28-4
夜会の後、報告書をまとめるため、セリナさんと二人揃って技術部棟に戻る。
軽く打ち合わせをしてから解散した。
家に帰る前に、どうしてもリュート様を一目見たくて顧問室に行ったが、灯りが消えていた。
時刻はもう深夜。今夜は早めに休んでいるか、仮眠室側で作業をされているようだ。
扉にコツンと額をつけて、少しだけもたれ掛かる。
「……明日は少し早めに来ようかな」
夜会の翌日は、護衛のベスさんが休むためにも朝鍛錬は休みになる。その分早く来て、追いついてない分の仕事をしよう。
そう思って、そっと扉から離れた時だった。
目の前からカチャン、と施錠が外れる音がする。
信じられない気持ちで見ていると、扉が開く。
「カレン?どうしたのこんな時間に」
リュート様の髪が濡れている……どうやら奥で湯浴みをしていたらしい。
――貴女の夫は、貴女のために万難を排して決闘を申し込みにくる男ですか?――
あの言葉が頭の中に響き、胸が熱くなる。
きっと、本当に私が拐かされたら……リュート様は、来てくださらないだろう。
でも、それでもいい。それでも、今この瞬間扉を開けてくださった。それだけで、もう。
ふ、と笑みを浮かべてリュート様を見つめる。
「……起きていらっしゃるなら、ご挨拶をしてから帰ろうと思いまして。お騒がせして申し訳ございません」
そう言って一礼して下がろうとした瞬間、リュート様に手首を掴まれた。
「……もう無理」
「え?リュート様、今なにか……?」
「カレンも、帰って寝るだけ?」
リュート様が何かを呟いた気がしたのでお伺いしたが、質問が返ってくる。
「は、はい。そうですが」
「じゃあ……一回帰って着替えたら、泊まり支度して戻ってきて」
「えっ?」
少しだけ手を引かれ、リュート様が私の掌に頬を寄せる。
本当に湯浴みしてすぐだったらしい。手袋越しでも温かさと湿り気が伝わってくる。
「カレンが戻ってくるまで、寝ないで待ってるから」
◇
家に帰って、湯浴みしてドレスを片付け、大慌てで顧問室に戻ってきた。相変わらず部屋の灯りは落ちており、周囲の廊下も暗い。
施錠もされているため他の技術部員は、リュート様はもう休んでいると思うだろう。
ほ、本当に入っていいのかな。
でも、リュート様が寝ないで待ってるって仰ってたし……。
震える手で鍵を開ける。
顧問補佐官である私は、勿論だが合鍵を持っている。
業務でもないのに鍵を開けて顧問室にわざわざ入るのは初めてで、ひどく緊張した。
「あれ、ちゃんと軍服着て来たの?ふふ、真面目だなあ」
顧問室に入ると、リュート様が仮眠室から出てきて迎え入れてくださる。
「だ、だって、私服で来たりしたら、他の方に見られた時なんて説明すればいいか……」
「夫に会いに来たでいいじゃない。あ、ごめん。急かしちゃったね」
リュート様が生乾きの私の髪に触れた途端、周囲が温かくなり髪がさらりと乾く。
「……はやく私服に着替えな」
私の髪に口付けを落とすリュート様に、心臓が痛いくらい高鳴った。
◇
「えらい。ちゃんと寝れる服持ってきたんだね」
そんな事を言いながらリュート様は夜着に着替えた私をベッドに座らせ、髪に指を絡めたり頭を撫でたりしてくる。
普段こんなにスキンシップを受ける事がないので、動揺してしまう。
「ひゃっ、あ、あの……!?」
とうとう頬に唇が触れたので、慌てて声をかける。
「リュート様、えぇと、どうされたんですか?」
「え、妻を愛でてる」
「……本当にどうされたんですか……?」
最近のリュート様は、なんだか様子がおかしい。
優しすぎて遠く感じるかと思えば、こんな風に接してきたり……。
「んー……上手く言えないんだけど、最近カレンとちゃんと接せて無いなって思って」
私を抱きしめ、額を押し付ける様に擦り寄ってくるリュート様は、実は眼鏡すら外している。
「ふふ、カレンの顔、真っ赤」
「ううううぅ……」
良いんだろうか、こんなご褒美みたいな時間。
中途半端で何も出来ていないのに、仕事も社交もやるべき事が山積みなのに。
「すみません、いつも甘やしていただいてばかりで……」
「え?……あぁ、そうだ。カレンのこと3班長が心配してたよ」
「はい?」
「『忙しいのに業務抱えて、しかも手を抜かないから心配』だって」
「え、そんな、全然仕事出来てないのに」
「そう?基礎研究班はもう『カレンじゃなくてお前が倒れろ』なんて笑って言いながらなんでも僕に直接持ってくるし、週次報告書も、カレンに甘えてないで各班で書くってさ」
「そんなっ」
氷を飲み込んだように、体が一気に冷える。
むしろ私が社交に出たことで、皆さんに業務負担をかけてしまっているのに、業務を肩代わりさせてしまうなんて。
そんな申し訳ないこと……!
「僕だけじゃなくて、皆カレンのこともっと甘やかしたいみたい」
「でも、でも……わ、私、皆さんに研究業務に集中していただきたくて、それで……」
「ふふ、大丈夫だって。班に戻した業務は全部、優秀過ぎる僕の補佐官に皆が甘えてた部分だけだよ」
「ううぅ、でもぉ……」
――コンコンコン。
戸の向こうで顧問室の扉がノックされる音がして、ビクリと肩を揺らす。
こんなところ、誰かに見られたら!
頭に冷や水をかけられた気がして、慌ててベッドから降りようとしたが、リュート様の手がそれを阻む。
「《ゼフト、何の用?》」
リュート様が通信魔術でそのまま会話を始める。こんな真夜中に誰かと思ったが、ゼフト部長だったらしい。
それにしても、魔力波長で誰なのかすぐに把握したうえ、補助魔導具無しで強制的に通信魔術を、それもたった数秒で繋いでしまうなんて……。
最初の一言以外はそのまま念話で会話しているらしい。
リュート様が真剣な表情のまま私を抱き寄せた。




