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28-3

――昏睡は体は休まるが、頭はあまり休まらないらしい。

確かに術式を解除する際、しばらく酩酊した様な幻覚を見ている様な状態になる方がいたな、と納得する。


次の日からは術式の解ける時間を一時間早く設定した。

頭が微睡んでいるような状態から無理に覚醒する必要がないので、とても楽だ。


久々にきちんと眠れた気がして安堵した。



そんな日々を過ごしていくらか経った頃。


週報の赤入れが班長達から戻ってきたので清書していたら、部長に呼び出された。


「……お前、マジでルキウス殿に気に入られた覚えないの?」

「え?」

「昨日コーヒーハウスで偶々会ったんだよ。ついでに軽く釘刺したらなんて言ったと思う?『花を愛でるのが楽しくて』だってよ」

「…………えぇと……?」


本当に心当たりが無い。なるべく粗相の無いように接しただけなのに。

「あはは、良いこと教えてあげる〜」

隣で聞いていたセリナさんが、口を挟む。

「この間、カレンちゃんがルキウスさんに教えてもらったオススメの小説、何冊かあったでしょ?」

「はい、古典をいくつか読んだという話の流れで……」

「念のため私が図書館行って正解だったよ〜。どれも全部、既婚者女性が主人公の恋物語なの」


――背筋が冷えた。

新婚早々の男爵夫人がそんな話の本ばかり借りているなんて噂、冗談では済まされない。


「ルキウス殿と、来週の夜会でも会うな?」

「はい、大使夫妻が主催の夜会なので、間違いなくいらっしゃるかと……」

先日のサロンでお会いしてから、大使夫妻も何かと声をかけてくださる。ご夫妻も、本当の狙いはリュート様だとしても表面上はとても優しく親身な方々だ。

他国の要人を疎かにもできず、しかも明確に私を指名してくださっているのでセリナさんや部長に代わっていただくことも難しい。


うぅ、どうしよう……。



結局、セリナさんの同行を許可頂けるよう大使夫妻にお手紙を送ることになった。


「……カレンちゃん、大丈夫?」

「え?あ、はいっ!大丈夫です!」


招待状の仕分けや返事を書くため、セリナさんと一緒に顧問室まで歩いていたがぼうっとしていたらしい。

「流石のカレンちゃんも疲れたかな?」

「い、いえ!私より皆さんの方がお忙しいのに」

「う〜ん、本当かなぁ」

クスクスと笑うセリナさんはこんなに可愛らしいのに、社交での理知的な姿は格好良い。

私の周りには、すごい人たちばかり。

私も、もっともっと頑張らないと。


顧問室に戻ると、リュート様が3班長、4班長と話していた。

「セリナさん、この間の室内灯の件、最終報告書あがったよ。いま顧問に技術的な部分は承認してもらったから、あとは渉外として最終確認して提出してくれる?」

「おっけー!ありがとう!結局作業より報告書書く方が時間かかっちゃったね〜」

4班長から渡された紙の束をセリナさんが受け取る。


結局あの件も、もっと業務に入りたかったのに社交準備に追われておざなりになってしまった。

肩身が狭く感じ、つい視線を下げてしまう。


――私は全部、中途半端だ。



「やぁ、今夜はお二人でしたか」

大使主催の夜会。ルキウス様が当たり前の様に話しかけてくる。

軽くカーテシーをした瞬間、セリナさんが口火を切った。


「はい。最近は『蜂』がよく出るそうですから」

「はは、これは手厳しい」


明らかな皮肉に驚いたが、ルキウス様は気にした素振りもない。そのままセリナさんと話し始める。

ここまで言って大丈夫なんだ……。セリナさんとの社交は、本当に勉強になる。


調律の音が聞こえてきて、そっとそちらを見る。

今日は大使夫妻の祖国から演奏家の方がいらしているということで、内輪向けの小さな演奏会にご招待いただいていた。


「夫人は演奏会はいつ振りで?」

セリナさんの隣で黙って立っていた私に、ルキウス様が話題を振る。……正直に答えて、いいのだろうか。


「……恥ずかしながらデビュタントをしておりませんでしたので、このようなご招待は初めてです」

ルキウス様が静かに目を見張る。

「……おや、夫人は伯爵家の御息女と記憶しておりましたが、ご幼少の頃は?」

「私が至らないばかりに、家の敷地から出ることは殆どございませんでした」

何故か、ルキウス様の目尻に力が入った気がした。


セリナさんが私の服の裾をそっと引く。どうやら話し過ぎてしまったらしい。

そっと頭を下げると、セリナさんが挨拶をしてくださる。

「そろそろ演奏が始まる様ですので、失礼させて頂きます。素敵なお時間をありがとうございました」


――演奏後、また歓談の時。


感想を口々に語り合う賑やかな時間。

「ああセリナ嬢、本当にいらしてたんですね」

「まあ!いつもお世話になりましてありがとうございます」

国勢庁の重鎮がセリナさんに話しかけた隙に、ルキウス様がそっと、静かに私に近づく。


「何かご用ですか?ルキウス様」

「ストックリー男爵夫人。我が国の古典を読まれたなら、『嫁取り』文化はご存知ですな?」


ルキウス様の祖国は、地脈が地表に近すぎるせいで作物が育たず、砂漠が広がる過酷な地だ。

代わりに水や空気中の魔力が濃いため肉体は強靭で、少ない資源をより強い者が得るという国民性を持つ。


だからこそ、既婚女性だろうと欲しいと思えば攫う『嫁取り』が文化として許容されるそうだ。

もちろん元々の夫には異を唱え決闘する権利が与えられるので、不満があれば戦って取り戻すか、攫い返せばいいらしい。

あまりにも自国と異なる文化が印象的だったのでよく覚えている。


首肯で返すと、金色の瞳が静かに私を見据える。

「貴女の夫は、貴女のために万難を排して決闘を申し込みにくる男ですか?」


――氷の矢で、心臓を射抜かれたかと思った。


一瞬、周りの音が遠くなった気さえする。

動揺しちゃいけない。早く答えないと……!

表情を動かさないように手を握り込み必死に耐え、なんとか口を開く。


「…………夫の手を煩わせるのは本意ではございません。まずはわたくし自身が拐かされない様、努めてまいります」

微笑んで答えたはずなのに、何故かルキウス様の目元に更に力が入った気がした。

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