【第一章】第四話~中心~
学校を終えて一人夏希は紗枝のいる書店へと向かった。
そうして紗枝にこの世界がループしているんじゃないかと思い切って相談してみる。
紗枝は笑わず、一つの仮説を夏希に言うのだった……。
「ちょっと寄るとこがあるから」
部活を終えて途中まで一緒に帰っていた涼香にそう告げると、私はバスに乗ってバイト先の書店へと向かった。涼香は付いて行きたそうだったけど、部活終わりだと遅くなってしまうから門限を守れないため泣く泣く諦めたみたいだった。
実は朝から行こうと考えていた。だってそこには紗枝さんがいるから。
いつも紗枝さんは私に謎めいた言葉を投げかけていた。この前まではわからなかったけど、私が時間が戻っている事を匂わせているような事も言っていた。もしかしたら、何か知っているかもしれない。
藁にもすがる思い、か細い頼みの綱、いや糸。それでも私のこの話を聞いてくれ、かつ理解してくれそうなのはもう紗枝さんしかいない。
バスが書店の近くで停車すると、私は駆け足でそこへ向かう。そうして正面入口から入れば、いつものようにレジ前で本を読んでいる紗枝さんがいた。ショートヘアで伏し目がちなその姿は大人の色気があり、私が入っても気付かないような集中力はまるで一流のピアニストのよう。
「紗枝さん、こんにちは」
少し大きな声で挨拶すると、紗枝さんがゆっくりと本から目を話してこちらを見てくれた。
「こんにちは。バイト、じゃないんでしょう?」
私はその言葉に静かにうなずく。ここに来るまでの覚悟をもう一度しっかり見詰めて。
「はい。紗枝さんとお話したい事がありまして」
「……ここじゃなんだから、裏で話しましょう。ちょっと店長に代わってもらうね」
紗枝さんは奥にいた店長の所に行き、呼び出してきた。店長は私を見るなり嬉しそうにしていたので、私も挨拶を返す。店長がレジへと向かうと、私と紗枝さんは奥の事務所へと向かった。
こじんまりとした事務所は色んな書類などが積み重なっており、一見するとかなり乱雑に見える。小さな机と椅子、そして発注などをするパソコンが置かれているこの部屋は休憩室も兼ねており、こうして話をするのもよくある事だ。
「で、どう言う話なの?」
机を挟んで向かい合うように座ると、さっそく紗枝さんが話を振ってきた。
「あの、昨日紗枝さんと話してから……変な話だってのは十分自覚しているんですけど、未来が見えるんです。例えばこの店が潰れるとか、友達が失踪したりとか交通事故に遭ったりとか、そんな不吉な未来が」
「夢とかストレスによる妄想とかではないの?」
至極当然の疑問、私だって何度も考えた。でも、きっと違う。
「違う……とはまぁ、言い切れないです。だってまだ起こっていないから。でも、凄くその記憶がリアルで、まるで体験してきたかのようなリアリティがあるんです。間違いなく起こるだろう未来みたいな感じなんです。こんな事、誰に言っても絶対信じてもらえなくて」
「で、私に相談したわけ?」
私はすがるように紗枝さんを見ると、必死にうなずいた。
「紗枝さんはたくさん本を読んでいるし、知識も豊富だから何かわかるかなと思って」
ゆっくりと紗枝さんが腕組みし、何度かうなずく。それは何に対してうなずいてるのかわからないけど、拒絶の様子は無さそうだ。
「夏希ちゃんはどう思ってるの? ただわからないだけなの? それとも何かしらの答えの断片をつかんでいるから私に相談しに来たの?」
こんな事、言ったら馬鹿にされるだろう。そんな事はわかってる。だからこそ紗枝さんの所に来たのだ。この人はどんな事でも馬鹿にしたりせず、受け止めてくれるのだから。そうして色々親身に考えてくれる。
「私、この世界が同じ一年を繰り返しているように思うんです」
「繰り返してる? つまり夏希ちゃんの仮説だと、この一年がある時を迎えたらまた元に戻っているって事? ループしているかのように」
「はい。いや、変な事を言ってるんだってのはわかっているんです。ただ」
「今はそういうのいらない。夏希ちゃんが考えた仮定を理由含めて教えて」
言い訳や予防線をピシャリと遮るように紗枝さんが言うと、私は一つ大きな深呼吸をしてからまた覚悟を固めた。
「……同じような事件でも、時期がずれている記憶があるんです。さっき言った友達の失踪、これも秋であったり冬であったりする記憶がごっちゃになっているんです。でも、どれも体験したかのような感じがするんです。多分、どれも体験している。という事は私は何度も同じ一年を経験し、また戻っているんじゃないかって」
ゆっくりと何度も紗枝さんがうなずく。一度たりとも馬鹿にしたような表情や言葉が無いからこそ、私も胸の奥に溜まっていた不安や仮説が水が流れるように出てくる。
「どの記憶も、高校二年生での記憶。だから一年を繰り返しているんじゃないかって思っているんです。ただ、見える未来は私の友達が不幸になる未来しか見えない。もしくは私が死んでしまう未来。それが怖くて、どうすればいいのかなと」
「……一ついいかな」
紗枝さんの言葉に私は居住まいを正し、耳を傾ける。
