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タイトル未定2026/04/12 03:34

 その夜薄手の長袖に、ジーパンとスニーカーを履いたラフな格好をしたマスターは、bar「ジェシカ」の扉の前に立った。

 流花がしばらくの間、バイトを休むと言うので、厨房で料理を作るたきこに「今夜は営業をしないので、休んでください」とラインを送った。

 マスターはこれを機会に在庫整理をする為、barを臨時休業にした。

 辺りは日が伸びて、ほのかにうす暗かった。

 扉の鍵を開けた時、背後で人の気配を感じ、ゆっくり振り返った。

「……流花」

 少し離れた場所で、流花が立っていた。

 昼間若菜と会っていた流花は、若菜と別れた後そのまま、bar「ジェシカ」に行ったのだった。

「バイトを休むと……」

 そこまで言いかけたマスターは、大きくbarの扉を開いた。

「どうぞ、入ってください」

 流花はマスターに背中をそっと押されながら、barの中に入った。

 店の中に入ると、流花はマスターに聞いた。

「マスター、お店は?」

「流花がしばらく休むと言うので、たきさんにも休んでいただいて、在庫整理をする為に。流花は、どうしてここへ?」

 しばらくの間黙っていた流花だったが、マスターを見つめて言った。

「マスターに、会いたくなりました……と言うのは駄目ですか?」

 流花の言葉に、マスターは少し照れながら言った。

「在庫整理は、またにします。流花、カウンターに座ってください」

 流花は黙ったままカウンターに行き、カウンターの椅子に腰掛けた。

 マスターは、カウンターの中に入って行った。

 その姿を見届けてから、流花が言った。

「マスター、マスターとビールが飲みたいです」

 マスターは少し驚いた表情をしたが、黙ったままビールと二つのグラスを出し、グラスにビールを注いだ。

 マスターがカウンターの中の椅子に座り、静かにグラスが鳴った。

 流花は一気に半分程飲み、息をついた。

「飲めるんですね」

 言いながら、マスターは流花のグラスにビールを注いだ。

 マスターと流花は、静かにビールを飲んだ。

 ふと、流花が切り出した。

「……隣に行っても良いですか?」

 流花の言葉にマスターは、椅子を一つ用意をした。

 流花はカウンターの中に入り、マスターの隣に座った。

「私、マスターに嘘をついていました」

「嘘……?」

「マスター私に、異性と付き合ったことがあるんですか?って、聞いたよね。覚えてますか?」

「はい、聞きました。……えっ、付き合ったことがあるんですか?」

 慌てるマスターに、流花は首を横に振りながら笑った。

「母は夜の仕事をしていて、夜中に取っ替え引っ替え、よく男を部屋に連れてきて、男達に私は性的対象のような目で見られていたと言ったけど、本当は……それだけじゃなかった」

 マスターは黙ったまま、次の言葉を待った。

「……あの夜、私は夜中に目が覚めて部屋から出たら、母親が連れて来た店の客の男に抱きしめられ、押し倒されました。なんとか逃げ出し、裸足のまま外に逃げ出しました」

「お母さんは?」

「酔いつぶれていました。朝そのことを言ったら、大事な客だからそれくらい我慢しろと言われました」

 うつむいて言う流花を、マスターは我知らずに抱きしめていた。

 流花は、マスターの胸の中で続けた。

「以来必要以上に、母親と口をきいていません。私は異性を、信用できなくなりました。マスターが優しくしてくれるほど、いつか裏切られるんじゃないかって……怖かった。だから優しさに甘えちゃいけないと、自分に言い聞かせていました。あの夜……」

「あの夜……?何か、あったんですか?」

 流花は大学の帰り道、偶然馬場と出会い居酒屋に行ったことを、思い出していた。

 帰り道、千鳥足の男たちに絡まれそうになった。

「馬場さんと居酒屋に行った帰り道……」

 抱いていた流花の肩を両手で掴んだマスターは、流花と少し距離をとって、流花の言葉を遮った。

「馬場さんと、飲みに行ったんですか?」

「偶然、馬場さんと会って」

「そう……ですか」

 嫉妬が含んだ声のマスターに、なぜか少しだけ嬉しくなった流花は、マスターの顔を見て続けた。

「居酒屋に行った帰り道、絡まれそうになった私を馬場さんが守ってくれました。でも、あの時のことを思い出してしまい、また男性が怖くなり、夜道を歩くのも怖くなった」

 マスターは、きつく流花を抱きしめた。

「もう、いい。もう、何も言わないでください」

「……私、マスターに素っ気ない態度をとっていたのに」

「辛い記憶が、フラッシュバックしたんですね……ハッキリしないボクが悪いんです。ボクは、流花が側にいてくれるだけで、嬉しかった。流花を失うのが怖かった。だから、何も言えなかった。でも、それじゃ駄目なんだ。ボクは、流花を失いたくありません。流花が、好きです」

 流花はマスターから離れ、マスターをみつめた。

「ボクは、大門を育てています。こんなボクでも、良いですか?」

 ……私は、マスターが好きだったんだ。

 マスターに対する自分の想いに、流花は初めて気がついた。

「はい。私も……マスターが好きです」

 マスターは、流花がつけていた指輪が付いていたネックレスをそっと外した。

「マスター……?」

「この指輪は、大門に託します。元々この指輪は、大門の母親の物ですから」

「……うん」

「二人で、ペアリングを探しにいきませんか?」

 流花はそっとマスターの胸に顔を埋め、目を閉じて微笑みながらゆっくり頷いた。


完結

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