違う寝室にしてもらいたい。気まずい。恥ずかしい……落ち着かない」
「……お、おう」
なんか、その……すまん!
「……気持ちよさそうだった」
ん?
「なにかな?」
「……耳。べ、別にやってくれと頼む気はないが」
視線がうろちょろしてますけど。どうした、ルカルー。
「耳掃除してもらいたいのか」
「す、少し興味があるだけだ。勇者が使っていた、あの器具の力か?」
ふんす、と鼻息も荒く言い返してきました。
この世界の常識があるかどうかでいくと、正直微妙な俺だが。
「他人にしてもらうから気持ちいいのだと思うぞ」
「……ならルカルーは諦めることにする。勇者に腹を見せる気はないからな!」
ふいっと顔を背けられたけど、尻尾はぱたぱた振っている。
微笑ましく見守っていたら「はっ!?」としたルカルーが歯を向けてきた。
「ぐるるるる……」
気高くあろうとするつもりか、それとも威嚇のつもりなのだろうか?
ルカルーの尻尾がぶわっと大きく広がった。
「さ、さっさと洗濯してこい!」
「そうだな」
断る理由もない、というか……ルカルー対策はまだ用意出来ていなかったからな。
ここは素直に従っておこう。
俺のベッドの布団とシーツを取って抱え部屋を出る。
そっと匂いを嗅いだら、まあ……その。女子の体液の匂い、すさまじく。
宿の人が洗濯してくれるというので預けた。
すぐに部屋に戻るのも、ルカルーの機嫌を損ねるだけなのが目に見えている。
クルルを探すか、それともルカルーと仲良くなる術を探すか……?
ぶらぶらと歩いて、けれど来訪者の俺には村に居場所なんてなく。
結局、村の外に出て少し離れたところにある小高い丘に辿り着いた。
白い花の咲き誇る綺麗な場所だ。村が一望できるのもポイント高し。
落ち着いて考えるべく横にでもなろうとした時だった。
「ねえタカユキ」
隣に女神が笑顔で寝そべっていた。
「来ちゃった」
「普通に出てこないでもらえます?」
思わず半目で睨む俺だった。
「思い出して欲しいんだけど。あなた、この世界のなんなのさ」
「勇者ですけど」
「んっ、んっ。そうね。覚えていてくれて女神超嬉しい」
胡散臭い笑顔で何度も頷かれる。
普段はまぎれちゃいるが透け感のある白いローブに包まれた大きく形のいいおちちが揺れて、扇情的。さすが女神、悩ましいボディだ……。
「でもいま女神の身体を視姦しちゃうタカユキにね? 思い出して欲しいわけ。勇者の役目ってなにかな?」
「魔王を倒すことだ」
そこに迷いはない。
クルルや、最初に出会ったあの皇女さまの言葉を聞く限り、勇者の目的はそこにある。
「そうだね。そう。この王国のお姫さまにお願いされた目的とか、覚えてる?」
「村の問題を解決する……したぞ?」
「その次の目的はなあに?」
「……ルカルーを魔物にしたヤツをどうにかする?」
「そうだね。そう。しかるにタカユキ、今あなたがしているのは?」
花畑のある丘を見渡して、腰を下ろそうとしていた自分を見つめ直す。
「昼寝?」
「うん、そう。うん、そう。でも違うぜ? おかしいよね?」
「いや、でも女神……パーティーの仲が良くないと、冒険が円滑に進まない気がするし。俺はどうするべきか悩んでいるだけなんだが」
「それ。それよそれ。あのね? タカユキ。恋愛ゲームじゃないんだぜ? 冒険だぜ? 冒険の範囲に留めようぜ? ギャルゲー的攻略はいらないぜ? この村に永遠に泊まるわけにはいかないんだぜ?」
「……そうはいうが。みんな仲いい方がよくないか?」
「一理ある!」
女神は深々と頷いた。
「だがタカユキ、もう一度目的を思い出してみよう。きみはみんなと仲良くするためにそこにいるのかい?」
「……魔王を倒すために冒険している?」
「よかったー、女神ほっとした」
ぼんやり頷いた俺を女神はまばたき多めに見つめてくる。
「はいもう一度復唱。タカユキの旅の目的は?」
「魔王を倒すこと」
「で、今あなたがしようとしているのは?」
「ひる……ね?」
「昨夜あなたがウサギ娘にしたのはなあに?」
「耳掃除?」
「次に攻略しようとしているのは?」
「ルカルー」
そこまで言ってから、少し考えてみる。
なんで攻略しようとしているのか、まったく考えてなかったな。
……はは!