「こういう話を知ってるかな。臓器移植をしてもらった人がある時、自分では見た事も聞いた事も無い記憶が浮かんだ。それを追求すると、提供した臓器の人、つまりドナーだね。ドナーの記憶が乗り移ったんだという事例がある。角膜移植なんかでは自分じゃ見た事も無い光景が浮かび、それはドナーが愛していた光景だったという事もある」
紗枝さんは考え込むようにぐるりと頭を一つ回してから、また私を見る。
「前世の記憶を持った赤ちゃんや子供、なんて話を聞いた事があるんじゃないかな。自分がお腹の中にいた事を詳細に話す子供。自分がどんな風に死んでどんな風に生まれ直したのか必死に話す幼児。彼らはその年では知るわけの無い単語や言葉を使って語ると言う」
にやりと不敵に、でもどこか嬉しそうに紗枝さんが微笑む。
「ダンカン・マクドゥーガルが提唱した魂は二十一グラムであるという仮説。人は死んだらそのくらい軽くなるらしい。けれど人間の記憶は脳のニューロンにおいて行われる電気信号のやり取り。記憶は魂に宿るのかというのはまだ証明されていないね。もし魂というのがあるのなら、空気中で観測されないとおかしいだろうし」
「……あの、何が言いたいんですか?」
熱が入ってきた紗枝さんを申し訳ないが遮るようにそう言うと、物足りなさそうに紗枝さんが苦笑した。そうしてすっと中空を見てから、私を見詰め直してくる。
「私の仮説はね、想いは時を超えるという可能性があるって事。時空も概念も飛び越えて。一部の臓器になっても、生まれ変わっても、魂という不確定存在にすがろうとも、想いは受け継がれていく。それがもし断片的に見えた時、鮮明に記憶していたという錯覚に陥るんじゃないかな」
言おうとしている事は何となくわかるけど、ちょっと理解が追いつかない。
「つまりね、夏希ちゃんが立てた仮説は間違っていないと思うの。もし自分でそう感じているのなら、きっと何度も同じ世界の中で生きている。それを証明するには今この一年をしっかりした意識で生きる事。そうしたらもしまたループが起こった時、こうして私と話した事も覚えているんじゃないかな」
「……なるほど」
まぁ確かに本当に巻き戻っているかどうかは一年過ごさないとわからない。それはもっともだ。
「でも、繰り返す時に例えば記憶がリセットされるとか、そう言う事だってあるかもしれないじゃないですか。だから今まで覚えていなかったのかも」
「だから、想いは時を超えるって言ったでしょう」
その言葉に私はハッとした。
一年を過ごす事は当たり前だとみんな思っている。いや、思っていなくても過ぎていき、気付けば経っている事がほとんどだ。一年というものをハッキリと意識して生きてきた事なんかあるだろうか。
つまり私はこの一年、どこも気を抜かずに生きないといけないと言う事を宣告されたのと同じなんだ。
「紗枝さん、あの……言ってる事は何となくわかったんですけど、自分や友達が不幸になるというのは一体どうしたら」
「その中心には誰がいるの?」
「中心……」
涼香が失踪する、凪がおかしくなる、和樹が交通事故に遭う、黒岩が狂ったようになる。そんな断片の中での中心。深く考えるまでも無い、私だ。この世界のループに気付いているのも私だし、私だけが何とかできるのかもしれない。
「私ですね」
「なら、解決してみればいいんじゃない? どうしてそうなったのか観察し、次の世界で改善していけばきっと、この同じ世界からは出られるかもね。何度も何度も試行錯誤し、正解を見つける。途方もない確率の先かもね」
一体一年の間にどれほどの分岐点があるのだろうか。ドラマチックな一日や一瞬ならともかく、普段の何気ない会話ですら運命なんて変わっていくものだろう。それを正解へと導くなんて、一体何度やればいいのだろう。
そこまで考え、背筋が冷たくなった。
私、今こうして気付くまでに一体何度繰り返したんだろう。あり得ない出来事の中で一体何度目で気付き、試行錯誤していたのだろう。どれほどの人生を送れば、こうして差異や違和感も確信して繰り返せるのだろうか。
「どうしてこんな事に……」
「さぁ、それはわからない。胡蝶の夢って知ってる? それなのかもね」
「何ですか、それ?」
紗枝さんの物の例えはそこまで知識や教養が無い私にとっては難しい。でも、何かしらのヒントがあるに違いない。
「古代中国の思想家の荘子が蝶になる夢を見るの。目が覚めて、蝶になって飛ぶ夢を見ていたけど、この人間の姿は蝶の自分が夢を見ている姿なんじゃないかって考えたのよ。夢だってあまりにもリアルな夢を見ていると、現実かと錯覚するじゃない」
「なんかそれ、怖いですね」
「夏希ちゃんは今、どっちなのかわからなくなっているのかもね。だからこそよく観察し、答えを導き出すしかないの。それが解決へと繋がるはずだから」
「わかりました」
書店を出ると私は混乱して熱を持った頭を冷やすよう、大きく深呼吸をした。春の匂いが身体に染みる。ここからどうなっていくのかわからない。けれどやるしかないんだろう。
秋に涼香が失踪してしまうという記憶が一番大きい。ならば秋までにどんな行動をしたのか、みんながどんな関係になるのか気を付けていかないと。その中にきっと、何かしらのヒントや解決策があるはずなのだから。
春風が通り抜ける。思わず目で追うように見上げれば、気持ち良い青空が広がっていた。
ただ、私はこの青空に閉じ込められている。そんな感覚が抜けきれなかった。