俺ばかなのかな?
「ぱ……パンツが欲しかってん」
以上、俺の震え声でした。
「そうそれ。そこが大事。ね? タカくんはなんでパンツが欲しいのかな?」
「武器が……増える。強くなるから?」
マジでガキみたいな口調で非常に申し訳ない。
「そうね、ほんとそう。それな。それだよ。忘れないで」
笑顔なのに怒ってる。女神ちょう怒ってる……。
「タカくん。そんなあなたの旅の目的は?」
「魔王を……倒す。なあ、この流れくどくないか?」
「覚えておいて欲しいわけ。魔王を倒すためには、パンツが必要なのよ。タカくん、試しにウサミミ娘のパンツで武器出してごらんなさい」
言われるままにクルルのパンツをかぶって大剣を出そうと試みた。
だが……でない。でないぞ? どうしたことだ!
あわてて女神のパンツを出して念じてみるのだが……
何も起きなかった。
したり顔の女神が自分のパンツを俺からひょいっと奪い取って懐にしまう。
「匂いがね、消えるとね? でないの。脱ぎたてほど強いし、時間が過ぎたパンツはもう……ただの布きれなわけ。わかる?」
「俺には……女子の脱ぎたてパンツが必要?」
というかそのパンツ返して欲しい。大事にしたかったのに。それを取るなんてとんでもない。
俺の考えなんてどうでもいいのだろう。
一度男に取られたパンツをしまったところを撫でながら女神がほっとした顔で頷いた。
「そう! それよ、タカくん! あなたはね? そういう勇者なの。はい復唱! わたしは女子の脱ぎたてパンツが必要な男です」
「わたしは……女子の脱ぎたてパンツが必要な男です」
「そのために仲良くなったりはしますが、あくまでパンツをもらえる関係になるための手段に過ぎません」
素直に復唱してから言い返す。
「脱ぎたてパンツをもらうための手段として仲良くなるのは、あんまりじゃないか?」
「そうだね。その通りだと女神も思う。その気持ちは大事にしておいて欲しい。女子を大事にする心が勇者だよね★ 今までのように、ううん。今以上に大事にしてあげて欲しいゾ★」
うわきつ。っていかん。美人だから似合っちゃいるが、待て待て。
「じゃあルカルーを攻略しつつクルルとさらにいい関係になるのも問題がないのでは? それこそ一週間くらい滞在してあの手この手を試すべきでは?」
「はいそこね。冒険じゃなくなってるぅーーーーからの! 女神レーザー!」
かっと見開いた瞳から極太レーザーが放たれて、俺の頭の余計な考えを焼き尽くした。
「さあタカユキ。勇者のあなたは何をする人ですか」
「魔王を倒す! 女子から脱ぎたてパンツをもらえる男になるぞ! うおおおおおおおおおおおおお!」
頭の中にあるのはそれだけだ!
走りだす俺の背中から「大丈夫かな」という女神の声が聞こえるのだった。
◆
宿に戻るとクルルとルカルーがベッドで寝そべってだらだらしていたので、俺は声を上げた。
「いくぞ! 魔王を倒すべく、まずはルカルーを魔物にした女を追う!」
「ど、どうしたの? 急に」
「……まあ、出かけるのを待ってはいたけど」
どうしたの急にやる気になって、などとまどろっこしいことを言う二人に「だまらっしゃい!」と言った後、クルルの肩を掴んだ。
「そこでクルル! お前の脱ぎたてパンツが欲しい!」
「へっ!?」
「俺にはお前の脱ぎたてパンツが必要なんだ!」
「え、あ、え、やだ困る、え」
「さあ! さあ!」
「ちょ、パンツを押しつけないで! 履かせようとしないで! っていうかその上で脱がすの!? わ、わかった! わかったから! 自分でするからお願い待って!」
顔を真っ赤にして抗議するクルルから無事脱ぎたてパンツを獲得した俺は、どん引きしているルカルーの背を押して村を飛び出した。
するとどうしたことだ。
空で稲光がまたたき、笑顔なのにこめかみに血管を浮かべた女神が見下ろしてきた。
「なんだ、女神。たびたび出てきて」
「おいばか! ばか! 三回言うぞ、ばかばかばか! タカユキ、ウサミミ娘をご覧なさい」
「え……」
隣を見ると、クルルはぶすっとほっぺたを膨らましていた。
立ち止まっているのが退屈なのか、不機嫌そうに足でばしばし地面を蹴っている。
「なんか……不機嫌そうですね」
「そうだよね。ねえ狼娘、それはなんでだと思うかな?」
大仰に頷いた女神を見上げて、それから俺を横目で睨むルカルー。
「いきなりパンツをくれと言われて喜ぶ女子はいない。普通はそう。ルカルーどん引き」
「なんだと!?」
ぎょっとした俺に女神は笑顔で言った。
「迷走しているからね、タカユキ。落ち着け? 深呼吸して考えてみよう。ね?」
「すううう……はあああ」
「狼娘の言うこと、わかるよね?」
……あっ。
「た、確かにそうだ」
「落ち着け★ 女神レーザーききすぎちゃったね、女神もいま凄い反省してる。うっかりしてたけど、パンツを取り返せてついね。うっかりぃー」
てへ! と舌を出されても、ちょっと困る。
「だからね? タカユキ。今までのようなノリで、目的だけ忘れずに行動してくれればいいよ。ねっ?」
「あ……ああ」
妙に気が急いていたようだ。
目的に夢中になるあまり、何でもやってしまえという気持ちが湧いてきたというか。
冷静になってみれば、なるほど確かに……クルルの性格を考えるまでもなく、脱ぎたてパンツをよこせといったら普通は怒るか引くか呆れる。
つい……今までもらえていたパンツだったから油断していた。
「クルル、すまん」
「……ふん」
ばしばし地面を蹴るクルルの機嫌は、当分直りそうにない。
「そりゃあタカユキはパンツが必要な勇者だから、くれっていわれればあげるしかないけど。だからって物事には順序が……せっかく昨日は少し見直そうって思ったのに……ほんと、まったく」
どんどん地面が抉れていくんですが。
むしろお前、魔法使うより足つかった方がいいのでは?
「まあほんとさ、しっかり仲良く旅をしてくれよ。目的を忘れずにさ。まっすぐざっくり向かってくれよ」
「なんでざっくりなんだよ」
「あと女神アンテナ的にエルサレンには結構な数の魔物がいるっぽいから、気をつけてがんばってね……てね、てねてねてね」
セルフフェードアウトしつつ女神が消えていった。
「勇者の言葉をスルーした上に、大事なことを最後にさらっと呟いて消えたぞ」
呆れ気味のルカルーに返事をするよりも、不機嫌な顔をしているクルルにどう謝るべきかで俺は早くも頭がいっぱいになっていた。
「く、クルル。パンツ返そうか?」
「……いい」
そういうことじゃねーから。
まるでそう言いたげな仏頂面だ。あと足の動きが加速した。
見かねたルカルーが耳打ちしてきた。
「素直に謝り、なんでも一つ言うことを聞くとか言っておけ」
すごく悩んで、言い方を変えようか考え……結局そのまま素直に言った。
「すまん。今後は気をつける。なんでも言うことを一つ聞くから、許してくれ」
「それで謝ってるつもり?」
ジト目だ。ジト目で睨まれた。
「今夜も耳かきね」
ちょろい。
「膝枕もね。私がいいって言うまでやるのよ」
「はい」
「それからえっちはお預け」
「うす。当然っす。自分従うっす」
「あとは……そうね。今後、私が魔法を使った後は必ず耳掃除をすること。いい?」
一つどころではないんだが、それは。
「勇者、ここは素直に頷いておけ」
「お、おう」
ルカルーに肘でつつかれて「わかった」と頷くと、クルルはやっと「もう二度と同じことしないでよ」と言って表情を和らげてくれた。
ほっと息を吐き出そうとした時だった。
「この変態」
ふり返ったクルルが笑顔でべえ、と舌を出したのは。
似合いすぎてやばかった。
……そういう不意打ちやめてくれないかな。
「勇者。顔が赤いぞ?」
ルカルーの視線から逃れるように、早歩きで先へと進むのだった。
つづく。




